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「日本の社会課題に解決策を」ノバルティス元社長が志向するパーパス・ドリブンな事業展開 アキュリスファーマ・綱場一成社長|ベンチャー巡訪記

更新日

亀田真由

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

綱場一成(つなば・かずなり)1994年東京大経済学部卒。総合商社勤務を経て米イーライリリーに入社。香港法人社長や日本法人糖尿病事業本部長、米本社グローバルマーケティングリーダーなどを歴任したあと、17年4月にノバルティスファーマ社長に就任。20年10月に退任後、翌年1月に独立系ベンチャーキャピタルのキャリタスパシフィックとともにアキュリスファーマを設立した。MBA。

 

海外の既承認薬で日本の課題解決に挑む

――今年10月、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが主導するシリーズAラウンドで総額68億円を調達するとともに、仏Bioprojet Pharmaから睡眠障害治療薬のヒスタミンH3受容体拮抗薬/逆作動薬pitolisantを導入したと発表しました。アキュリスファーマの設立は今年1月ですが、創業の経緯を教えてください。

起業に至った理由はニつあります。一つは、コロナ禍で思うことがあったからです。私は2017年から3年半、ノバルティスファーマの社長として、「ゾルゲンスマ」や「キムリア」といった革新的な医薬品を患者さんに届けてきました。そのことに使命感はありましたが、パイプラインすべてが日本の抱える課題に真っ向から解決策を提示しているかというとそうではなかった。コロナ禍で自分を見つめ直す中で、「われわれ医薬品メーカーは、この国の課題に解決策を提示できているのか」とすごく疑問を感じるようになったんです。

 

もう一つは個人的なことです。小学生のころ、リクルートの創業者である江副浩正さんに憧れていました。彼には功罪両面ありますが、当時「ゼロから新しいビジネスモデルを創出して社会に貢献する」という彼の姿に憧れたからこそ、いまの私のキャリアがあります。大学で経済学部を選んだのもそうですし、医薬品業界に入ったのも、起業するなら営業、マーケティング、ファイナンス…と順番にスキルセットを身につけていく必要があると考えていた時、たまたま営業をやらせてくれたのが米イーライリリーだったからなんです。そこから医薬品ビジネスそのものに興味を持ち、この業界でずっとやってきました。

 

私は今年50歳になりましたが、「一度しかない人生。このタイミングで(起業に)挑戦してみたい」と考えたのが起業の直接的なきっかけです。

 

睡眠障害 15兆円の経済損失

起業を決意し、「じゃあ何をやるか」と考えている中で出会ったのが、ヘルスケアベンチャーキャピタルのキャタリスパシフィックでした。私は医薬品開発のことはわかりますが、やはり「カネ」の部分はベンチャーキャピタルや銀行に一日の長がある。彼らとわれわれの考えていたビジネスモデルが全く同じかというとそうではありませんでしたが、「日本の社会課題を解決したい」という根っこの部分は同じだった。これに正面から取り組むためにできたのがアキュリスファーマです。

 

たとえば、睡眠障害による経済損失は日本だけで15兆円以上に上るとの調査があります。これは日本のGDPの約3%に相当し、その割合は欧米諸国より大きい。われわれは、こうした社会的、経済的な問題から逆算して、日本で開発すべき医薬品を探しています。

 

ゼロベースで開発できればいいのですが、それだと1剤つくるのに膨大な時間と費用がかかり、現実的ではありません。だから、われわれはパーパス・ドリブンで考え、海外の既承認薬を日本に導入する「タイムマシンストラテジー」をとっています。まずはpitolisantなど欧米で承認済みの薬剤を導入し、数年以内に損益分岐点に持っていく。もちろん、海外の既承認薬が日本の抱える課題の最適解になるとは限りませんから、そうなったら自社で研究開発を行っていきます。

 

こうした社会問題ありきのスタンスと志に賛同した方が社員として集まってくれています。個人的には、医薬品ビジネスに携わる多くの方に、アキュリスファーマを含むベンチャーに興味を持ってもらいたいと思っています。製薬企業は業務が細かく別れているので、スペシャリストになれる環境ではありますが、わりとサイロになってしまっている。一方で、ベンチャーは一人ひとりが横に全体像を見て、いろんな業務を担当することになる。そうした仕事に喜びを感じる人は、製薬企業にも多くいるんじゃないかと思っています。

 

開発から販売まで自社で

――pitolisantの開発計画について教えてください。

pitolisantは、欧米で数年前にナルコレプシーなどの治療薬として承認されています。日本でも、日中の過度の眠気が問題となる睡眠障害関連疾患を対象に開発を進めていく予定です。データブリッジングの活用も検討しています。

 

現時点で開発スケジュールや承認時期をお伝えすることはできません。われわれの研究開発チームには、ノバルティスファーマでニューロサイエンスを長くやってきた人間が集まっています。ノバルティスは過去10年弱、日本で最も多く治験を実施し、承認を取得してきた企業ですので、その経験をもとに、通常は5~6年かかる開発を半分くらいのスピードでやっていきたいと思っています。

 

――販売まで自社で行う考えですか。

そうです。販売や流通を担当することが開発に生きると考えています。臨床現場で得られた知見を開発の早期段階にフィードバックできれば、適応拡大や製剤の変更・改良などを通じて患者さんのニーズを満たしていけるような組織に近付いていけると思っています。製品発売前の疾患啓発活動からライフサイクルマネジメントまで、コマーシャライゼーションの戦略をしっかり組めるスキルセットも持っています。

