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「肺線維症のマーケットリーダー」NBIがペイシェントジャーニー向上で目指すものとは

更新日

亀田真由

日本ベーリンガーインゲルハイム(NBI)が2015年に特発性肺線維症治療薬として発売した抗線維化薬「オフェブ」。19年に「全身性強皮症に伴う間質性肺疾患」、翌20年には「進行性線維化を伴う間質性肺疾患」に適応を広げ、年間500億円以上を売り上げるNBIの主力製品に成長しました。

 

「肺線維症領域のマーケットリーダー」を自負する同社がオフェブの市場浸透とともに進めてきたのが、ペイシェントジャーニーの向上に向けた取り組みです。どんな活動を行っているのか、同社スペシャルティケア事業本部肺線維症領域マーケティング部を取材しました。

 

 

500億円規模の製品に成長した「オフェブ」

抗線維化薬「オフェブ」(一般名・ニンテダニブエタンスルホン酸塩)は、血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)と線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)、血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)をターゲットとするチロシンキナーゼ阻害薬です。独BIが見出した低分子化合物で、日本では2010年に特発性肺線維症(IPF)治療薬として開発を始め、15年に同適応で承認を取得。その後、「全身性強皮症に伴う間質性肺疾患」(SSc-ILD)や「進行性線維化を伴う間質性肺疾患」(PF-ILD)へと適応を広げました。

 

間質性肺疾患(ILD)は、炎症によって間質(肺胞の壁)に線維化(細胞の壁が硬く、厚くなること)が起こることで酸素をうまく取り込めなくなり、息切れや咳などの症状が現れる呼吸器疾患。ILDのうち、進行性の線維化が見られるものをPF-ILDと呼び、IPFはその代表的な疾患です。原因不明のIPFのほかに、関節リウマチや全身性強皮症などの自己免疫疾患、過敏性肺炎、サルコイドーシスなどの合併症として起こる場合もあります。

 

オフェブは「ビレスパ」(塩野義製薬、08年承認)以来のIPF治療薬として15年8月に発売され、NBIは呼吸器科をメインに販売活動を開始しました。同社スペシャルティケア事業本部肺線維症領域マーケティング部の大野みゆき部長によると、当初は「呼吸器の医師に疾患とオフェブの特徴を理解してもらい、適切なタイミングで治療を開始してもらうこと」に重点を置いた活動を展開。その後、2度の適応拡大で膠原病科や皮膚科などにも活動を広げました。

 

【オフェブの売上高推移】<年度/億円/億円>15/9.01|16/90/898|17/161/78.7|18/221/37|19/282|20/393/39.3|21/510/29.8|22/544/6.6|※NBIの決算発表をもとに作成(前年比から編集部が算出した数値を含む)/IPF=特発性肺線維症、SSc-ILD=全身性強皮症に伴う間質性肺疾患、PF-ILD=進行性線維化を伴う間質性肺疾患

 

販売実績を見てみると、発売当初から順調にIPF治療薬としてシェアを伸ばし、18年には売上高が200億円を突破。適応追加によって処方はさらに拡大し、「肺線維症のマーケットリーダー」(同社)の地位を固めました。21年11月には市場拡大再算定で10%の薬価引き下げを受け、伸びは鈍化したものの、21年、22年と2年連続で500億円超を売り上げています。

 

非専門医と専門医をつなぐ

肺の線維化は1度起こると元に戻すのが難しく、PF-ILDの死亡率は低くはありません。それだけに早期の診断と適切な治療の継続が重要で、NBIは疾患認知度や診断率、治療率、アドヒアランスの向上を目指したペイシェントジャーニーの改善に注力。大野さんは「それがオフェブでなかったとしても、1人も取り残されることなく適切な治療に結びつけることがマーケットリーダーとしてのわれわれのミッションです」と話します。

 

【オフェブ ペイシェントジャーニー/向上に向けた取り組み】▼認知・情報収集・受診・診断/●Ubieの疾患検索エンジンを使った疾患の認知度向上・受診促進(22年~)/●Mediiの医師向け専門医相談サービス「E-コンサル」を使った医療連携(22年~)/かかりつけ医から専門医への相談、医師向けの啓発など、早期診断と最適治療の推進/●診断支援AIプログラムをエムスリーと共同開発(22年9月に申請)/▼治療・アドヒアランス/●医療費助成に関する電話相談のサポート提供(20年~)/●患者サポートプログラム「オフェブよりそいパートナー」提供(21年~)/●カスタマーエクスペリエンス部創設(22年)/患者サポートプログラムの利用促進、クリニカルパス導入の推進を担う

 

受診や診断といった服薬開始前の段階では、疾患検索エンジンを手掛けるUbieなどデジタルに強みを持つ企業とのコラボレーションを活発に展開。医師向けの専門医相談サービス「E-コンサル」を提供するMediiとは、非専門医と専門医をつなぐことで早期の診断と適切なタイミングでの治療開始を促す取り組みを行っています。E-コンサル上での間質性肺疾患に関する相談件数は取り組みの前後で2.8倍に増加。今年4月には協働の幅を広げ、医師向けの啓発サイトを立ち上げました。

 

