エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬「レケンビ」(一般名・レカネマブ)が、20日の薬価収載と同時に発売されます。社会的にも高い関心が寄せられており、エーザイはピーク時の売上高を986億円と予想していますが、市場は今後、どのような推移をたどるのでしょうか。
投与患者数、ピーク時年間3.2万人
レケンビの薬価は製造原価などを積み上げる原価計算方式で算定され、汎用規格とされる200mgが1バイアル4万5777円、500mgが11万4443円となりました。初めて認知症の進行抑制が認められたことなどが評価され、有用性加算Iによって算定薬価本体に45%が上乗せされています。
エーザイはより加算率の高い画期性加算の適用を求めて不服意見を出しましたが、同加算の(1)新規作用機序(2)既存薬と比べた高い安全性・有効性(3)治療方法の改善――の3要件のうち(2)を満たしていないとして認められませんでした。内藤晴夫CEO(最高経営責任者)は12月13日の記者会見で「レケンビの臨床試験はプラセボ対照比較試験で、既存薬と直接比較したデータがないと判断されたと理解しているが、レケンビに適切な既存薬はなく、要件を満たす試験を行うことは困難だ」と指摘。加算要件の見直しが必要との認識を示しました。
患者1人あたりの薬剤費は、体重50kgの場合、年間298万円となります。ピーク時の売上高は発売9年度目の2031年度に986億円と予想。いわゆる高額医薬品とされる「1500億円」には届きませんでした。内藤氏は、現在の日本の年間薬剤費10兆円との対比で「保険財政を大きく圧迫するレベルではない」としています。
レケンビの薬価収載了承を受けて記者会見したエーザイの内藤CEO(12月13日)
販売予測の根拠となる投与患者数は、疫学論文を参考にピーク時で3万2000人と推計しました。25年の認知症患者全体を750~800万人程度とし、このうち200万人がレケンビの対象となる「アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)と軽度認知症」と想定。投与にはPETや脳脊髄液の検査でアミロイドβ病理を確認する必要があり、最終的な投与対象は100~120万人まで絞られます。軽症になるほど受診率が低くなることや、投与の条件を定めた最適使用推進ガイドライン(GL)の内容も踏まえると、当初の患者数は限定的です。
発売10年度目までの予測投与患者数を追っていくと、初年度(23年度)は400人にとどまりますが、24年度は検査の普及や受診率などを勘案して7000人を想定しています。年度途中から治療を始める患者もいるため、単純に年間薬剤費298万円を掛けても売り上げを算出することはできませんが、2年度目から一定の業績貢献がありそうです。3年度目以降は、受診や検査の広がりによって増加し、7年度目の29年度に3.2万人に到達。その後はほぼプラトーになると見ています。
投与期間も市場規模を決める重要なファクターです。最適使用推進GLでは、投与期間は原則18カ月までで、さらに継続する場合は有効性と安全性を評価した上で判断することとしています。薬価を議論した12月13日の中央社会保険医療協議会(中医協)では「長期投与の有用性は確認されていない」(支払い側委員)などと慎重な意見も出ました。今後、エビデンスが蓄積されていく中で方向性が定まっていくことになるでしょう。
市場拡大「皮下注」と「血液検査」がカギ
一方、現時点での市場予測に含まれていない要素もあります。1つは皮下注製剤の実用化、もう1つは血液バイオマーカーの社会実装で、内藤氏はこれらによって将来的にレケンビの使用がさらに広がっていくとの見方を示しています。
静注製剤のレケンビは、2週間に1回通院し、1時間ほどかけて点滴投与する必要があります。皮下注製剤で自己注射が可能になれば、通院の必要がなくなり、患者や介助者、医療者の負担軽減につながります。米国では来年3月までに申請する方針を示していますが、国内申請の時期は当局と相談して決める考え。エーザイは皮下注製剤とともに維持用量の開発も進めており、4週1回の用法・用量が承認されれば市場拡大を促すことになります。
アミロイドβ病理を確認するための検査がPETや脳脊髄液から血液バイオマーカーに切り替われば、受診環境は大きく変わる可能性があり、治療に参画する医師も増えるとエーザイは見ています。国内での皮下注製剤と血液バイオマーカーの実用化は25~26年を見込んでおり、内藤氏はこうした価値追加が「大きなアップサイドのファクターになる」と指摘。皮下注製剤や血液バイオマーカーを含めたレケンビの将来的なポテンシャルを「計算中」としています。
薬価算定では、介護費用の軽減を薬価にどう反映するかが焦点の1つとなっていましたが、収載時点では先送りされる形となりました。今後、費用対効果評価の中で、企業側の要望に応じて中医協のガイドラインに沿って分析が行われることになります。
既存4薬、投与患者数は減少傾向
市場浸透に向け、国内ではエーザイとバイオジェン・ジャパンが共同で販促活動を行うことになっており、9月の承認取得以降、エーザイの認知症領域専門MR42人に加えてバイオジェンから15人のMRが着任。専門医への情報提供活動を展開しています。
さらに、抗てんかん薬「フィコンパ」や不眠症治療薬「デエビゴ」を担当し神経領域に強みを持つエーザイのジェネラルMRが、診断から治療のパスウェイ構築や施設間の連携体制構築に向けた活動を開始。すでに1万8000人超の医療従事者に情報提供しています。医療機関での説明会や地域の診療連携体制構築を企図した講演会のほか、ウェブセミナーも6回(12月13日時点)開催し、想定を上回る約3000人が視聴しました。
一方、認知症治療薬は現在、4成分が市場で競合していますが、全体として投与患者数は減少傾向にあります。メディカル・データ・ビジョンが全国133施設の処方を分析したデータによると、投与患者数はドネペジル(先発医薬品はアリセプト)がトップで、これにメマンチン(メマリー)が続く構図。過去10年の推移を見ると、4成分全体の投与患者数は17年度をピークに減少に転じています。
かつて厚生労働省の研究班が、認知症患者数は12年の462万人から20年に631万人まで増加するとの推計を出しましたが、そうした状況を踏まえると薬物治療を受ける患者の割合はかなり低下していることになります。
処方金額の減少はさらに顕著で、22年度は10年前の3分の1まで減りました。すでに後発医薬品が主体となっており、縮小の一途をたどっています。レケンビは従来薬とはまったく異なる新薬だけに、市場は一気に活性化することになりそうです。どれほど市場が広がるのか、予測が難しく振れ幅が大きいのも事実ですが、来年にも発売が見込まれる日本イーライリリーのドナネマブ(一般名)とともに、認知症治療薬は新たな市場を形成していきます。