製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
口石幸治(くちいし・こうじ)慶應義塾大学理工学部卒。パナソニックや特許事務所での勤務を経て、マッキンゼーで製造業に対する経営コンサルティングに従事。2010年、再生医療ベンチャーのサイフューズを共同創業し、16年まで代表取締役社長を務める。その後、リプロセルで取締役兼執行役員として再生医療等製品のパイプライン開発を統括。19年5月にEXORPHIAを設立した。シリアルアントレプレナー。 |
エクソソームを医薬品に
――エクソソーム創薬に取り組んでいます。
エクソソームは、あらゆる細胞から分泌される細胞外小胞(Extracellular Vesicle=EV)の一種で、生体に備わる薬物送達システムです。直径50~100nm程度の脂質二重膜の中に、細胞由来のタンパク質や核酸、脂質といった生理活性物質を含んでいて、こうした機能分子が標的細胞に届くと複合的な薬理作用を示すことが知られています。再生医療の「パラクライン効果」(細胞からの分泌物が周囲の細胞に作用すること)には、このエクソソームが重要な役割を果たしていることがわかっています。
われわれは、治療手段としてのエクソソームの可能性に注目し、医薬品として開発を進めています。創業以来、独自に研究を進め、エクソソームの活性を損なうことなく大量に精製し、品質を管理する基盤技術「INPACT-EV」を開発しました。現在、複数の細胞ソースを用いて、細胞ごとの特徴を生かしたエクソソーム製剤を開発しています。
――パイプラインにはどのようなものがありますか。
リードプログラムは、骨髄間葉系幹細胞(MSC)由来の「EXP01」。細胞が産生するネイティブなエクソソームを精製して製剤化した、いわゆる「天然型」のエクソソーム製剤です。優れた抗炎症作用と抗線維化作用を持ち、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)とIPF(特発性肺線維症)をターゲットとして育てています。
現在は、臨床第1/2相(P1/2)試験スケールでのプロセス開発と非臨床試験を進めているところです。2023年末から24年の頭にかけて米国で治験前相談(Pre-IND)を行い、24年の後半には患者さんを組み入れていきたいと考えています。データが揃ってきているのはARDSですので、こちらの開発が先行する可能性が高いと思っています。
第2のパイプラインとして、東京大医科学研究所から提供を受けた臍帯間葉系幹細胞を使った天然型製剤「EXP02」の開発も進めています。臍帯由来のエクソソームには、胚の発達に重要なタンパク質が含まれることがわかっています。現在、早期卵巣機能不全(POF)を対象に、薬効薬理評価を行っているところです。
――米国で先行して開発を進める考えですか。
エクソソームは非常に新しいモダリティです。世界を見渡しても、まだ承認された薬剤はありません。ただ、米国を中心に海外ではすでに10を超えるバイオテックが臨床試験に入っており、ある程度開発が進んでいるものもあります。それだけ当局も経験を蓄積しているので、薬事上の不透明性が低い。マーケットも大きいので、まずは米国で開発を進めていこうと考えています。
各国の規制当局も薬事・規制面の対応を進めています。日本では21~22年にPMDA(医薬品医療機器総合機構)が治療用EV開発に関する専門部会を開催しており、今年度中に一定の指針が出されるのではと期待しています。(取材は2022年12月に実施。その後、今年1月17日にPMDAが科学委員会報告書を公表した)
マルチな薬理作用に強み
――エクソソーム医薬の強みはなんでしょうか。
エクソソーム医薬の1番の強みは、薬効成分がマルチである点です。細胞由来のRNAやタンパク質、脂質といった機能分子が、特に免疫系の複雑なメカニズムにおいて複合的に作用します。このため、病態が複雑な疾患に対して薬効が期待できるのです。
これは、既存の医薬品にはない特徴です。低分子化合物や抗体のように特定の標的を強力に阻害するのではなく、さまざまなポイントをマイルドに抑えるため、安全性も高いと考えられます。
――細胞治療と比べるとどんな点に優位性がありますか。
再生医療等製品、特にパラクライン効果を狙う製品と比べると、大きく(1)品質、(2)安全性、(3)即効性の3つのポイントでエクソソーム医薬に強みがあります。
