がん治療の新たな標的分子「CLDN18.2(クローディン18.2)」に対する抗体医薬の承認を、アステラス製薬が世界で初めて日本で取得しました。HER2陰性胃がん1次治療の新たな選択肢として期待され、アステラスは大型化を予測。一方、後続では英アストラゼネカなどが開発を進めており、ベストインクラスをめぐる競争は激しくなっています。
米欧中でも24年度承認見込み
アステラス製薬の抗CLDN18.2抗体「ビロイ点滴静注用」(一般名・ゾルベツキシマブ)が3月26日、「CLDN18.2陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃がん」を対象に日本で承認を取得しました。HER2陰性の患者が対象で、化学療法と併用します。CLDN18.2を標的とする治療薬の承認は世界初。5月の薬価収載が想定されます。
CLDN18.2は、細胞間接着の1つであるタイトジャンクションを形成する膜貫通型タンパク質。正常細胞では胃細胞に局所的に発現している一方、胃がん、膵臓がん、胆管がん、卵巣がん、肺がんなどで高発現しており、新規のバイオマーカーあるいは治療標的として有望視されています。アステラスは2016年の独ガニメド買収でゾルベツキシマブを獲得し、開発を進めてきました。
2本のP3試験で有効性
承認の根拠となった2つのグローバル臨床第3相(P3)試験では、ゾルベツキシマブと化学療法を併用した群は、プラセボ+化学療法群と比較して無増悪生存期間(主要評価項目)と全生存期間(重要な副次評価項目)を統計的に有意に延長しました。
2つの試験はいずれも、CLDN18.2陽性、HER2陰性の切除不能な局所進行性・転移性胃腺がん/食道胃接合部腺がんの1次治療を対象に行われ、1つ(SPOTLIGHT試験)はmFOLFOX6療法(オキサリプラチン、ホリナート、フルオロウラシルを組み合わせた治療)との併用を、もう1つ(GLOW試験)はCAPOX療法(カペシタビンとオキサリプラチンを組み合わせた治療)との併用を評価。それぞれ、進行または死亡のリスクを25%と31%、死亡のリスクを25%と23%減少させました。
アステラスは日本以外にも米国、欧州、中国でゾルベツキシマブを申請しています。米国では今年1月12日に審査終了目標日(PDUFA date)が設定されていましたが、FDAは同月、「製造受託機関の施設を査察した結果、未解決の指摘事項がある」としてPDUFA dateまでに承認できないとアステラスに通知。結果として日本が世界初承認となりました。米国では問題を解決した上で24年度第1四半期に再申請する予定で、第2~第3四半期の承認を想定。欧州では24年度第2~第4四半期、中国では24年度第4四半期の承認取得を見込んでいます。
HER2陰性胃がん1L「オプジーボ」がシェア8割
アステラスはビロイについて大型化を期待しており、ピーク時に世界で1000~2000億円の売り上げを予想。胃がんのほかに膵臓がんでも開発を進めており、現在、P2試験が進行中です。
アステラスはファーストインクラスの利を生かして市場をリードしたい考えです。進行胃がん患者では約8割がHER2検査を受け、そのうちHER2陽性となるのは約2割。残る8割がHER2陰性となりますが、ビロイの2本のP3試験ではCLDN18.2の検査を受けた患者の38%が陽性と判定されており、この層がビロイの潜在的な投与候補となります。
検査の普及に注力
国内のHER2陰性進行胃がん1次治療の市場では、抗PD-1抗体「オプジーボ」(化学療法との併用)が新規処方患者の79%のシェアを保有(23年11月時点、直近3カ月に1次治療を開始した患者でのシェア)。昨年10~12月のオプジーボの新規処方患者の55%を胃がんが占めており(月平均2840人中1550人が胃がん)、ここ2年ほどのオプジーボの売り上げ拡大を支えています。免疫チェックポイント阻害薬では同じ抗PD-1抗体「キイトルーダ」も適応拡大の承認を控えており、市場競争はさらに激しくなります。
ビロイとしては、オプジーボからどうシェアを奪っていくかがポイントになります。アステラスはP3試験のデータに自信を持っており、「CLDN18.2陽性の患者にはビロイを強く検討してもらえると思っている」と強調。市場浸透に向けてCLDN18.2検査の普及に力を注ぐ考えで、「未治療患者に対するCLDN18.2検査の重要性を病理医に伝え、治療方針の決定に役立ててもらうことが優先事項。今後数週間のうちに検査に関する病理医向けのピア・ツー・ピアの教育プラットフォームを立ち上げる」としています。
アストラゼネカなど追う
CLDN18.2は有望視される新規の治療標的であるだけに、多くの製薬企業がアステラスを追いかけています。
開発に力を入れている企業の1つが英アストラゼネカです。パイプラインにはCLDN18.2を標的とした3つの治療薬候補が控えています。最も開発が進んでいるのは、中国系の米KYMバイオサイエンシズから導入した抗CLDN18.2抗体薬物複合体(ADC)「AZD0901」で、現在、固形がんを対象にP2試験を実施中。P1には香港のハーバー・バイオメッドからライセンスを取得した抗CLDN18.2/CD3二重特異性抗体「AZD5863」があるほか、中国のアベルゼタと共同開発しているCLDN18.2を標的としたCAR-T細胞療法「AZD6422」は医師主導治験が進行中です。
目立つ中国勢
世界的に見て胃がんの患者は東アジアに多く、そのためCLDN18.2を標的とした治療薬を開発している企業には中国勢が目立ちます。中でも、蘇州に本社を置くトランスセンタが開発している抗CLDN18.2抗体osemitamab(開発コードTST001)はビロイに次いで開発が進んでおり、胃がんの適応でP3試験に入っています。CAR-T細胞療法を開発している企業も複数あり、CLDN18.2ともう1つの別の分子を標的とした二重特異性CAR-T細胞療法の臨床試験を進めている中国企業もあります。
欧米勢では、独ビオンテックがCLDN18.2を標的としたRNAベースの治療薬「BNT141」のP1/2試験を実施中。米エレベーション・オンコロジーは抗CLDN18.2ADC「EO-3021」のP1試験を進めており、今年2月には米国に続いて日本でも患者への投与が始まりました。エレベーションは中国のCSPCファーマシューティカルグループから中華圏を除く全世界で同薬を開発・販売する権利を取得しています。
アステラスもCLDN18.2とCD3の二重特性抗体「ASP2138」を開発しており、各社がベストインクラスを争っています。