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日本で治験をやり続けるために―変わる「被験者募集」先進事例から考える未来

更新日

亀田真由

新薬開発のターゲットが細分化する中、臨床試験に参加する患者をどう集めるかが大きな課題となっています。希少疾患や難病はその代表例ですが、ごくごく限られた患者を対象とするような新薬候補が増えており、そうした薬剤の臨床試験では被験者募集により多くの時間が費やされる傾向があります。リクルーティングの長期化はそのまま開発の遅れにつながり、コストに跳ね返ってきます。

 

そもそも日本は、海外に比べて症例集積のスピードが遅く、それが治験パフォーマンスの低さの一因となっていることが指摘されています。製薬企業は、治験の実施国を「クオリティ」「スピード」「コスト」を中心とする総合的なパフォーマンスを踏まえて決めており、EFPIA(欧州製薬団体連合会)やPhRMA(米国研究製薬工業協会)は「このままでは日本がグローバル試験から排除される可能性がある」と危惧しています。

 

【日本の治験パフォーマンス評価】<評価項目/内容/他国と比べて/評価>クオリティ(データの質)/1)EDCの入力コンプライアンス/良い/○|2)Queryの回答コンプライアンス/中間程度/○|3)治験実施計画書からの逸脱件数/少ない/○|スピード(症例集積性)/1)投与例数/施設/月/遅い/△|コスト(費用)/1)CRAの担当施設数/少ない/✕|2)CRAの訪問回数/多い/✕▼総合的な治験パフォーマンス評価「△」/参加国の決定に重要なスピード・コストの競争力に欠ける|※評価は◎・○・△・✕の4段階/「CRCと臨床試験のあり方を考える会議」/PhRMA/EFPIA/Japan共催セミナー資料(2018・21年)をもとに作成

 

日本で承認される新薬の半数以上が外資系企業によって開発されたものであることを踏まえれば、症例集積の遅さが「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」につながりかねないことは想像に難くないでしょう。

 

リリー DeNAと遺伝情報活用

「被験者募集にかかる時間を減らすことが、日本で治験をやり続けることにつながる」。そうした考えから先進的な取り組みを行っているのが、日本イーライリリーです。

 

同社は2011年以来、米国本社のパイプラインを100%カバーし、その8割超で世界同時開発を行っています。こうした成果を上げるために同社が強く意識しているのが、治験の遂行能力をいかに高めるか。その重要なファクターとなるのが「最も労力のかかる被験者募集の期間を短縮すること」だと、同社研究開発本部・臨床開発本部の泉誉志さんは話します。

 

それに向けた工夫として最近始めたのが、被験者募集に遺伝情報を活用する取り組みです。遺伝子検査サービスを手掛けるDeNAライフサイエンスと協力し、早期フェーズのある試験(対象疾患は非公開)で昨年9月から試験運用を行っています。このコラボレーションは、リリー社内で先進事例の導入をサポートする部門横断のタスクチーム「JAVIC(Japan Added Value Initiative Catalyst)」が出発点。このチームでは、多様な専門知識を持つメンバーが各プロジェクトの担当者とタッグを組んで開発能力の向上を図っています。

 

「従来手法より高い効率・反応」と手応え

活用するのは、DeNAライフサイエンスの一般向け遺伝子検査サービス「MYCODE」に登録されている個人の遺伝情報。MYCODEは唾液を使った遺伝子検査で、利用者は病気の発症リスクや体質などを知ることができます。登録者はおよそ12万人。そのうち約9割が研究利用に同意しており、これを臨床試験の参加者募集に活用しています。

 

両社は今回の取り組みで、データベースから遺伝的傾向や将来の健康リスクが治験の目的・参加要件に合致する可能性の高い人を抽出し、治験情報を提供する仕組みを構築しました。商用データベースに登録された遺伝情報を活用して被験者を募集する取り組みは、イーライリリーにとってはグローバルでも初の試みだといいます。

 

試験運用を開始して数カ月。泉さんは「まだ始めたばかりなので、継続して状況を見ていかなければいけませんが、運用を開始してすぐに候補者から具体的な参加に関する問い合わせがありました。治験の特性に合わせて情報提供を行っているため、従来の手法よりも高い効率性・反応性を示しているという感触があります」と手応えをにじませます。

 

遺伝情報が活用できる試験であれば領域を問わず応用できる可能性があり、リリーは治験遂行能力を高める1つの手段としてさらなる活用の場を模索していく考えです。同本部の岡高志さんは「開発コストのダウンにもつながるでしょう。困難な治験であればあるほど、試験期間の長期化はコストにつながり、発売のタイミングも遅れてしまう。それを考えれば、メリットは大きいと期待しています」と話します。

 

