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製薬業界は猛反発…「コロナワクチンの特許を放棄」WTO閣僚会議の合意は何が問題か

更新日

前田雄樹

6月17日、世界貿易機関(WTO)の閣僚会議で採択された閣僚宣言に、新型コロナウイルスワクチンの特許の一時的な放棄に関する合意が盛り込まれました。開発途上国による製造を可能にすることで、いまだに接種率が2割に届かない低所得国にワクチンを普及させる狙いがありますが、製薬業界は「誤った解決策だ」などと反発しています。

 

 

途上国による製造・輸出が可能に

スイス・ジュネーブで開かれたWTOの閣僚会議は、6月17日に約6年半ぶりとなる閣僚宣言を採択して閉幕しました。閣僚会議の開催は17年12月のブエノスアイレス以来4年半ぶりで、閣僚宣言の採択は15年12月のナイロビ会合以来。今回の閣僚会議は当初、6月12~15日の予定でしたが、先進国と途上国の意見の食い違いから協議は難航し、会期を2日延長して合意にこぎ着けました。

 

今回の閣僚宣言には、新型コロナウイルスのパンデミックが発生して以来の懸案だった、新型コロナワクチンに対する知的財産保護義務の免除に関する合意が盛り込まれました。WTOでは、医薬品の特許を含む知的財産権全般について、TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)で加盟国が一律に順守すべき最低限の保護水準を定めています。今回の合意は、新型コロナワクチンを同協定が規定する知財保護の対象から一時的に除外し、開発途上国が権利者の同意なしに新型コロナワクチンを製造したり、輸出したりすることを認めるものです。

 

診断薬・治療薬についても協議

現時点では「ドラフト」として公表されている合意文書では、「適格加盟国」は国内法令における特許権の規定にかかわらず、パンデミックへの対処に必要な範囲で、権利者の同意なく新型コロナワクチンの製造や供給に必要な特許の利用を認めることが明記されました。「適格加盟国」は「すべての開発途上国」とされ、新型コロナワクチンの製造能力を持つ開発途上国に対しては、今回の決定を利用しないことを拘束力のある形で約束することを奨励。利用が認められる特許の範囲は「新型コロナワクチンの製造に必要な成分や製法が含まれると理解される」としています。

 

【WTO閣僚会議合意の主な内容】(新型コロナワクチンの特許に関連する部分)・適格加盟国(1)は、パンデミックへの対処に必要な範囲で、権利者の同意なくCOVID-19ワクチンの製造・供給に必要な特許の対象(2)を利用することを認める。|・適格加盟国は、特許の対象の使用予定者に対し、権利者から許諾を得る努力をすることを要求する必要はない。|・適格加盟国は、この決定に基づく許可の下で製造された製品の任意の割合をほかの適格加盟国に輸出することができる。|・適格加盟国は本決定の日から5年間、本決定の規定を適用することができる。一般理事会はパンデミックの状況を考慮してこの期間を延長することができる。総会は本決定の運用を毎年見直す。|・加盟国は、この決定の日から6か月以内に、COVID-19診断薬および治療薬の製造・供給への適応拡大について決定する。|※(1)適格加盟国とはすべての開発途上国である。COVID-19ワクチンを製造する能力のある開発途上国は、この決定を利用しないことを拘束力のある形で約束することが奨励される。(2)この決定では、「特許の対象」にはCOVID-19ワクチンの製造に必要な成分および製法が含まれると理解される。

 

今回の合意では、自国向けの製造・供給だけでなく、ほかの開発途上国への輸出(COVAXのような国際的な配分枠組みを含む)も可能になります。今回の合意に基づいて開発途上国が輸入したワクチンを別の開発途上国に再輸出することは禁じられますが、規定に従ってTRIPS理事会に通知すれば、人道的かつ非営利目的の再輸出は認められます。

 

