前回のコラムで私は「薬剤の可能性を最大化するには?」という話題を取り上げました。そこでは主に、適切な患者に適切な薬剤を使ってもらうという視点から診断の重要性について書きましたが、ユーザーを増やし、継続的に使用してもらうという点も価値最大化にとって大切なポイントの1つです。世の中を見渡すと、多くの人が利用するプラットフォームを用意し、そこを舞台に関連する製品やサービスを展開することでユーザーを囲い込むプラットフォームビジネスが真っ盛りとなっています。
というわけで、近年、製薬企業でもプラットフォームビジネスを志向した動きが盛んです。疾患ごとに患者向けのスマホアプリをつくり、さまざまな企業を巻き込んでサービスを提供し、独自のプラットフォームを築こうとしています。
「顧客は誰?」広がる答え
言うまでもなく、大切なのは「さまざまな企業を巻き込んで」という点です。たとえば近年、製薬企業の間では、ウェアラブルデバイスを通じて取得した生体データの活用が注目されていますが、それを可能にしているのはテックベンチャーによる技術開発です。製薬企業が自分でこうしたデバイスをつくるにはハードルがあります。仮に自社で開発しようとして専門人材を採用したとしても、うまくいくとは限りません。
ビジネスのフォーカスも患者や医療従事者にとどまらず、介護を受ける人・介護に従事する人や一般の生活者にまで広がっています。製薬企業は、「治療」に関するニーズだけでなく、「健康」や「予防」「介護」のニーズに応えうる専門知識や各コミュニティにアクセスできる能力を持つ団体や企業(特にスタートアップ)との連携が不可欠となりました。
近年のこうした動きを見ていると、「製薬企業の顧客は誰か」という問いに対する答えもどんどん広がっていることを実感します。何をターゲットにビジネスをするのか、どこにアプローチして自社薬剤の使用につなげていくのか、考えればキリがないでしょう。
プラットフォームビジネスは、患者や一般の人の生活に関するデータに触れたり、具体的なケースを知ったりすることができ、そこから既存薬の新しい使い方や未知のアンメットニーズ、新規の研究ターゲットを見出すきっかけになるかもしれません。
「つなぐ役割」重要に
そうして得られる膨大なデータや、そこから見出されるインサイトを有効活用するには、製薬企業はどうしたらいいのでしょうか。現場で働く一個人としては、トランスレーション部門が研究部門とビジネス部門との適切な連携を取り持つことができる体制をいかに構築するか、という点がこれまで以上に重要になっていると感じます。
研究段階で得られた成果を臨床現場にどう落とし込んでいくのか。そのためにはどのような製品やサービスを開発したらいいのか。関連してどこでどのようなサービスが求められているのか。そんな調査・分析結果をもとに研究サイドに活動内容をリクエストする、あるいは研究部門とサービス開発・提供部署の橋渡しを行うような動きが従来にも増して大事になっています。近年、製薬企業でもMBAを持つ人材が増えている一方、「結局、彼ら・彼女らに何をさせるのか?」ということが時々、話題になりますが、こうしたところにこそ、ビジネス感覚を持った人たちが活躍できる場があるのかもしれません。
患者さんやその家族、医療従事者、介護従事者、一般生活者、各種サービスプロバイダー、行政機関などなど、製薬企業がニーズに応えるべき相手はどんどん広がっています。多様なニーズに対して、薬や健康、当局対応などのノウハウを持つ製薬企業が、ヘルスケア業界内外のテックやサービスと連携してプロダクトやサービスを生み出し、自社の薬剤とともに成長を狙っていく状況は、(企業戦略と社会的要請の両面から)今後も拡大していくことでしょう。
ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Twitterやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。 Twitter:@chemordie ブログ:http://chemdie.net/ |