明治グループが医薬品セグメントの事業ポートフォリオを再編し、「必須医薬品=抗菌薬」を成長戦略の1つに位置付けました。採算性が低く中核事業として力を入れる企業もほとんどない中、安定供給のためのバリューチェーン強化に乗り出す構えです。国の薬価政策やインセンティブ付与もにらみながら、収益の確保を目指します。
INDEX
得意領域で独自の成長戦略
明治グループの医薬品セグメントは、新薬と後発医薬品が主体のMeijiSeikaファルマと、ワクチンを扱うKMバイオロジクスの2社が中心。7月11日に開かれた事業説明会で明治ホールディングス(HD)の小林大吉郎取締役(MeijiSeikaファルマ社長)は、従来▽新薬▽ジェネリック▽ワクチン――としていた事業ポートフォリオを、▽新薬▽ジェネリック▽必須医薬品(抗菌薬)▽ワクチン――に再編したことを明らかにしました。
新たな事業区分である必須医薬品は「基礎的医薬品」や「安定確保医薬品」など、「医療上欠かすことができず、薬価改定の影響を受けにくい薬剤」と定義。同社にとってそれは80年以上前から取り組み続けている抗菌薬になるといいます。感染症領域に特徴ある企業として独自の成長戦略を描きたいという考えの下で生まれた区分です。
高い市場シェア
抗菌薬を事業の1領域に据えた背景には、同社製品が市場で高いシェアを持っていることが挙げられます。注射用抗菌薬の数量シェアを見ると、政府が「特定重要物資」に指定していて使用数量も多いスルバクタム・アンピシリンが79%、タゾバクタム・ピペラシリンが49%。厚生労働省が定める安定確保医薬品で「カテゴリA」に分類されているメロペネムは59%、バンコマイシンも76%のシェアを占めています。
特定重要物資でMeijiSeikaファルマが高シェアを持つ2品目はいずれもペニシリン系で、高齢化とともに使用量が増加していますが、出発原料は100%海外からの輸入に頼っており、供給上のリスクを抱えています。供給が途絶えれば医療に重大な影響を及ぼすため、国内で原薬の調達から製品化までを自律的にコントロールできる体制の確立が急務となっています。
注射薬と経口薬を合わせて計74品目の抗菌薬を取り扱うMeijiSeikaファルマは、安定供給に重大な役割を担っていると言えます。「日本の医療基盤を支える企業集団」を自負しますが、たとえ不採算でも供給をやめることができず、適正使用が徹底される一方で新規抗菌薬の開発には費用もかかるため、「経済合理性のない領域」(小林氏)と言われてきました。
こうした状況を変えたのが、新型コロナウイルスのパンデミックです。後発品を中心に原材料の多くを海外に依存することのリスクが露呈し、医療上必須である抗菌薬の国内生産体制があまりに脆弱であることを関係者が再認識。危機感を抱いた政府がサプライチェーン強化に向けた取り組みを打ち出す中、明治グループは抗菌薬市場における自社のポジションを踏まえ、事業を再構築して経営資源を集中することを決断しました。製薬企業としては中堅規模の明治グループが、厳しい経営環境で特徴ある企業として存続するための戦略に舵を切った形です。
ペニシリン系抗菌薬を国産化
特定重要物資に指定されているペニシリン系抗菌薬2剤をめぐっては、今月10日、国内生産に向けた「供給確保計画」が厚生労働省の認定を受け、28年までの内製化を目指してMeijiSeikaファルマの岐阜工場で生産体制の構築を進めます。
出発原料である「6-APA」の製造拠点となる同工場ではかつて、ペニシリン原薬の製造が行われていましたが、市場縮小や安価な海外産に押されて操業を停止した経緯があります。今回の供給計画も以前なら採算が合わず取り組むことができませんでしたが、半導体やレアメタルとともに抗菌薬が特定重要物資に指定され、「まったく次元の違う国策誘導」(小林氏)に後押しされた格好です。
ポートフォリオを見直したことで、従来の「ジェネリック」に含まれていた抗菌薬は、「必須医薬品」として事業展開していくことになります。事業基盤の安定化に向け、他社からの承継も拡大していく考えです。後発品業界では、得意領域を持つ企業に生産を集中させ、薬価の下落にも耐えられる体制をつくることが安定供給につながるとの見方もあり、子会社メドライク(インド)を活用した生産の大規模化も視野に入ります。
新薬のパイプラインには、新規βラクタマーゼ阻害薬「OP0595」(開発コード、一般名・ナキュバクタム)も控えています。カルバペネム耐性腸内細菌目細菌への治療手段として期待されており、26年の発売に向けて国際共同臨床第3相(P3)試験が進行中です。同薬の開発は日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けていますが、販売にあたっては何らかのインセンティブを求めていくことになりそうです。
「数量の伸びに従って利益取れる体制に」
今後の課題は、収益面で安定した事業運営ができるかどうかです。そもそも抗菌薬については、ビジネスとして採算が合わない領域と見られてきました。長く薬価引き下げを受け続け、「収益性がなく、再投資の余裕もなかった」(小林氏)状況でした。18年度の薬価制度改革で基礎的医薬品の薬価を下支えするルールが拡充され幾分持ち直す傾向があったものの、国内生産でコストに見合った収益を確保するのは容易ではありません。
安定供給のために薬価をはじめとした国の支援はあるものの、収益性が担保できなければ民間企業として事業の継続はできません。これまでは数量が拡大しても、それに見合った利益を生み出せませんでした。今後の収益性について小林氏は「販売数量の伸びに従って利益が取れるような体制にはなってくる」と見通します。
経済安全保障の観点から国内生産を受け持つ以上、国がコスト増に対応した薬価の設定など事業の安定化に向けた対策を講じることも前提になりそうです。ただ、明治グループとしては、社会保障費が増大する中、不採算品に対して薬価上の手厚い保護を求めるだけでなく、原薬の生産から製品供給までを担うことで戦略的自律性を高める重要性も指摘。抗菌剤にこだわり続けてきた自社の存在価値を発揮したい考えです。