 

海外には非常に多くのバイオテックが林立しています。欧米で製品を販売する彼らが、日本での承認取得を考えたとき、承認後までフォローできる国内プレイヤーはあまりいません。

 

内資の大手企業にとっては、市場から海外比率の向上を求められる中、日本やアジアの一部だけのライセンスに旨味は少ない。一方、中堅以下の企業は、度重なる薬価引き下げで財務面が厳しく、「承認後のコ・プロモーションは可能だが、開発までは厳しい」という企業が多い。だからこそ、われわれのような会社が求められると思いますし、実際、海外バイオテックからの引き合いを通じてニーズを肌で感じています。薬価の予見性や人口減で相対的な魅力は減っていますが、それでもまだ日本の市場は魅力的なんです。

 

――今後はどういった製品を導入する予定ですか。

何でもやるわけというわけではなく、リーンな組織で社会課題に貢献できる疾患に取り組みます。アンメットニーズの大きさも重要な判断指標です。注力する神経・精神疾患領域の難治性疾患が対象になると思います。

 

 

睡眠障害のプラットフォーム企業に

――医薬品以外の周辺ソリューションも手掛けるそうですね。

はい。多くの製薬各社と同じように、われわれも「beyond the pill」を掲げています。考えていること自体に他社と大きな違いはないと思いますが、既存のビジネスモデルが強固な他社と異なり、われわれはゼロから始める分、新たなビジネスモデルに挑戦しやすいと思っています。

 

たとえば、pitolisantにはまだ市場がほとんどありません。市場をつくるには、潜在的な患者さんを掘り起こす、つまり気付いてもらう必要があります。ここで重要となるのは、診断率、治療率、スクリーニング。われわれは(確立されたモデルを)持たざるものとして、薬を届けるためのベストなソリューションを考えることができる。複数のオムニチャネルを使っていまの時代にベストな医薬品メーカーのプロトタイプを作れるんじゃないかと思っています。いわば、しがらみを全部なくしてベストな会社をつくるという、壮大な社会実験です。

 

――どのように周辺ソリューションを固めていきますか。

睡眠障害のスクリーニングで言えば、70~80%の精度で患者さんの掘り起こしをするなら、AI(人工知能)技術や脳波の測定が使えると思っています。われわれはデジタルのノウハウを持っていないので、具体的にはそういった会社と話をして決めていきます。

 

ときどき「治療用アプリをつくるのか」と聞かれますが、少なくともわれわれが人を雇って自社でやることはないでしょう。けれど、ほかの企業との協働でならあり得る。われわれは睡眠障害のプラットフォーム企業を目指しています。睡眠ビジネスを手がける複数の企業と組み、15兆円の社会損失を3兆円減らすことが目標です。

 

ソフトバンク・ビジョン・ファンドと組んでいるのも、彼らが国内外のAI・デジタル技術に関するネットワークを持っていたから。われわれにとってなくてはならないパートナーです。同様に、国内のDeepTechに精通しているANRIにも入ってもらっている。彼らの力を借りてデジタルの分野を開拓していくつもりです。

 

――「ソフトバンク・ビジョン・ファンドが初めて投資した日本企業」としても話題になりました。

上から目線に聞こえたら恐縮ですが、今回投資していただいた6社はわれわれが厳選しました。海外からは、スイスのHBM Healthcare Investmentsと米国のGlobal Founders Capitalに入ってもらっています。海外バイオテックのオペレーションに理解があるHBMには、そういった視点からのアドバイスを求めますし、GFCにはグローバル企業となるための体制づくりについて助言をもらっています。国内からは三井住友トラスト・インベストメントにも参画してもらっている。こうした体制にしたのは、いまの株式市場に一石を投じたい気持ちがあったからなんです。

 

――一石投じたい?

今回アキュリスに投資してくれた6社は、われわれのチームとモノを評価してくれています。ただ、海外の投資家と議論すると、「日本の市場がわからない」という声が出てくる。この言葉には複数の意味がありますが、その中心はIPO(新規上場)の段階が株価のピークになってしまっていること。これには、市場に個人投資家が多いという構造的な背景があります。われわれも、個人投資家にはもちろん入ってもらいたいですが、資金調達の中心は機関投資家だと考えています。上場後も、機関投資家を中心とすることで成長を維持したいと考えています。仮に上場しないとしても、それは同じです。

 

そうした意味で「資金調達のための上場」はありません。会社を成長させるためにベストな資金の使い方がはっきりした段階でなら、上場もあり得ます。われわれは、会社が独り立ちするまで支えてくれる機関投資家を中心にフォーメーションを組んでいますし、上場のための上場はしない、という考えです。

 

――グローバル展開はどう考えていますか。

まずはアジアで基盤を築きたいと考えています。日本で承認されれば、一部の申請データが不要となるケースもありますので、新薬を導入する時は常にアジアでの権利を視野に入れています。

 

――今後の展望は。

少なくとも、今後3~4年は海外の既承認薬を導入するタイムマシンストラテジーでやっていきます。自社での研究開発が必要になれば、ある程度の規模感を持った会社に変わっていくはず。将来的には「日本の神経・精神疾患領域のリーディングカンパニーといえばアキュリス」というところまで持っていきたいです。

 

(聞き手・亀田真由)

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