1月も半ばを過ぎてしまいましたが、皆さん、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ファースト・イン・クラスの価値
さて、昨年末、いつものごとくXを徘徊していたところ、気になる論文を見つけました。「The Origin of First-in-Class Drugs: Innovation Versus Clinical Benefit」というタイトルで、読んでみるとなかなか興味深い内容でした。端的に言うと、ファースト・イン・クラスの医薬品は科学的な進歩を意味するものの、半分の以上の患者にとっては臨床的な追加のベネフィットに繋がっていない(欧州の場合)、と言うのです。
臨床試験で効果が認められて承認されているはずなのに、患者のベネフィットに繋がらないってどういうこと?そんなモヤモヤとともに論文を社内にシェアしたところ、「ファースト・イン・クラスへの評価は、規制当局、医師、患者、業界でなされるべきですが、現実的には患者が抜けているのではと考えています」とのコメントをもらい、はっとしました。
「医薬品の価値」って言うけれど、誰にとっての価値なんだろうか、と。
医薬品の価値を表すものとして最もわかりやすいのが薬価でしょう。臨床試験で有効性と安全性が示されれば、それに基づいて薬事承認され、保険適用を経て医療現場に届きます。ご存知の通り、薬価の決め方は国によって異なり、日本では公定価格として国が決める一方、米国は自由薬価で一義的には製薬企業が決めます(実際の償還価格は保険者との交渉によりますが)。
しかしながら、価格が医薬品のすべての価値を表しているわけではありません。最近、製薬業界が声高に主張しているように、医薬品には多様な価値があり、今、私の頭に浮かんだものを書き出してみても、
▽病気や怪我が治る・良くなるという患者本人にとっての価値
▽患者の病気や怪我が治る・良くなることによって家族にもたらされる価値
▽人々の命や健康を守るという社会にとっての価値
▽科学の進歩という価値
▽使いやすいなど医療提供者にとっての価値
▽販売で得た収益を次の新薬開発につなげられるという製薬企業にとっての価値
▽病気や怪我が治る・良くなることで将来的にかかる医療費を減らせるという医療保険財政にとっての価値
――などなど。医薬品の価値は多岐に渡り、それこそ一人ひとり感じる価値も違うでしょう。結果として収載時点での薬価には反映されませんでしたが、昨年、アルツハイマー病に対する新薬の薬価が検討された際には、介護費用の低減も価値として評価されるべきとの議論がありました。
あらゆるステークホルダーが集まって議論できたら
新薬の場合は、これまで世の中になかった医薬品ですから、現状とのギャップが見えやすく、それゆえに価値として認識しやすい面があると思います。一方、後発医薬品はどうでしょうか。これは結構大変だと思うのです。「安価である」というのは大きな価値の1つですが、患者や医療保険財政にとってはメリットがある一方、低薬価(しかも改定で下がり続ける)で供給し続けなければならない製薬企業にとっては負担が大きい状況です。
こうして見てみると、医薬品にはどんな価値があり、それは誰にとってのものなのか、しっかりと議論していくことが大切なのだと改めて気付きました。そうした議論を透明性高く行い、合意を形成していくことが、医薬品産業を発展させる上ですごく大事なことなんだと思います。冒頭の論文は患者が価値をどう感じているか、というお話しでしたが、患者、市民、医療提供者、保険者、国・地方自治体、議員ら立法者、アカデミア、製薬企業など、あらゆるステークホルダーが集まって「医薬品の価値って何だっけ」という議論ができたらいいなと、そんなことを正月休みに考えていました。
コメントなどありましたら、編集部を通じてでも、Xでも、ご連絡いただけると本当にうれしいです。
今年もいろんな方に積極的にお会いしていきたいと思っています。突然ご連絡させていただくことがあるかもしれませんが、その際はよろしくお願いいたします!
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬ヘルスケアポリシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 Twitter:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |