新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」の承認で、2023年3月期に創業以来最高の業績を見込む塩野義製薬。リソースの集中投下が実った形ですが、これまでのところ需要は鈍く、早くも「ポストゾコーバ」が問われ始めています。
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政府買い上げで1000億円
塩野義製薬は1月30日、2023年3月期通期業績予想の上方修正を発表しました。今期2度目となる上方修正後の予想は、▽売上収益4210億円(従来予想比110億円増)▽営業利益1470億円(270億円増)▽税引き前利益2100億円(360億円増)▽純利益1700億円(280億円増)――。前期比では、売上収益が25.6%増、営業利益が33.3%増となり、税引き前利益と純利益も含めて過去最高の業績となる見込みです。
好業績の最大の要因は、昨年11月に緊急承認を取得した新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」で、政府による200万人分の買い上げで4~12月期決算に1000億円の売り上げを計上。従来の業績予想はゾコーバの利益を堅く見積もっていましたが、承認取得が実現したことで大幅に上振れする見通しとなりました。ゾコーバは今年1月に韓国で申請を済ませたほか、中国でも申請の準備を進めており、これらの動向次第で最終的な業績は修正予想を上回る可能性もあるといいます。
研究開発費は倍増
塩野義はパンデミックの発生以降、新型コロナウイルスワクチン・治療薬の開発に経営資源を集中的に投入。20年3月期は472億円だった研究開発費は、21年3月期に542億円、22年3月期に730億円と急激に増加。今期は1030億円を見込んでいます。
ゾコーバとともに開発に注力していた新型コロナウイルスワクチン「S-268019」(組換えタンパクワクチン)も、昨年11月に日本で承認申請にこぎつけました。ゾコーバもS-268019も、適応拡大やグローバル展開に向けた開発は続きますが、社運を賭けたプロジェクトは佳境を超えたと言えます。
先行薬は需要減速
国産初の期待を背負って緊急承認されたゾコーバですが、これまでのところ処方は広がっていません。昨年12月~今年1月の国内の新規陽性者数は774万人に上りましたが、1月31日時点でゾコーバを投与された患者は2万6115人、医療機関・薬局からの発注数も13万6448人分にとどまっています。
今後の感染動向は依然として不透明ですが、先行して治療薬やワクチンを販売してきた欧米の製薬大手は急激な需要減に直面しています。経口抗ウイルス薬「パキロビッド」を販売する米ファイザーは、今年の同薬の売上高が22年比58%減になると予測。米メルクも同「ラゲブリオ」の売り上げが昨年と比べて82%減ると見込んでいます。
5類移行 追い風になるか
ゾコーバにとっては、5月に予定される感染症法上の分類の引き下げや、4月に見込まれる薬価収載を経て始まる一般流通が処方拡大の追い風になるとの見方がありますが、今後の感染動向がどうなるのか、5類移行でコロナ患者を診療する医療機関がどれだけ増えるかなど、読みきれない部分は多くあります。
需要減はワクチンについても同じです。米国や日本は今後、年1回の接種を基本とする方針を打ち出しており、ファイザーはmRNAワクチン「コミナティ」の今年の売り上げが前年比で64%減少すると予想しています。厚生労働省は今月、米ノババックスが開発し、武田薬品工業が国内で生産する組換えタンパクワクチン「ヌバキソビッド」(起源株に対する1価ワクチン)について、1億5000万回分の契約のうち未納入の1億4176万回分をキャンセルすると発表。S-268019も起源株を対象としたもので、塩野義は承認を前提に変異株対応ワクチンの開発を急ぎますが、こちらが承認されない限り需要は見込めません。
次の新薬は
こうした中で注目されるのが、新型コロナワクチン・治療薬に続く新薬の開発です。
現在、臨床第3相(P3)試験の段階にあるのは、グローバルで開発している侵襲性アスペルギルス感染症治療薬「F901318」(一般名・olorofim)や脆弱X症候群治療薬「BPN14770」(zatolmilast)、米セージ・セラピューティクスから国内開発・販売権を取得した抗うつ薬「S-812217」(zuranolone)、独グリューネンタールから国内販売権を取得した変形性膝関節症に伴う疼痛治療薬「GRT7039」(resiniferatoxin)など。S-812217は24年3月期第4四半期、GRT7039は25年3月期第3四半期の申請を見込んでいますが、F901318や BPN14770については25年度以降の申請となります。
現在の塩野義の屋台骨は売り上げ全体の約4割を稼ぐ抗HIV薬のロイヤリティ収入ですが、その中心であるドルテグラビルは28年ごろに特許切れを迎えます。
主力品失う国内事業
減収傾向が続く国内事業では、ADHD(注意欠陥・多動症)治療薬「インチュニブ」「ビバンセ」に関するライセンス契約が今年3月末で終了。中でもインチュニブは23年3月期に200億円の売り上げを見込む国内事業の最主力品ですが、4月以降は武田薬品工業に販売が移るため、同薬の売り上げはなくなります。かつての主力品である抗うつ薬「サインバルタ」も21年6月の後発医薬品参入で売り上げを大きく落としています。
当面はゾコーバの情報提供・収集活動にMRのリソースを割く必要はあるものの、売るものがほとんどなくなってしまった現状では営業体制の見直しも視野に入ってくるかもしれません。昨年11月のアナリスト向け決算説明会で営業の効率化について問われた手代木功社長は「(当時、営業担当者の早期退職が報じられていた)ファイザーを見ているとすごくドラスティックだなと思っている。あそこまでオーバーナイトに変えられるかどうかはともなくとして、かなりその方向で時間をかけて今までも動いてきていたので、その延長上になる」と回答。「売っていく製品はいるので、なんとかものを取ってこられないかということは精力的にやっている」とも話し、インチュニブにかわる製品の獲得を目指す考えも明らかにしています。