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投資呼び込む「信頼のネットワーク」日米で活動するVCが語るバイオエコシステム発展のヒント

更新日

亀田真由

「海外の有力バイオコミュニティに伍するエコシステムの構築」を旗印に、今年、東西2つの「グローバルバイオコミュニティ」が活動を本格始動し、ベンチャー投資の拡大を目指しています。2019年から世界有数のバイオコミュニティがある米ボストンで活動している日本のベンチャーキャピタル(VC)、ファストトラックイニシアティブに、3年間の現地での活動で見えた日米の違いや、日本のエコシステムが発展するためのヒントを聞きました。

 

「信頼のネットワーク」蓄積に差

世界各地から最先端の技術、優秀な人材、莫大な資金が集まり、それらがつながって新たなイノベーションが次々と生まれる――。米国のバイオエコシステムはべき乗的な発展を続けています。湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)の調査によると、VCによる米国企業への投資額は日本企業に対する額の23倍以上、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)では33倍以上に上ります。ファストトラックイニシアティブ(FTI)の米ボストン拠点でキャピタリストとして活動する原田泰さんは「米国の伸びはすさまじい」と評し、「このままでは差が広がる一方だ」と危惧します。

 

アジアの中でも、中国勢や韓国勢と比べて、日本のスタートアップ企業は海外VCが投資を検討する際の俎上に上がってきづらいといい、原田さんはその背景を「中国や韓国は国境を超えた人材の流動が盛んだからではないか」と考察します。特に中国では、米国のスタートアップで成功体験を積んだ人たちがスタートアップの市場を牽引しており、人材を追いかけて投資も動いてきたという流れがあるといいます。

 

人を追いかけ投資も動く

FTI代表パートナーの安西智宏さんは、成功を共有した人たちが織りなす「信頼のネットワーク」の蓄積こそ、投資額や投資件数といった単純なスナップショット以上に海外と日本で差が広がっている点だと指摘します。

 

「アメリカは市場に潤沢な資金があり、有力なバイオベンチャーは自分たちで株主を選ぶことができます。それはリード投資家側も同じで、トップ1%のVCが市場の多くのリターンを専有している現状があります。つまり、信頼に基づくクローズドなコミュニティがあって、そのシンジケートに入らない限り、日本の一企業はその他大勢の中に埋もれてしまうことになりかねません。

 

ボストンに拠点を作ったわれわれも、自分たちの投資先が現地で活躍できるよう、トップティアのVCやグローバルファーマとの信頼関係を作る必要がありました」(安西さん)

 

ファストトラックイニシアティブの安西智宏代表パートナー(左)と原田泰バイスプレジデント

 

FTIの投資先であるモダリスやモジュラスが米国に拠点を構えていたことや、自身もマサチューセッツ工科大(MIT)に短期留学したことがきっかけで、ボストンに拠点を設ける前から米国のエコシステムの活発なコミュニケーションを目の当たりにしていたという安西さん。自分たちもこのネットワークに入っていかなければ、と現地拠点の設立を決めたそうですが、「エコシステムそのものはオープンとはいえ、成功確度の高い会社への投資を進めようとすると設立当初のイメージとは少し違った」と明かします。

 

FTIは今年4月、現地のVC「サード・ロック・ベンチャーズ」「ARCHベンチャーパートナーズ」と、それぞれ米国のスタートアップに協調投資を行ったと発表しましたが、安西さんは「ライフサイエンスで5本の指に入るサード・ロックやARCHとの協調投資は、3年かけてわれわれのプレゼンスをコミュニティに訴求し、汗をかいて信頼を積み重ねてきた結果です」と振り返ります。

 

同じ釜の飯を食べた縁

自分たちの価値を認めてもらうことに加えて取り組んだのは、人脈をたどることでした。「私や安西が、過去に同じ釜の飯を食べていたのは誰なのか。一つひとつを紐解くことが投資に繋がりました。やはり、昨日今日知り合った人と協調投資できることはほとんどなく、これまでに培った人脈がテコになります」(原田さん)。実際、FTIが協調投資を行ったARCHベンチャーパートナーズは、原田さんがかつてキャピタリストとして経験を積んだ古巣でもあります。「長い付き合いになるからこそ、投資は人と人の相性が大きな要素になります」と安西さんは話します。

 

