先月、武田薬品工業が中国のハッチメッドから抗がん剤フルキンチニブの開発・販売権(対象地域は中国本土、香港、マカオを除く全世界)を取得したと発表しました。フルキンチニブはVEGF1/2/3に高い選択性を持つチロシンキナーゼ阻害薬。中国では2018年に治療抵抗性の転移性大腸がん治療薬として発売されており、今年中に日米欧でも承認申請が予定されています。
驚いたのは、対価として武田が支払う額です。武田は一時金として4億ドル(1ドル=134円換算で約536億円)、開発・販売のマイルストンとして最大7.3億ドル(約978億円)を支払います。
中国発新薬の開発動向は
このニュースに触れたとき、正直私はドキッとしたんですよね。中国企業由来の製品を日本企業がこれほどの金額を支払って導入するようになったことに。中国で生まれるイノベーションに注目が集まり、さらにはそれに価値があると認識されてきていることを示す1つの出来事だと感じました。
前回のコラムに続き、またしても私の野次馬根性がくすぐられたので、中国由来の新薬の開発状況について弊社Evaluateのデータベースを使って調べてみることにしました。現在アクティブ(Research~Marketed)な新薬(New Molecular Entity〈NME〉)のうち、Originatorの本社が中国となっているものを集めでざっくり集計したものをご紹介していきます。
現在アクティブな新薬を持つOriginatorには約750の中国企業が名を連ねており、そのうち約4割が1つまたは2つの製品(開発品)しか持っていません。下のグラフはOriginatorが中国企業となっている品目を開発段階別に集計したものです。多くが臨床試験前の段階でありますが、裏を返すと新しいものがどんどん生まれている状況だと言えますし、P1(臨床第1相試験)の段階にある品目が比較的多いのも特徴だと思います。
次に、中国由来の新薬が誰の手によって開発されているかを見たのが下のグラフです。Organicとなっているのは自社創製品を自社で開発している中国企業、In-Licensedは中国由来の新薬をライセンスインした企業、Company Acquisitionは買収によって中国由来の新薬を獲得した企業を意味しています。冒頭で紹介した武田の場合はIn-licensedに分類されることになります。グラフを見てみると、中国由来の新薬の9割以上は中国企業が自ら開発しており、ライセンスされた製品(開発品)は5%程度であることがわかります。
In-licensedの中身をもう少し詳しく見ていきましょう。ライセンス先がどの国の企業なのかを示したのが次のグラフです。
ほぼ半数は中国企業同士のライセンスで、中国以外だと最も多いのが米国。次いで韓国、スイス、英国と続き、日本は中国を除くと5番目(香港と同率)に位置しています。グラフとしては示していませんが、中国企業→中国企業と中国企業→中国外企業のディール時の開発段階を比べてみると、どちらも臨床試験前が最も多く、開発段階が進むにつれてディール数が減少するのは同じです。ただ、Approved~Marketed段階でのディールは中国企業→中国外企業のディールだけでした(武田とハッチメッドのケースもここに該当します)。
翻って日本は
ここまでいろいろと見てきましたが、最後にどうしても気になったので、日本との比較を見てみたいと思います。武田とハッチメッドの大型契約に私がドキッとしたのも、「日本はどうなんだ」という気持ちがあったからです。
先に示した1つ目のグラフに、Originatorの本社が日本となっているものを集計したグラフを重ねてみました。Approved とMarketedを除くとすべての開発段階で中国のほうが多くなっていますが、私が気になったのはResearch projectやPre-clinical段階の品目数の違いです。この段階にある品目数はイノベーションの創出と相関していると考えることができ、日本は状況としてあまり良くないと言えます。それは、ほかの成熟市場と比べてみても日本が突出して早期段階の品目が少ないからです。
日本、米国、欧州5カ国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国)に中国を加えた8カ国で、各国由来の品目全体に占めるResearch projectやPre-clinical段階の品目の割合を比べてみると、次のようになります。
中国や欧米では、全体の6割前後を臨床前の品目が占めている一方、日本は35%にとどまりました。欧州で唯一5割を切っているのがドイツですが、それでも45%と日本よりは多くなっています。
この結果に対してはさまざまな要因が考えられると思いますが、皆さんはどう感じたでしょうか。私も研究者出身ですので、アカデミアや企業で新薬の研究開発をされている方たちが日々頑張っているのを知っています。私は今、私にできることとしてコラムなどを通じて危機感を発信しているわけですが、この業界に身を置く者として、もっとそうした人たちの役に立てることはないか、模索している日々です。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。 Twitter:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |