武田薬品工業が自社の研究所を開放する形でスタートした「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」。これまで武田が行ってきた運営業務が、新たに設立された共同出資会社「アイパークインスティチュート」に承継されました。“武田色”を薄めることで中立性を高め、エコシステムとしての発展を目指します。
武田色を払拭し中立性を高める
湘南アイパークの運営を担う共同出資会社「アイパークインスティチュート」が4月1日に事業を開始しました。同社は、これまで武田薬品が請け負ってきたアイパークの運営事業を吸収分割によって承継。アイパークインスティチュートには武田薬品、産業ファンド投資法人(IIF)、三菱商事がそれぞれ36.5%、41.0%、19.5%を出資しており、異なるセクターの3社・法人が共同で湘南アイパークの運営を行っていきます。
アイパークインスティチュートの社長に就任したのは、2018年の開所から湘南アイパークのジェネラルマネージャーを務めてきた藤本利夫氏。武田薬品を退職し、運営会社のトップに就きました。共同出資会社による運営へと体制を見直した狙いについて藤本氏は、中立性を高めるためだと説明します。
アイパークインスティチュートの藤本利夫社長
藤本氏は4月中旬に開いたメディア向けの事業説明会で、武田による運営には同社のネットワークを活用できるなどのメリットがある反面、入居企業に“武田色”がついてしまうことへの懸念があったと指摘。「製薬企業からは『アイパークに入居することに抵抗がある』という話も聞いていたし、ベンチャー企業からも『1社と強い繋がりを持つことはメリットでもあり、デメリットでもある』と言われていた。それはつまり、ほかの投資家が寄り付かなくなってしまうということ」と話しました。武田色を薄めることで中立性を高めることが、より多くのプレイヤーの参画につながると期待しています。
さらに藤本氏は、製薬企業1社による運営ではなくなることで、参加企業に多様なサービスを提供できるようになると説明。たとえば、製薬会社は業界のルールで患者らと自由に交流することが難しいですが、アイパークが中立的な立場でそうした機会を設けることも可能になるのではないかと話します。不動産REITのIIFと三菱商事が運営に加わったことで、神奈川県や隣接する湘南鎌倉総合病院と進める、ヘルスケアを核とした近隣のまちづくりも深化させたい考えです。
160社・団体が参加、13のベンチャー企業が誕生
アイパークインスティチュートによると、開所当初から、複数の会社や異なるセクターで構成された運営体制が望ましいとの考えはあったものの、具体的な構想まではありませんでした。武田薬品は2020年、中立性を高めることを目的に湘南アイパークを信託設定。21年にかけてIIFが土地と建物の信託受益権を取得しましたが、運営はIIFから委託を受ける形で武田が担ってきました。
一方、入居企業・団体は開所当時の20から5年間で102まで増え、入居していないメンバーを含めると160の企業・団体がエコシステムに参加しています。就業人数はあわせて約2400人。入居企業・団体は製薬企業、創薬ベンチャー、研究開発支援企業から、AI・IoT・ロボティクス企業、食品会社、行政まで多岐にわたり、藤本氏は「産業の集積が進んできた」と手応えを語ります。
コミュニティの拡大に伴って協業も加速しており、2021年には事業提携、共同研究開発、委受託契約など1700件を超える新たなコラボレーションが行われました。その数は19年の10倍以上。コ・ロケーションによる交流が協業を後押ししてきました。たとえば、武田薬品と田辺三菱製薬は21年から公知化合物の社内評価データの共有で提携していますが、湘南アイパークで定期的に開催される論文の抄読会などを通じ、普段から交流を重ねていたといいます。
法人設立という形で新たなプロジェクトがスタートする事例も出てきており、湘南アイパークではこれまでに13のベンチャー企業・団体が誕生。その1つであるアキュリスファーマは、当時湘南アイパークに入居していたベンチャーキャピタル(VC)、キャタリスパシフィックの全面的な支援を受けて21年に設立されました(両社とも今年3月末に退去)。海外からナルコレプシーやてんかんといった精神・神経領域の新薬を導入し、国内で後期開発を進めています。同じ21年には、京都大iPS細胞研究所(CiRA)と武田薬品が湘南アイパークで行っている共同研究プログラム「T-CiRA」の成果を実用化すべく、オリヅルセラピューティクスが設立されました。田辺三菱が創製したアルドステロン合成阻害薬の開発を行うミネラリス セラピューティックなども、湘南アイパークで生まれた企業です。
アイパークから世界に羽ばたくベンチャーを
大きな資金を調達する企業も出てきました。アキュリスファーマはこれまでに総額96億円を調達し、ソフトバンク傘下のビジョン・ファンドから日本企業として初めて投資を受けたことでも話題となりました。抗がん剤開発を手掛けるコーディア・セラピューティクスも、シリーズCまでに総額82億円の資金を集めています。
21年には、コーディアと同じく武田薬品からスピンアウトしたアーサム・セラピューティクス(入居は18年7月~19年末)を科研製薬が最大127億円で買収。科研が取得した2つの開発品のうち、水疱性類天疱瘡治療薬「ART-648」は残念ながら開発中止となったものの、低流速型脈管奇形を対象とする「ART-001」は臨床第2相(P2)試験で主要評価項目を達成し、実用化への期待が高まっています。
エコシステムとして着実に発展する湘南アイパークですが、藤本氏は今後の課題として「世界に羽ばたくベンチャーの育成」を挙げます。VCによるヘルスケア領域への投資額(22年)を見てみると、日本は米国の2%にとどまっており、個別の案件を見ても投資額は桁違いです。
藤本氏は国内のベンチャーについて「技術を社会実装するまでのストーリーを語る力が足りない」としつつ、海外から日本の技術が見えにくい状況にも課題があると指摘。「この10年でゲームチェンジャーになり得ると言われた薬は、第一三共のエンハーツとエーザイのレカネマブなんです。日本に技術があることは皆わかっている」と言い、情報を集約することで「アイパークに来れば、どこに有望なベンチャー、大学があるのかわかる」状況をつくりたいと話しました。