まず品質についてですが、再生細胞医薬には、細胞数、細胞表面タンパク質、分化能といった「細胞レベル」のin vitroでの特性解析だけでin vivoの効果を予測することが困難だという課題があります。一方、エクソソーム医薬では、粒子径、膜タンパクなどの「粒子レベル」の特性解析に加えて、核酸やタンパク質など「機能分子」の種類と量を規格化することで、医薬品レベルでの品質管理が可能と考えられます。安定性も非常に高く、細胞製品は超低温で保存する必要がありますが、エクソソームの場合は冷蔵で長期間安定します。
安全性については、エクソソームは毛細血管より小さいので、静脈投与した時に塞栓のリスクが低く、増殖もしません。
さらに、エクソソーム医薬は細胞由来の薬効成分を精製して直接投与するため、細胞医薬と比べて即効性に優れ、用量アップによる効果の増強も見込めます。逆にいうと、治療効果の持続性は細胞医薬に劣る可能性もありますが、反復投与で対応できると考えています。
――こうした特徴から、エクソソーム医薬は「セルフリーセラピー」とも呼ばれているそうですね。
セルフリーであることが、安全性の高さや品質管理のしやすさにつながっていると思います。付け加えると、粒子が小さいので点鼻や吸入など投与経路の選択肢が広いのも特徴ですし、脳血液関門(BBB)を通過して脳にデリバリーしやすい点も細胞医薬にないメリットです。
EXP01はまず注射剤として開発を進めていますが、臨床での有用性が確認され、局所投与でのメリットが見込めれば、吸入剤としての開発も視野に入れていくつもりです。
――実用化に壁はありますか。
一番の課題は、スケーラブルなプロセスと品質管理技術の確立です。エクソソームの製造は、原料となる細胞培養上清を製造するアップストリームと、そこからエクソソームを精製するダウンストリームに分かれます。前者には再生医療の製造技術が、後者にはバイオ医薬品の製造技術が応用でき、各社が独自に開発を進めているのが現状です。
細胞培養上清やエクソソーム、そこに含まれる生理活性物質は、かなりヘテロな集団です。例えば、MSC由来のエクソソームには1000種類を超えるマイクロRNAと数百のタンパク質成分が含まれています。エクソソームの製造では、細胞や培地、細胞の培養方法、エクソソームの精製方法によって、産生量や薬効・活性に大きな違いが生じます。
つまり、エクソソームの複合的な薬効を評価するには、ターゲット疾患に応じたin vivoモデルに加え、複数のヒト細胞アッセイで多面的な評価を行う必要があり、薬理研究の専門性が求められます。さらに、承認申請までに作用機序を明らかにし、マイクロRNAやタンパク質などの薬効成分の規格と試験法を確立することも求められるでしょう。これらを自社でやれる体制を構築するのは、かなりハードルが高い。当社は研究創薬部長の金子いずみを筆頭に、製薬企業出身の薬理研究者を複数採用しており、ロバストなデータの創出ができています。また、EXP01の肺線維症に対する作用機序の解明に向けては、順天堂大の呼吸器内科と共同研究を行っています。
シーズ持たずに起業
――口石さんはこれまでどんなキャリアを歩んできたのですか。
私自身は、パナソニックの技術者としてキャリアをスタートしました。「新しいプロダクトで社会にポジティブなインパクトを残したい」というのが私のモチベーションなのですが、それはパナソニックにいるころから変わりません。
2010年にも1度、起業をしています。マッキンゼーにいたころ、再生医療の研究に取り組んでいた高校時代の同級生から「自分のシーズで起業したい」と相談を受けたのがきっかけでした。未経験の分野で起業するのは無謀にも思えましたが、再生医療の急速な発展とシーズのユニークさに魅力を感じ、挑戦することを選びました。
ただ、当時はリーマンショック直後で、資金繰りには苦戦しました。最終的には短期的に事業を成長させることができず、道半ばで会社を離れることになってしまいました。経営者として力不足だったと思います。それでも、この分野が数十人のスタートアップでも医療の進歩に貢献できるプロダクトを生み出し得る、エキサイティングなフロンティアだということは実感できました。
