アステラス製薬が、新たな創薬モダリティとして注目されている「タンパク質分解誘導薬」の開発に力を入れています。すでに複数の開発プログラムが進んでおり、リードプログラムは昨年、臨床試験に入りました。同社は「技術プラットフォームを確立し、有望なアセットを継続的に生み出せる状況が整った」(安川健司社長CEO)として積極的に経営資源を投入していく構えです。
Undruggableな標的にアプローチ
タンパク質分解誘導薬は文字通り、疾患に関連する特定のタンパク質を分解する低分子化合物です。
従来の低分子化合物は、タンパク質の活性部位に結合し、その機能を制御することで効果を発揮します。ただ、低分子化合物による阻害に適した深い結合ポケットを持つのは、疾患関連タンパク質の2割程度と言われ、残る8割は結合ポケットが浅く、従来の低分子化合物では創薬のターゲットになりにくいと考えられてきました。タンパク質分解誘導薬は、こうしたUndruggable(創薬不可能)な標的にアプローチできるモダリティとして期待されています。
ユビキチン・プロテアソーム系を利用
タンパク質分解誘導薬は、生体内のタンパク質分解プロセスである「ユビキチン・プロテアソーム系」を利用します。代表的なのは、標的タンパク質に結合する低分子化合物と、タンパク質の分解に関与する酵素E3ユビキチンリガーゼに結合する低分子化合物を、リンカーで結合させたキメラ化合物。標的タンパク質とE3リガーゼを近づけることで、標的タンパク質に分解の目印となるユビキチンを付加(ユビキチン化)し、ユビキチン化されたタンパク質を選択的に分解するプロテアソームで分解します。
タンパク質分解誘導薬は、標的タンパク質に結合して直接的に機能を阻害するわけではないので、従来の低分子化合物に求められるような強い結合は必要なく、深いポケットを持たないタンパク質も標的とすることができます。ユビキチン化のプロセスを触媒したタンパク質分解誘導薬は遊離し、同じプロセスを繰り返すため、持続的な効果が期待できる点もメリットです。
KRAS標的に臨床試験
アステラス製薬は昨年6月、KRAS G12D変異を標的としたタンパク質分解誘導薬「ASP3082」の臨床第1相(P1)試験を開始しました。タンパク質分解誘導薬はすでに複数の品目が臨床試験に入っていますが、KRASを標的としたものは世界初。アステラスの早川昌彦プロテインデグレーダー部門長は昨年12月に開かれた同社のR&Dミーティングで「ファーストインクラスの薬剤になることを期待している」と話しました。まずは大腸がんで開発を進め、膵臓がん、胆管がん、子宮体がん、肺がんなどKRAS 12D変異の頻度が高いほかのがんにも対象を広げていく方針です。
アステラスは2010年代からKRASの変異体に対する阻害薬の研究を開始。KRAS G12Dに結合する化合物の創製には成功したものの、十分な機能阻害を得ることができませんでした。一方、これとは別にタンパク質分解誘導薬の研究も2010年代から進めており、両者を組み合わせる形で2020年にKRAS G12Dを標的とするタンパク質分解誘導薬の研究に着手。研究者の専門性とコンピューターモデリングを統合した独自のシステムを活用することで、研究開始から5カ月でASP3082を同定し、同薬を新薬候補に選定してから1年でIND申請にたどり着きました。
経営資源を積極投入
ASP3082に続く研究開発プログラムも進んでいます。さまざまなKRASの変異体を標的とするpan KRAS分解誘導薬は23年度にIND申請を予定。それ以外にも、標的は非開示ながら、がんやそれ以外の疾患を対象としたプログラムが控えています。
アステラスは昨年、タンパク質分解誘導薬を重点研究開発領域(プライマリーフォーカス)に選定。安川健司社長CEOは昨年12月のR&Dミーティングで「技術プラットフォームを確立し、有望なアセットを継続的に生み出せる状況が整った。開発を加速させるため、積極的に経営資源を投入していく」と話しました。
ファイザーやサノフィなど参入
タンパク質分解誘導薬は、創薬ターゲットとして有望視されながら従来の低分子化合物ではアプローチできなかった標的に治療薬開発の道を開く可能性があります。アステラスの志鷹義嗣CScO(チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)は「現時点では非開示としているが、開発プログラムの裏にはよく知られた標的が並んでいる。ディジーズバイオロジー的には非常に確度が高いが(薬剤を)作れなかったものを次々と作っていける」とし、「そういった標的をまず片付けていきたい」と話します。
有力なモダリティであるだけに、開発競争も激しくなっています。主なプレイヤーは米国のバイオベンチャーですが、米ファイザーや仏サノフィといった欧米の大手製薬企業も開発に参入しています。
ファイザーは米国のバイオベンチャーArvinasと、エストロゲン受容体を標的とする「ARV-471」のP2試験(対象疾患:乳がん)を実施中。サノフィも米バイオベンチャーKymera Therapeuticsと提携し、インターロイキン1受容体関連キナーゼ4(IRAK4)を標的とする「KT-474」のP1試験(対象疾患:アトピー性皮膚炎、化膿性汗腺炎、関節リウマチなどの自己免疫疾患)を進めています。
免疫疾患などに拡大
アステラスはタンパク質分解誘導薬について、“ファーストウェーブ”としてKRASを標的とした薬剤の発売を目指し、“セカンドウェーブ”としてがんでKRAS以外に標的を拡大。“サードウェーブ”として免疫系疾患などがん以外に対象を広げていく方針です。
昨年2月には、武田薬品工業からカーブアウトした創薬ベンチャー、ファイメクス(神奈川県藤沢市)とタンパク質分解誘導薬に関する共同研究を開始。同社は、独自のタンパク質分解誘導薬探索プラットフォームとがん選択的E3リガーゼバインダーを持っており、アステラスはこうした技術を活用して次世代のタンパク質分解誘導薬の開発を目指します。