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山積みの文書に衝撃、治験のペーパーレス化に挑む―アガサ・鎌倉千恵美社長|ベンチャー巡訪記

更新日

亀田真由

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

今回訪ねたアガサは、治験関連文書をクラウドで管理するサービス「Agatha(アガサ)」を展開する医療ITベンチャー。ペーパーワークを削減し、臨床試験のDXを進めることを目指しています。

 

鎌倉千恵美(かまくら・ちえみ)名古屋工業大大学院卒。総務省総合通信基盤局を経て、2001年に日立製作所に入社し、製薬・医療機関向けの新ビジネス・ソリューション開発を担当。2011年に製薬企業向け文書管理システムを展開する米NextDocsの日本支社代表に就任。2015年10月にアガサを設立した。MBA。

 

クラウド型文書管理システムを提供

――臨床試験の文書管理システムを展開しています。

デジタル化が進みつつある現在でも、国内の治験で使われる文書の9割は紙ベースと言われます。年間10億枚もの紙が使われており、大きな病院では2トントラック1台分にも及びます。アガサは、こうしたたくさんのペーパーワークを削減し、臨床試験のDXを進めることを目指し、クラウド型のドキュメント管理サービス「Agatha(アガサ)」を医療機関や製薬企業に提供しています。

 

規制対象文書やGxP関連文書など、治験にまつわるあらゆる文書を電子化してクラウドで管理するシステムで、これまで紙で行われていた情報共有やレビュー・承認などの関係者間のやりとりを一貫して行うことができます。

 

治験の効率化というと、患者リクルーティングやEDC運用などへの関心が高く、ドキュメントまわりは見落とされがちです。でも、手続きに紙のドキュメントを使っていると、印刷や郵送に手間がかかる分、治験を始めるまでに米国なら1週間で済むのに対し、日本では3カ月かかるということもありえます。

 

実際には人を介する手続きがあるのでどのくらい時間を短縮できるか一概には言えませんが、アガサを使えば作業量を8割ほど削減できる。費用に換算すると、1試験あたり依頼者側で約4200万円、施設側で約1600万円の削減効果(編注・30施設2年間の試験。10年間の資料保管を想定)が期待できます。

 

特に多くの人が課題に感じるのは文書の保管だと思います。従来は5~10年と言われていましたが、欧州のメーカーを中心に25年保管してほしいという企業が増えてきており、倉庫代も馬鹿にならなくなっていますし、災害への備えも重要です。システムを使うことで、こうした部分にかかるコストを削減することができます。

 

――治験文書管理の課題に気付いたきっかけを教えてください。

きっかけは、日立製作所に勤めていた2007年のことです。

 

当時、製薬企業や医療機関向けの新規事業部署に配属され、電子カルテの次のサービスを見つけるためのネタ探しとしてグループの日立総合病院を訪問しました。そこで会議室に入ったところ、30cmくらいの高さの文書が20束ほど山積みにされていたんです。

 

一体何だと思って聞いてみたら、製薬企業から送られてきた治験文書で、これから医師の部屋に台車で運んだり、院外の医師には郵送したりすると言われました。普段は患者対応で時間がないから、そのために休日出勤までしていると。しかも、医師は受け取った文書を翌週のIRB(治験審査委員会)の会議に持参して、会議が終わったら保管用に1部だけ残して溶解すると言うんです。「そんなことをしているのか」と衝撃を受けました。

 

さらにびっくりしたのは、当時存在した治験管理システムがあまりに高額だったことです。「日立グループの病院なのにシステムが入ってないのはなぜ」と思ってオフィスに戻って聞いてみたら、「規制対応の文書管理システムはあるけど、2億円するんだよね」と言われました。1つの医療機関で導入するには高すぎます。調べてみると、ほかの医療機関も同じような課題を抱えていることがわかり、その時から何とかしたいと思っていました。

 

――起業に至ったのは、それから8年後の2015年です。

2010年前後から、さまざまな業界でSaaSやクラウドサービスが使われるようになり、システムの費用を抑えられるようになってきました。加えて、スマートフォンの普及で医師のITリテラシーも高まってきていた。アガサを立ち上げたのはそんなタイミングでした。

 

起業する直前は、製薬企業向けに文書管理システムを提供する米NextDocs(ネクストドックス)の日本支社の代表をしていました。31歳で米ライス大に留学し、アメリカのヘルステックスタートアップを見る中で「40歳くらいまでにヘルステック分野で起業したい」と考えていた私にとって、自分の責任で日本事業をゼロから立ち上げる良い機会をもらえたと思っています。ただ、代表就任から数年後、米国本社が買収されることになり、日本支社のメンバーは私を含めて全員解雇されました。アガサを立ち上げたのはその3カ月後です。

 

日本支社の代表をしていたころ、販売製品について「もっとこうしたらいいんじゃないか」というアイデアを持っていたのですが、本社からすれば日本の売り上げはごく一部で、なかなか話を聞いてもらえないことに歯がゆさも感じていました。「なら自分でやろうかな」と思い始めていた折、買収、そして解雇という話があり、「今やるしかない」と。同僚のエンジニアに声をかけて、一緒に起業しました。

