(写真:ロイター)
[ロンドン/ジュネーブ ロイター]WHO(世界保健機関)で「パンデミック条約」の検討が行われている。現時点での案によると、製薬会社は感染症のワクチン・治療薬について、価格を含む政府との取引条件の開示を義務付けられる可能性がある。
WHO加盟194カ国による交渉が行われている協定の草案では、企業が公共調達の契約条件を明らかにするよう義務付けることを求めている。加えて、ワクチン・治療薬の開発に対する公的資金の透明性を高め、結果として生み出された製品が世界中に均等に配分されるようにするための規定を盛り込むべきだとしている。
「パンデミック条約」と呼ばれるこの協定の目的は、次に起こる世界的な健康危機が新型コロナウイルス感染症のように壊滅的な影響を及ぼすのを防ぐととともに、多くの低所得国が置き去りにされた対応を改善することだ。
新型コロナのパンデミックでは、各国政府が製薬企業と交わした取引の多くは秘密にされ、ワクチンの公平な配分という点で製薬企業の責任を追及する余地はほとんどなかった。
WHOの広報担当者は、新たな協定に向けた現在のプロセスは加盟国によって推進されているとし、「このプロセスはオープンで透明性があり、ステークホルダーや一般市民らの意見を取り入れ、公開協議でコメントを提出することができる」と語った。交渉は初期の段階で、加盟国やその他のステークホルダーとの議論で今後、変更が加わる可能性が高い。
「業界の能力損なう」
現時点での案では、加盟国や企業がルールを守らなかった場合の対応について、曖昧な表現がなされている。国連機関は民間企業のその規則を守ることを強制することはできない。
このような提案は、ワクチンや治療薬の開発で目覚ましい競争を展開した製薬業界の反発に直面する可能性がある。
米ファイザーとそのパートナーである独ビオンテック、米モデルナ、英アストラゼネカは、2019年末に中国で初めてウイルスが確認されてから1年もたたないうちにワクチンを開発した。
国際製薬団体連合会(IFPMA)の事務局長、トーマス・クエニ氏は、草案は「重要なマイルストン」としながらも、イノベーションや知的財産の保護を損なわないことが重要だと指摘する。草案は知財の重要性を認識しているが、健康危機の際により多くの企業がワクチン・治療薬を製造できるよう、専門知識を共有するメカニズムが必要だとしている。クエニ氏は「仮にこの草案がそのまま実行に移されれば、ワクチンや治療薬を迅速に開発・供給し、その公平なアクセスを確保することができるわれわれの業界としての能力を、推進するどころか損なう可能性が高い」と話す。
草案では、各国のパンデミック対策を相互に評価するピアレビューの仕組みや、保険制度の改善、予防と対策に関する国内資金の充実、WHOによる感染源調査の改善も提案されている。
「不平等断ち切れるか」
WHOに詳しい米ジョージタウン大法学部のローレンス・ゴスティン教授は、今回の協定によって新型コロナで見られた「不謹慎な」ワクチンの買い占めを是正できるかもしれないと指摘。「この草案は広範囲にわたる大胆なものだが、政治的な反対と製薬業界の反発が障壁となる」と話す。People’s Vaccine Allianceの政策共同リーダー、モガ・カマル・ヤンニ氏は協定について「強欲と不平等を断ち切ることができるか、あるいは将来世代に同様の悲惨な結果をもたらすかだ」と強調している。
WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイエス事務局長は、パンデミック条約はグローバルヘルスのルールを強化する一世一代のチャンスだとしている。
WHOはその憲章で、国際協定を締結する大きな権限を与えられている。しかし、74年の歴史でそれが行われたのは、2005年のたばこ規制枠組条約の一度きりだ。
パンデミック条約は今年2月に交渉が始まり、7月に「ワーキング・ドラフト」の公表という重要な一歩を踏み出した。次の正式な理事会は12月に開かれるが、前途は多難だ。条約が採択されるのは、早くて2024年以降になると見込まれている。
欧米のある外交官は、知財や価格の透明性に関する問題について「これからの議論は居心地の悪いものになりそうだ」と言う。主要国の中には合意を真剣に模索する国もあり「難しい問題を含めて、問題を探ろうという意欲はある」と語った。
(Jennifer Rigby、編集:Josephine Mason/Elaine Hardcastle/Bill Berkrot、翻訳:AnswersNews)