米ギリアド・サイエンシズが今年、日本で固形がんの市場に参入します。抗Trop-2抗体薬物複合体(ADC)サシツズマブ ゴビテカンをトリプルネガティブ乳がんの治療薬として申請中で、年内の市場投入を見込みます。同薬は複数のがん種で適応拡大に向けた開発が進んでおり、「イエスカルタ」などのCAR-T細胞療法も含めてオンコロジーを「ウイルス」と「炎症」に続く3本目の柱としたい考えです。
パイプライン 全体の6割がオンコロジー
サシツズマブ ゴビテカンは、がん細胞表面のTrop-2タンパクを標的とする抗体に、がん細胞を死滅させるトポイソメラーゼI阻害薬SN-38を結合させたADC。海外では「Trodelvy」の製品名で販売されおり、日本でも今年1月、「全身療法歴のある手術不能または再発のホルモン受容体陰性かつHER2陰性乳がん」(トリプルネガティブ乳がん)の適応で申請しました。
ギリアドは、2017年にCAR-T細胞療法を手掛ける米カイト・ファーマ、20年にTrodelvyを開発した同イミュノメディクスを相次いで買収し、オンコロジー領域への取り組みを加速させています。同領域のパイプラインは19年から23年にかけて3倍以上に増え、23年末時点で臨床プログラム全体の6割を占めるまでに拡大。19年には全体の2%(4億5600万ドル)に過ぎなかったオンコロジー領域の売上高も、23年には12%(29億3200万ドル、前年比37%増)まで増加しました。
オンコロジーは今後の成長の柱
ギリアドは2030年までにグローバルで「Top10オンコロジーカンパニー」になることを目指しており、同年末までに総売上高に占めるオンコロジー領域の割合を3分の1に引き上げることを計画しています。
日本法人のケネット・ブライスティング社長は2月19日に開いたメディア向け説明会で「オンコロジーが今後の成長の柱、基盤になっていく」と強調。「今後もウイルス領域の売り上げは伸びる。オンコロジーが売り上げの3分の1になるというのは、ほかを犠牲にしてではない」と話し、既存領域も伸ばしつつ、それを上回る成長でオンコロジービジネスを拡大させていく考えを示しました。
ギリアド日本法人のケネット・ブライスティング社長
Trodelvy 肺がんや尿路上皮がんにも適応拡大
現在、ギリアドがグローバルで展開しているオンコロジー領域の製品は、Trodelvy、CAR-T細胞療法「イエスカルタ」、同「Tecartus」の3製品。2つのCAR-T細胞療法は23年に前年比28%増となる18億6900万ドルを売り上げ、Trodelvyも23年に売上高が10億ドルを突破しました。
Trodelvyは、海外ではトリプルネガティブ乳がんのほか、ホルモン受容体陽性/HER2陰性乳がんに対する治療薬としても承認されており、米国では尿路上皮がんでも迅速承認を取得。非小細胞肺がんやその他の固形がんでも開発が行われており、日本でも25年以降、適応拡大を進めていく考えです。
固形がんで営業組織構築
Trodelvyの発売を見据え、ギリアド日本法人は固形がん領域の営業組織の構築を進めています。ブライスティング社長は「MRの採用を進めており、トリプルネガティブ乳がんでの承認に向けて増員をかけている」とし、人数は明らかにしなかったものの「ある程度のサイズのMR部隊になると思う」と述べました。その後も、適応拡大にあわせて増員を図っていくといいます。
血液がんの領域では、25年以降、国内未承認のTecartusを急性リンパ性白血病とマントル細胞リンパ腫の適応で市場投入する方針。昨年、第一三共から国内の製造販売承認を承継したイエスカルタは、濾胞性リンパ腫への適応拡大が控えています。
免疫療法に照準
Trodelvyに続く新薬開発で照準を定めるのが、がん免疫療法です。
グローバルのパイプラインには、▽抗TIGIT抗体domvanalimab▽抗PD-1抗体zimberelimab▽アデノシン受容体阻害薬etrumadenant▽CD73阻害薬quemliclustat▽抗CD47抗体magrolimab――が臨床開発の中期から後期の段階に控えています。
domvanalimabとzimberelimabは併用で非小細胞がんや上部消化器がんに対するP3試験が進行中。これら2剤にetrumadenantを加えた3剤併用療法も非小細胞肺がんでP2試験が行われているほか、etrumadenantとzimberelimabの組み合わせが結腸・直腸がんを対象に、quemliclustatとzimberelimabの併用が膵管腺がんを対象に、それぞれP2試験を行っています。
magrolimabを除く4品目は、がん免疫療法の研究開発を行う米国のバイオベンチャー、アーカス・バイオサイエンシズからの導入品。quemliclustat以外の3品目の日本とアジアの権利は大鵬薬品工業が持っており、同社はアーカス、ギリアドの両社と共同開発契約を結んでいます。20年の米フォーティー・セブン買収で獲得したmagrolimabは、日本では小野薬品工業が開発中です。
Trop-2 肺がんは第一三共が先行
一方、Trodelvyの非小細胞肺がんへの適応拡大をめぐっては、プラチナベースの化学療法や免疫チェックポイント阻害薬による治療中・治療後に症状が進行した転移性・進行性の患者を対象に行ったP3試験で主要評価項目(全生存期間=OS)を達成できませんでした。ただ、OSは対照薬のドセタキセルに比べて延長傾向にあり、中でも被験者の6割を占める免疫チェックポイント阻害薬に反応しなかった患者ではOSの中央値を3カ月以上延長しました。ギリアドは「有望なシグナルが見られた」(表雅之・日本法人臨床開発本部長)として、非小細胞肺がんに対する開発を続けています。
ADCは近年、メガファーマを含む多くの企業が開発に力を入れています。今月19日には、第一三共が非小細胞肺がんの2次/3次治療を対象とした抗Trop-2 ADCダトポタマブ デルクステカンの米国申請が受理されたと発表。Trodelvyに先んじました。免疫療法もがん領域で最も競争が激しい分野です。
ウイルス領域で世界をリードしてきたギリアドが、オンコロジーでも同じように成功を収めることができるのか。日本事業も新たな局面を迎えます。