 

 

コロナ禍が普及後押し

――サービス開始当初の立ち上がりはどうでしたか。

私たちが目指していることの1つは、製薬企業と医療機関の間でやり取りされる紙のボリュームを削減することです。それまでは、それぞれが文書管理システムを導入したとしても結局、両者でやりとりができないため「製薬企業が紙に印刷して医療機関に送付する」「医療機関が紙をスキャンして自分たちのシステムにアップロードする」といった作業が発生していました。そこで、両者をつなげることができれば課題の大きな部分を解決できると考えました。

 

ただ、2016年にサービスを始めた当初はなかなか両者の壁を崩すことができませんでした。お互いに「相手が対応してくれるかわからない」という思い込みがあったり、あるいは、たとえば30の病院でやっている治験があったときに、対応している病院としていない病院があると、かえって面倒なので全部紙で済ませるなんてことがあったりして、どうしても紙にとどまってしまうところがあったんです。

 

その一方で、私たちと同じように課題を感じている人も少なからずいて、そうした人たちを糸口に少しずつ広まってきたと思います。

 

――コロナ禍で普及が進んだそうですね。

2020年1月から23年1月にかけ、利用者数は約7倍の2万8000人に、プロジェクト数は約12倍の1万2000件に増加しました。サービス開始当初から関連学会で展示を行い、少しずつ認知度が上がってきていたことで、コロナ禍で「臨床試験を進めるには電子化するしかない」という状況になったときに1番に思い出してもらえる存在になれていたのかなと思います。

 

加えて、これまで電子化を先導してきた日本医師会の治験業務支援システム「カット・ドゥ・スクエア」が今年2月にサービスを廃止する中、同システムからの乗り換えパッケージを提供したこともシェア拡大に繋がりました。とはいえ、まだ電子化していない医療機関の方が多いので、もっと展開を加速していきたいと思っています。

 

――医療機関と製薬企業、それぞれ現在のシェアはどれくらいですか。

今年の7月時点で、医療機関のシェアが約20%です。治験を行う医療機関はおおむね2500件ぐらいと考えていますので、そのうち450件ほどで納入してもらっているというところでしょうか。当社は大手の医療機関を中心に直接契約を結び、中小の医療機関やクリニックとは提携するSMOを経由して導入を進めています。

 

製薬企業には「医療機関からの招待」という形で広がっています。大手の医療機関は多くの製薬企業と治験を行いますので、現時点で8割ほどの企業に使ってもらっています。

 

今後は、施設側で2025年までに50%を達成したいと思っています。製薬企業側は向こう1年以内に100%を目指したい。治験の数としては、近い将来に国内の治験の7~8割でアガサを使ってもらうことを目標としています。

 

――製薬企業には「医療機関からの招待」で広がっているとのことですが、逆に製薬企業から医療機関に広げていくということもあるのでしょうか。

次のステップとして考えています。現状は、製薬企業にとってはこの施設は紙、この施設はデジタル(アガサ)となっており、不便な場面もあると思います。SMOとも連携して、製薬企業から全施設でデジタル化しましょう、と呼びかけられるようにしたいです。

 

現時点でも製薬企業からSMOを経由して治験に参加する全施設に導入している事例はありますが、それも全体の2~3割ですので、今後5年くらいで9割以上にしていきたいなと思っています。

 

トップシェアだからこそ

――すでにグローバル展開も始めていますが、海外事業の展望は。

グローバルでは現在、米国やフランス、英国、イスラエル、中国など世界12カ国の製薬企業40社以上に展開しており、売上高の2~3割は海外です。今後は、各国の医療機関にもサービスを提供していきたいと考えており、今年度から取り組みを開始する予定です。

 

製薬企業から事業を展開しているのは、医療機関に展開するには各国の医療規制に対応する必要があるからです。ローカライズが必須となるので、いったん製薬企業側だけにサービスを提供しています。ただ、海外にも日本と似たような課題はありますので、海外でも製薬企業と医療機関をつなげるビジネスを行っていきたい。2030年までには国内より海外の売り上げが大きくなるようにしたいと思っています。

 

――IPO(新規上場)の見通しは。

数年後にと考えています。

 

――ほかに事業拡大に向けて考えていることはありますか。

これから進めていきたいのは、アガサに蓄積された情報の活用です。医療機関と製薬企業をつなげる取り組みでは、アガサは今トップシェア。それはつまり、日本の治験の手続きに関する情報は、世界で一番アガサが持っているということになります。そのデータ活用も進めていきたいです。

 

たとえば、書類間で日付が正しいかチェックする、といった業務は、RPAなどのテクノロジーを使えば解決できます。電子化したからにはさらなる効率化を目指したいですし、それはトップシェアのアガサだからできるサービスだと考えています。

 

海外展開が進んでくれば、いろんな国の臨床試験の情報がアガサのデータベースに蓄積されることになるので、それを活用したデータビジネスも考えられます。今、多くのデータは米国や中国に行ってしまっていますが、「臨床試験の手続きに関するデータはアガサという日本企業が持っている」、そんなふうになりたいと思っています。

 

(聞き手・亀田真由)

 

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