エムスリーとは、胸部レントゲン写真から線維化を伴う間質性肺疾患の検出を支援するAIプログラム(プログラム医療機器)を開発し、昨年9月末に申請(申請主体はエムスリー)。性能評価試験では、呼吸器専門医や放射線診断医に劣らない性能が確認されました。胸部レントゲンはほとんどの医療機関で簡便に、繰り返し行うことができるため、非専門医でも検出が容易になると考えられます。承認されれば、非専門医から専門医への紹介が促進され、早期診断につながるとNBIは期待しています。

 

非専門医と専門医の橋渡しでは、社内のプライマリー領域との連携も昨年から本格化。呼吸器領域であれば喘息・COPD(慢性閉塞性肺疾患)治療薬「スピリーバ」、COPD治療薬「スピオルト」でコンタクトのある医師に対し、肺線維症に関する情報提供を行っています。咳や息苦しさといった肺線維症の症状は、喘息やCOPD、心不全などでも見られ、かかりつけ医を訪れる肺線維症患者の早期発見につなげたい考えです。

 

患者サポートプログラムで治療継続支援

治療開始以降では「オフェブよりそいパートナー」という患者サポートプログラム(PSP)に注力しています。オフェブを服薬する患者に対する6カ月の包括サポートプログラムで、▽看護師による定期的な電話相談サポート▽1日2回の服薬リマインドメール▽疾患・治療・日常についてまとめた冊子の提供――を行うもの。2021年から展開しています。

 

「発売当初、アドヒアランスの向上は活動の優先順位としてはそこまで高くありませんでしたが、オフェブを服用する患者さんが広がってきたときに、副作用マネジメントの重要性が見えてきたんです。PF-ILDは治療の継続が重要ですが、服薬に伴う消化器症状(下痢、悪心、嘔吐)などによって服薬を継続できない状況が発生していることがわかってきた。医師に聞いてみると『改善には日常の診療でできることだけではないサポートが必要だ』と。そこで生まれたのが『よりそいパートナー』です」(大野さん)

 

NBI スペシャルティケア事業本部 肺線維症領域マーケティング部の大野みゆき部長

 

よりそいパートナーでは、看護師が電話相談で聞いた患者の声をレポートにまとめて担当医師に送付。患者の困りごとを把握したうえで診療に臨めるようサポートします。多くの場合は処方を開始するタイミングで利用するといい、6カ月のサポート期間の後も患者と医師の関係性が続くように両者のコミュニケーション向上を図っています。患者が治療に対するモヤモヤを抱えている場合、次の診療で医師に相談するよう促すこともあるといいます。

 

よりそいパートナーを利用している患者は、そうでない患者と比べて治療を継続できる傾向にあります。大野さんは「患者さんからは治療に対して前向きになれたという声をもらっています」とし、「(PF-ILDは)咳などの症状は出るものの、外からみてわかりやすい疾患ではないので、家族や周囲の人から理解をしてもらえない、というのが患者さんの1つのフラストレーションでした。看護師に話を聞いてもらえることが安心感につながります」と話します。医療従事者側にとっては、外来治療でも入院患者と同じように副作用や日常の困りごとを把握できる点が有用だといいます。

 

看護師・薬剤師社員が現場経験生かし課題解決

「患者会とのコラボレーションや日々の活動、市場調査から得られたインサイトをもとに、われわれが介入して改善できるポイントをしっかり見極めて、そこに対してアクションを行っています」(大野さん)というNBI。昨年1月には社内にカスタマーエクスペリエンス(CX)部を新設し、医療現場で経験を積んできた看護師や薬剤師を社員として迎え入れ、医療現場や治療に関する課題の発見・改善に取り組んでいます。

 

「従来の営業活動では、顧客のことを十分に理解しきれていない部分がありました。より患者さんや医療従事者の立場に立ってできることを、と思ったときに、実際に現場にいた人に入ってもらうことでより価値のあるプログラムが提供できると考えました」と、大野さんはCX部立ち上げの狙いを説明します。

 

よりそいパートナーは当初、思うように利用者数が伸びませんでしたが、CX部の看護師・薬剤師とともにプログラムの価値がよりクリアに伝わるよう工夫を行いました。多岐にわたるプログラムの内容をまとめた説明動画などを作成した結果、利用者数は増えてきているといいます。

 

CX部では、多職種連携を促進するためにクリニカルパスの導入も進めています。

 

「長期的なアドヒアランスにつなげるため、医師と看護師、薬剤師、管理栄養士などの連携を促し、患者さんをサポートする体制づくりを進めています。たとえば、肺線維症の患者は息切れなどの症状によって日々の動作にも普通の人以上にエネルギーが必要で、消化器症状の副作用で栄養が取れないと痩せて免疫が落ちてしまう。そうした点では管理栄養士が大切なパートナーとなりますし、呼吸機能を維持するためのリハビリに関わる理学療法士や作業療法士も重要です」(大野さん)

 

取り組みによって疾患の認知度は向上し、治療につながるケースも増えてきているといいますが、大野さんは「患者さんにとって満足できるレベルになっているかというとまだまだそうではなく、改善の余地は残っています。道半ばです」と話します。「患者さんの体験・生活をしっかり理解して、今あるアンメットニーズにどう取り組んでいくかがマーケットリーダーとしてわれわれに求められるものだと思います」と言い、今後も改善を重ねながら活動を進化させていく考えです。

 

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