今回の合意に基づく知財保護義務の免除は、決定の日から5年間の一時的な措置。新型コロナの診断薬や治療薬にも適用を広げるか加盟国間で協議し、半年以内に結論を得ることも規定されました。

 

製薬業界は「大きな失望」

今回のWTO閣僚会議の合意に対し、知財保護の重要性を訴えてきた製薬業界は反発しています。

 

国際製薬団体連合会(IFPMA)、米国研究製薬工業協会(PhRMA)、欧州製薬団体連合会(EFPIA)、日本製薬工業協会(製薬協)は、そろって「大きな失望」を表明。「あらゆる手段を尽くしてきた科学者への冒涜」(IFPMA)、「政治的な人気取り」(PhRMA)などと強く非難しました。

 

今回の合意につながった新型コロナワクチンに対する知財保護義務の免除は、2020年10月にインドと南アフリカが提案したものです。両国は、TRIPS協定が新型コロナ対策の障壁になっていると指摘し、特許権を一時的に停止してワクチンの生産を拡大すれば低所得国向けの供給を増やすことができると主張。低所得国を中心に多くの支持を集めましたが、先進国が難色を示し、協議は難航していました。

 

新型コロナ対策をめぐっては、先進国と開発途上国の間の「ワクチン格差」が問題となっています。英オックスフォード大の統計サイト「Our World in Date」によると、新型コロナワクチンの初回免疫(1回目・2回目)を完了した人の割合(6月19日時点)は、高所得国の75.0%に対して低所得国は14.4%にとどまります。米国は当初、インドや南アフリカの提案に反対していましたが、開発途上国や米民主党内からの圧力を受け、バイデン大統領が昨年5月に「非常事態には特別な措置が必要」として特許の放棄を支持すると表明。今年3月に就任したWTOのヌゴジ・オコンジョイウェアラ事務局長は、ワクチン格差を「道徳的に受け入れられない」として解決に強い意欲を示していました。

 

【新型コロナワクチンの接種率】<初回免疫/追加免疫>高所得国/75.0/52.4|高中所得国/78.0/45.1|世界全体/60.6/26.3|低中所得国/54.3/8.9|低所得国/14.4/0.8

 

「時機を逸した不要な解決策」

一方、製薬業界は、すでに139億回分を製造できる体制ができているとし、ワクチン格差は製造量の問題ではなく、輸出規制や各国の薬事・予防接種行政、流通、医療インフラなどが原因だと指摘しています。EFPIAは今回の合意について「誤った問題を誤った方法で解決しようとするもの」だとし、製薬協も「十分な生産量が得られている現状では時機を逸した不要な解決策」と批判。IFPMAは「WTOは貿易の問題に十分取り組んでいない」と指摘しました。

 

実際、アフリカではインフラの不足によって供給されたワクチンを接種しきれず、廃棄されるケースが報告されています。ワクチンの製造には高度な技術が必要で、知財の開放が製造の拡大につながるかは不透明です。

 

製薬業界は、今回の合意が将来に禍根を残すことを懸念しています。IFPMAなどは「パンデミックの間に前例のない数のパートナーシップ、自主的なライセンス、知識の共有を促してきた枠組みを解体することは、将来に(マイナスの)波及効果をもたらす」と指摘。「イノベーションと世界的な健康安全保障に深刻な影響を及ぼす可能性がある」(製薬協)と危惧しています。

 

研究開発の成果である知財への権利が保護されてこそ、製薬企業はイノベーションの創出に多くの資金と労力を投じることができます。特許の放棄を迫られることがわかっていたとしたら、果たしてパンデミックの発生からわずか1年足らずというスピードでワクチンを実用化することは可能だったのでしょうか。ワクチン・治療薬開発の多くの部分を民間の製薬企業やバイオベンチャーが担っている以上、研究開発のインセンティブを奪うことは、いつ起こるか分からない次のパンデミックを考えたときに悪手に思えてなりません。

 

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