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キメラ分子の進化に思う…今アツい「PROTAC」の話|コラム:現場的にどうでしょう

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たまには創薬研究者らしく、今回は個人的に今アツいと思っているモダリティについて書きたいと思います。

 

最近、「Proximity-Based Modalities for Biology and Medicine」という論文を読みました。この論文は、キメラ分子(1つの分子に2つ以上のリガンド構造を有する分子)使って2つの因子を接近させる創薬技術について総説したもので、これを読みながら創薬の未来に思いを馳せました。

 

キメラ分子による近接をベースとしたモダリティで、最もよく知られているものの1つが「PROTAC(PROteolysis TArgeting Chimera)」です。PROTACは、ターゲットとなるタンパク質をユビキチン化し、プロテアソームで分解する技術で、今から22年ほど前にコンセプトとなる論文が発表されました。そこからしばらく地道な基礎研究が続きましたが、2010年代に薬剤への応用が検討され始めると一気に研究の範囲が広がり、in vivo試験で薬効を示すものが現れ、さらにはヒトの疾患に効果を示すものが創製され、臨床試験が続々と開始されました。

 

標的タンパク質に相互作用するパーツとE3リガーゼに相互作用するパーツを併せ持ち、2つの因子を接近させることでユビキチン化を促進するというPROTACのメカニズムは、低分子化合物を出発点とする世界を大きく広げることとなりました。

 

関連記事:アステラス「タンパク質分解誘導薬」開発進展…技術基盤確立で「継続的に新薬創出

 

特に、▽従来の低分子化合物では狙うのが難しかったターゲットにも効果を示す可能性がある▽ターゲット分子の機能を一時的・部分的に阻害するのではなく、ターゲット分子そのものを分解する――といった点で注目を集め、今や「低分子化合物による阻害剤探索研究のプロジェクトならPROTACの検討を視野に入れるのは当然」とも言えるレベルで研究の現場では認知が進んでいるように感じます。

 

派生研究から次々と生まれる分子種

さて、このPROTACですが、数々の派生研究から新たな機能を持つ分子種が山ほど生み出されています。低分子化合物で同様の機能を持つ「Molecular Glue」や、プロテアソームではなくオートファジーによる分解に着目した「AUTAC」は、PROTACがターゲットとする可溶性タンパクのほかに比較的大きな構造体も分解できる可能性があるとされています。「LYTAC」と呼ばれる分子は、エンドサイトーシスに関与する分子と相互作用する部分構造を有しており、細胞外や細胞膜上のターゲットの分解を誘導すると期待されています。

 

これらはいずれも分解を誘導するものですが、反対に脱ユビキチン化酵素と相互作用することで分解を阻害(=安定化)し、目的とする薬理活性発現に必要な因子の体内残存量を向上させる「DUBTAC」という分子種もあります。分解による阻害ではなく、分解を誘導する分子を分解することで結果的に安定化させるという発想が素晴らしいです。

 

ここまではタンパク質の分解を主な作用機序としてデザインされた分子ですが、PROTACから派生した分子には、分解以外のメカニズムでも機能を発揮するものがあります。

 

タンパク質の翻訳後修飾をコントロールするもの、CAR-Tのような細胞治療の免疫制御をコントロールするもの、タンパク質ではなくRNAの分解を狙ったもの、などがその代表例です。得られる効果も、標的タンパク質の分解にとどまらず、タンパク質の安定化、併用薬の効果増強、遺伝子産物のコントロールなど多岐に渡り、ターゲットの接近をコントロールすることで新たなバイオロジーの世界を扱えるようになりました(詳しくは冒頭で紹介した論文をぜひ読んでみてください)。

 

広がる世界

新たな世界が広がったのはバイオロジーだけではありません。近年、細胞、遺伝子、核酸といったいわゆる「ニューモダリティ」が台頭し注目を集めていますが、PROTACが出現したことでメディシナルケミストリーがターゲットとして扱える世界も大きく広がったと言えるでしょう。

 

ここまで紹介してきたものだけでなく、2つの機能を有する分子、という発想からは新たな働きを可能とする分子がいくつも生み出されそうな気がしています。今のメドケムでも、薬効部位と物性改善のために置換基を組み合わせたり、プロドラッグ化したりといった取り組みはなされていますが、もっともっと大きな可能性があるように思います。

 

すでに検討されているものもあるかもしれませんが、薬効パーツと体内の特定部位への送達を促進するためのパーツをかけあわせた分子、複数の薬効部位を持ち時間差で異なる薬効が発現する分子、などなど、妄想は膨らみます。もちろん、毒性や物性とのバランスを取るハードルは高くなるでしょうが、低分子化合物の世界から出てきた新たなモダリティにどこまでポテンシャルがあるのか、追求していきたいものです。

 

PROTACが創薬の世界を広げたことで、10年後、20年後には今では想像もつかないような高機能・多機能な薬剤が登場するのではないかと考えると、非常に楽しみです。科学の進歩を楽しみながら、じっくりと見守っていきたいと思っています。

 

ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Twitterやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。
Twitter:@chemordie
ブログ:http://chemdie.net/

 

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