サテライト活用しゾコーバ治験「3カ月短縮」

一方、臨床試験関連のITサービスを提供するスタートアップのBuzzreach(バズリーチ、東京都港区)は、Doctor to Doctor(D to D)の被験者紹介を支援する取り組みを行っています。がんや希少疾患を中心に展開しており、治験実施医療機関とその周辺の医療機関(サテライトサイトと呼ぶ)をつなげることで、これまでに約300試験で約3000人の被験者紹介を支援してきました。

 

その仕組みはこうです。バズリーチのプラットフォーム上でサテライトサイトに治験の情報を案内。サテライトサイトの医師は、自院に紹介したい患者がいれば、選択条件を確認するスクリーニングに回答します。その結果、条件を満たしていることがわかれば、その患者の基本情報や診療情報が実施医療機関に送られ、実施医療機関で同意取得以降のプロセスを進めます。

 

バズリーチは、塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」の臨床試験でも被験者募集を支援。発熱外来を行う医療機関をサテライトサイトとして、陽性者に治験を案内するスキームを組み、そこから約270例を組み入れました。ひと月あたりの組み入れ症例数をベースにすると、治験期間を約3カ月短縮するインパクトがあったといいます。

 

紹介元にもメリット

基本的な考え方は、治験ネットワークの構築・活性化と言えるもので、特段目新しいことではありません。治験ネットワーク自体は従来から各地域でつくられてきましたが、IRB(治験審査委員会)の連携などにとどまっていて、被験者募集での協力体制としてはあまり機能してこなかったとバズリーチの猪川崇輝社長は指摘します。

 

「治験ネットワークは素敵な考え方ですが、それだけでは紹介元の医療機関にメリットがないんです。紹介による金銭の授受はもちろんできませんし、患者さんを紹介することで診療報酬を得る機会も失います。むしろマイナスでしかないんですね。こうした背景もあって、紹介のスキームはこれまで定着してきませんでした」(猪川さん)

 

バズリーチは、ここに2つの対策を打っています。1つは、バズリーチがサテライトサイトと被験者募集支援の業務委託契約を結ぶことで、組み入れにつながった場合は紹介元に対価が支払われるようにしたこと。もう1つは、紹介した患者の治験の進行状況をバズリーチのプラットフォームで逐次確認できるようにしたこと。最終的には患者の意思によりますが、治験が終わるタイミングで再び自院への受診を働きかけやすい環境を用意しました。将来的には、DCT(分散型治験)のサテライトサイトとして来院や検査の一部を担うことにもつなげたい考えです。

 

患者・市民の意識をどう高めるか

バズリーチはD to Dの被験者紹介支援に加えて、患者向けのプラットフォームで治験の情報を公開し、患者が自ら治験に応募できるスキームを構築しています。ただ、D to Dに比べて反応は鈍く、テコ入れの必要性を感じていると猪川さんは話します。

 

「パイプラインの傾向もあって、すでに既存治療を受けている患者さんが対象となっている治験が多い。そこで(情報を判断するのに)重要になるのは、患者さん自身が自分の治療背景や病態をどれくらい把握できているか。国を挙げて患者さんのリテラシーを上げる取り組み(PPI=患者・市民参画)をしなければならないですし、一方で、僕らももっと患者さんの目線に合わせて情報を届ける必要があると考えています」(猪川さん)

 

バズリーチでは、患者が自身の治療の状況などを理解した上で治験を選択できるような情報提供や、治験参加を考える患者とその主治医、主治医と治験実施医療機関の医師のコミュニケーションを支援するような仕組みを、年内にもプラットフォームに追加することにしています。

 

「対話」や「教育」の役割大きく

リリーとDeNAライフサイエンスの取り組みがうまくワークしていると感じた背景にも、リテラシーの重要性が透けて見えます。事業開始から8年ほどで約12万人となったMYCODEの会員の多くは、自分でお金を払って検査を受けた人であり、DeNAライフサイエンスは、その特徴を次のように話します。

 

「MYCODEは家族の病気などをきっかけに受ける人が多いのですが、そうした人は自身の健康に対する意識が高い。社会貢献意識の高い人も多く含まれています。基礎研究を含め、意欲的に参加する人が多いのはMYCODEデータベースの1つの特徴です」(DeNAライフサイエンス MYCODEサービス部R&Dグループ・佐々祥子さん)

 

リリーとの取り組みは、そうした人に向けてさらなる疾患理解の向上と健康意識の醸成を促すものです。佐々さんは、こうした取り組みを通じて「医療従事者・ヘルスケア事業者と一般の間にある医療情報格差の解消に貢献していきたい」と見通します。

 

2つの事例を通して浮かび上がってくるのは、治療やその開発が個別化していく中で、被験者募集を加速するには患者・市民のリテラシーがこれまで以上に重要なピースとなっていることです。製薬業界にとっては、患者・市民との丁寧な対話や患者・市民に対する教育・啓発の果たす役割が大きくなっていると言い換えることもできるでしょう。

 

折しも、コロナ禍で「治験」「臨床試験」に対する世の中の関心が高まった今、一歩踏み込んだ取り組みを進めるチャンスなのかもしれません。

 

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