エクソソームに目を向けたのは2017年ごろ、リプロセルで再生医療と臨床検査を担当していたころです。リキッドバイオプシーに使える技術として注目していましたが、調べていくうちに、幹細胞培養上清中のエクソソームがさまざまな疾患モデル動物で幹細胞移植と同等以上の薬効を示しており、しかも、細胞移植の課題の多くを解決し得ることを知り、驚きました。当時、海外ではエクソソームを手掛けるベンチャーが立ち上がってきていましたが、日本では本格的に取り組んでいる企業はなく、「絶好のタイミングだ。今なら先行できる」と思ったんです。
再生医療の分野に自分の大事なキャリアを賭けて飛び込んだ以上、何とかリベンジしたいという気持ちもありました。数十年の歳月と何千億円もの資金が再生医療に投入されながら、いまだに産業として育っていないのは残念だという思いがあったんです。国内外の臨床試験の結果を見るたびに、品質が不安定な細胞を製品にするというコンセプトそのものが大きな障害になっていると感じていたので、エクソソームはそうした点でブレークスルーになり得ると思いました。
――エクソーフィアを立ち上げるにあたって、最初の起業の経験をどう生かしましたか。
今お話した経緯でエクソソームのポテンシャルに惚れ込み、シーズを持たないゼロの状態で2019年にエクソーフィアを立ち上げました。そこから1年ほどで基盤技術を確立し、大学と協働してパイプラインの開発を進めています。エクソソームの大量精製技術や品質管理技術はアカデミアでもなかなか手がついていなかった部分で、それを持つわれわれと、臨床に明るい大学の先生方で対等な関係を築くことができました。ゼロベースで始めたことを考えると、短期間でここまで実績を上げられたケースは、なかなかないのではないかと思います。
ここで生きた最初の起業からの学びは、マーケットインの創薬とケイパビリティの確保です。1度目の起業は、大学発シーズのプロダクトアウトでニーズの解釈にバイアスがかかっていましたし、会社として研究開発を実行するだけの人材の確保とガバナンスも不十分でした。大企業では当たり前であるこうしたアプローチを活用することで、スタートアップとして大きなバリューが出せると考えました。今回は、起業を準備する段階でかねてから交流のあった金子に声をかけました。彼女は、まさかゼロベースで一緒に会社を立ち上げることになるとは想像していなかったそうですが、手弁当で手伝うと言ってくれた。彼女の協力の下、フィージビリティ調査を行い、マーケットインの戦略を立て、それをもとにエンジェル投資家を回りました。
「エクソソームの未来は明るい」
――今後の展望を教えてください。
まずは、最初のパイプラインであるEXP01を臨床にステージアップさせることが目標です。26年までにはPOCを取得し、大手製薬会社に導出したいと思っています。
次世代のパイプラインとしては、改変型エクソソームの開発にも手を打っています。改変型エクソソームとは、エクソソームの表面を装飾して標的指向性を改良したり、特定の核酸やタンパク質などの機能分子を人工的に搭載したりしたもので、デザイナーエクソソームとも呼ばれます。当社は東大医科研、感染免疫部門・ワクチン科学分野の石井健教授らとの共同研究を通して免疫系を調整するエクソソームワクチン「EXP03」の開発を進めています。
――エクソソーム医薬品市場の将来についてはどう見ていますか。
エクソソーム医薬は、新たなモダリティとして急速に立ち上がっていくだろうと考えています。天然型のエクソソーム医薬は向こう5年以内に承認されるものが出てくると思いますし、パラクライン効果を期待するような再生医療等製品では、その進化系ともいえるエクソソーム医薬が10年以内に市場を席巻するでしょう。
改変型のエクソソームは、治療薬としてはもちろん、遺伝子治療や核酸医薬などのドラッグ・デリバリー・システム(DDS)キャリアとして活用が広がって行くと思います。従来のLNP(脂質ナノ粒子)と比べても、エクソソームは安全性が高く、すでに目をつけているメガファーマもあります。エクソソーム医薬の未来は、間違いなく明るいと思っています。
こうした未来を見据えて、当社としてはいずれ日本国内でエクソソーム製剤の創製と製造を受託するCDMO事業を立ち上げたいと思っています。われわれにはゼロから作り出した基盤技術があり、これまでの経験で培ったノウハウがある。もちろん、資本も人手も必要なので、自社だけですべて行うのは難しいかもしれません。既存のCDMOとのジョイント事業を立ち上げていくこともあると思っています。
(聞き手・亀田真由)