アステラス製薬が4月1日付で、トップマネジメントにデジタル&変革担当(CDTO=Chief Digital & Transformation Officer)を新設します。その任に就くニック・エシュケナジー氏がメディアの共同取材に応じ、CDTOとして取り組む変革とデジタル戦略について説明。最も重要なことは「アジャイルなマインドセットを根付かせること」だと強調しました。
中核となるのは「部門横断的な少人数のチーム」
エシュケナジー氏は、米コストコやオーストラリアのスーパー大手ウールワースなど、他業界でデジタル/テクノロジーのイニシアチブを推進してきた経歴を持つ人物。アステラスには、昨年11月にデジタル部門の部門長(CDO=Chief Digital Officer)として入社し、同社のデジタルケイパビリティの強化に取り組んでいます。
この4月からトップマネジメントに加わって推進していくのは、アジャイル(素早い、機敏な)なオペレーティングモデルを構築し、迅速かつ効率的な仕事の進め方を社内全体に浸透させていくことだとエシュケナジー氏は説明。「価値創造のスピードを上げ、外部環境の変化に迅速に対応・進化していくことが、競争力を備えたイノベーティブな組織には不可欠だ」と言い、アジャイルな考え方を根付かせることで機敏性と適応力を構築していく考えを示しました。
CDTO就任予定のニック・エシュケナジー氏
「30年以上にわたる経験、能力、学んできたすべてを発揮するのに、人の生命を救うことに貢献すること以上にふさわしい場所はないと思った」と入社の経緯を語ったエシュケナジー氏。誰もが「治療を待つ患者さんがいる」と口にする組織を好ましく感じる一方で、「アジリティを高めて、そういうことをわざわざ言わなくて済むようにしなければならない。そのためにアジャイルなマインドセットが必要だ」と変革の重要性を強調しました。
アジャイルなオペレーティングモデルの中核となるのは、新たな価値創造、問題解決を担う部門横断的な少人数のユニット「バリューチーム」。取り組む課題に合わせて集まったメンバーは、ソフトウェアエンジニアリング、ユーザーエクスペリエンス、機械学習といったそれぞれのスキルを生かし、「インクリメンタル(漸進的)に価値を生み出していく」ことを目指します。その特徴は、2週間という短いサイクルで取り組みの評価と改善を繰り返していくこと。複雑な問題も細分化し、方向性を確認しながら進めることで、時間やコストを無駄にせず価値創造のスピードを上げていくことができるとエシュケナジー氏は話しました。
データサイエンスのスキルを「民主化」
もう1つ重要性を強調したのは、社内全体のデジタルケイパビリティの向上です。エシュケナジー氏は、多くをアウトソースに頼っている今の状況から「戦略的なケイパビリティを社内に戻していく」との方針を表明。それによって「将来のイノベーションや成長のための投資と、日々の事業運営のバランスをとることができる」と話しました。
中でも社内に備えるべきケイパビリティとしてターゲットとするのは、クラウドエンジニアリング、プラットフォームエンジニアリング、ネットワークエンジニアリングなど。外部人材の登用も視野にあり、「適切なスキルセットを持っているだけでなく、リーダーとして適性がある人材、何より学び続けられる人材を求めている。成功するのは継続的に学び、進化し続ける人。そういう人をチームの一員にしたい」と言います。
一方で、データサイエンス(データアナリティクス、機械学習、AIなど)のスキルを「民主化」し、組織全体にスキルを根付かせていくことにも言及しました。最終的にはドメイン知識を使って仕事を進める全社員がデータサイエンスのスキルを活用できる状況を作る必要があるとし、それを実現できるツールの導入を目指します。
その狙いについてエシュケナジー氏は「人間がAIにとって代わられることはないが、AIを使えない人材は、AIを使いこなせる人材にとって代わられる。企業が競争力を持つためには、スキルセットとしてのAIが必要となる」とAIを例に話しました。
具体的な取り組みも始まっており、社員がデータサイエンスのスキルセットを学ぶ「アステラス・ブートキャンプ」を立ち上げたことを紹介。プログラムには2週間で700人が応募したといい、関心の高さがうかがえます。
生成AIの活用については、社内で複数のソリューションを展開している状況だといい、並行して社外向けのソリューションへの応用を模索していると明かしました。データ管理やプライバシー規制などをクリアできれば、ローンチも視野に入るといい、積極的に投資をしていく考えです。
「DXはテクノロジーの変革ではない」
エシュケナジー氏は、26年までのデジタル戦略のロードマップを開示。アジャイルなオペレーティングモデルを根付かせることや、データサイエンスのスキルの民主化によって24年度に変革の基盤を作り、25年以降、患者や医師への価値につながるイノベーションを増やすことを目指すと語りました。
エシュケナジー氏は、これまでの経験から「DXはテクノロジーの変革でも、データの変革でもない。アジャイルな働き方とアジャイルなオペレーティングモデルによってもたらされるマインドセット、個人のパフォーマンスの変革だ」と強調します。
「私の評価では、アジャイル・オペレーティングモデルでは、『誰が実際に価値を生み出したか』がはっきりと見えるようになります。そのような人々に権限を与え、企業に居ながら自身のキャリア開発を行ってもらうことが重要です。
つまり、チームの一人ひとりのキャリア開発を組織のミッションに結びつける方法を発見した企業が成功しています。私は、アジャイル・オペレーティングモデルが、それを可能にするパズルの最も基本的なピースだと信じています」