米国のベンチャーのコミュニティにはそれぞれルーツがあり、原田さんは「その例はジェネンテックやミレニアムでしょう」と言います。ジェネンテックが開発に成功した遺伝子組換えヒトインスリン製剤が、世界発のバイオ医薬品として発売されたのは1982年のこと。ベイエリアでその成功を分かち合った人々がその後、米国各地で新たなビジネスを始めたのが、現在に続くネットワークの始まりです。ジェネンテックの一部のメンバーは、その後、後に武田薬品工業が買収したミレニアムを立ち上げました。

 

米VCのサード・ロック・ベンチャーズも、マーク・レビン氏を含むミレニアムの設立・経営メンバーらが設立しました。かつて同じビジネスに関わったという縁をもとに、場所を変え、時を変え、それぞれの立場から1つのものを作っていく――。彼らのそうしたスタンダードが、投資をはじめとするコミュニティ内のパートナーシップを生み出してきました。

 

「日本でもこうした系譜が出てき始めていますよね。武田薬品からスピンアウトしたバイオベンチャーもそうですし、最近はアステラス製薬出身のベンチャーキャピタリストやスタートアップ人材も増えています。ここにグローバルの人材を引き込んで、国をまたいだ系譜を紡ぐことができれば、グローバルなパートナーシップも進みやすくなると思います」(原田さん)

 

海外への発信「文字通りのものでは不十分」

海外からの投資が小さい現状に対し、日本の実力が過小評価されているとして海外への発信を強化していく動きも出ています。実際に海外VCを見る立場から、どのようなアプローチが考えられるかを尋ねると、安西さんは「文字通りのものでは不十分ですよね」と語り始めました。

 

「そもそも、グローバルで見ると『どこ発の技術か』というのはさほど気にされません。ボストンでは、たしかにホームカントリーのアドバンテージは少なからずあると思いますが、それ以外はサイエンスの視点で世界中をフラットに見ている印象です。その中で、技術の特徴だけで海外の関心を呼び込むのはかなり難しいと思うんです。

 

だから、われわれが今後取り組んでいかなければならないのは、技術が臨床のニーズにつながることを示唆できるデータパッケージを作ったり、グローバル水準のマネジメントチームを組成したり、投資可能な形にしてから発信していくことです。そこまでやって初めて『日本に面白いものがある』と彼らの目にとまるのではないでしょうか」(安西さん)

 

その上で、日本に足りないのはシーズを事業のタネにするまでの担い手だと安西さんは指摘します。だからこそFTIは設立支援や初期のシード投資も手掛けており、これまでに投資した36社のうち16社にそうした支援を行ってきました。

 

「どんどんシリアルアントレプレナーが入ってきて、次々とスタートアップをつくっていくような世の中が日本にも来るのであれば、われわれが1つ1つのシーズを丁寧に育成することもないでしょう。今こうして取り組んでいるのは、われわれが成功事例を作ることで、アカデミアの先生や関係者の方を勇気づけられればと思うからです」と安西さんは話します。

 

仲間を集めるために

原田さんは「海外への情報発信も、投資を呼び込むだけでなく、海外の人材を仲間に引き入れるためのものでもあるという意識が大切だ」と強調します。データパッケージやスタートアップとして発信するのは、海外の高度人材に「一緒に取り組みたい」と思ってもらうためでもあります。

 

海外のリソースを引き入れるだけではありません。原田さんによると、米国ではスタートアップの多くが特定の疾患領域や技術領域にノウハウと経験を持つ「スペシャリティファーマ」を目指しており、自分たちでパイプライン開発を行うことはもちろん、外部から技術を導入することにも積極的です。そうした中で彼らが日本に向ける視線は「製品を展開する市場としての関心」と「自社に欲しい技術があるか」の2つ。基礎科学に根ざした日本の技術はグローバルなイノベーションのピースとしても関心を集めており、その意味で、日本の技術提供者は「どこに技術を持っていけばイノベーションの起爆剤になるのか」を考えることも大切になると原田さんは指摘します。

 

「今後、日本でも成功するベンチャーが出てくると思いますが、そういった1ラウンド目で成功した人が作るネットワークの中で発信することがより大事になると思っています。アメリカでも『あの先生が紹介してくれるのなら成功確率が高いんだろう』と思ってVCが集まってきます。だからこそ、1ラウンド目で成功した人の周りにコミュニティを作っていく必要があり、その意味でも、これまで以上に産官学の連携が大切になると感じています」(原田さん)。

 

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