厚生労働省の有識者検討会で、薬価制度や医薬品流通のあり方が議論されています。その中でポイントの1つとなっているのが「薬価差」。かつては1兆円を超える莫大な薬価差をめぐって関係者の綱引きもありましたが、現在は何が問題になっているのでしょうか。現状を整理しました。
古くて新しい問題
薬価差は古くて新しい問題です。その存在をどう位置付けるかについては以前から議論がありました。例えば今から30年以上前の1990年には、日本製薬工業協会(製薬協)が主催するシンポジウムが開かれ、医療関係者と保険者、そして製薬業界が意見をぶつけ合いました。そのシンポジウムのテーマは「1兆3000億円はなにか―薬価差問題の解消をめざして―」。当時は、薬価と市場実勢価格の差(乖離率=薬価差)が20%を超え、流通安定化のための調整幅(当時は「一定価格幅=R幅」と呼んでいました)が15%に設定されていたような時代でした。
1兆3000億円という巨額な薬価差は当時、国会でも取り上げられ、極めてセンセーショナルに報じられました。「過剰処方につながる」との批判もあり、旧厚生省は96年4月、保険局長を本部長として関係部署の幹部で構成する「薬価差問題プロジェクトチーム」を設置。同年6月には、R幅のさらなる縮小などを盛り込んだ報告書をまとめました。
その後、R幅は段階的に縮小され、医薬分業が進んだこともあって薬価差は徐々に小さくなっていきました。近年は乖離率が8%前後で推移しており、計算上は8000億円ほどになるでしょうか。厚労省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」のこれまでの議論では、これがどういう施設にどの程度配分されているのかを明らかにすること、さらにはこれが「誰のものであるのか」を整理することが、薬価・流通問題の改善に向けた議論の前提だという認識でおおむね一致しています。
10月12日に開かれた有識者検討会の第4回の会合では、厚労省から関連資料が提出され、ここから薬価差問題の「今」を読み取ることができます。
そもそも薬価差はなぜ発生するのでしょうか。厚労省は資料で、その要因を(1)市場原理(2)市場流通のゆがみ――に大別しています。(1)は市場での自由な取り引きによって必然的に生じるものを指しており、同種同薬効の多い領域では製薬企業間・医薬品卸間で競争が起こりやすいこと、取引量が多いとスケールメリットが働きやすいこと、配送先が集約されている都市部のほうが配送コストが小さく値引きしやすいこと、が挙げられます。
配送にかかる販売管理費(人件費、輸送費、車両費など)は、都道府県によって開きがあります。全国平均は売り上げの3.8%ですが、最も高い長崎県(5.3%)と最も低い愛知県(3.0%)の間には1.7倍の差があります。実態としてはコストの多寡がすべて納入価に反映されるわけではありませんが、薬価差が発生する要因の1つになっているのは事実です。
市場流通のゆがみ
(2)の市場流通のゆがみは、医薬品卸と医療機関・薬局の価格交渉を指しています。いわゆるバイイング・パワーによって起こるもので、一部では「買いたたき」との批判もあります。ただし、薬価差は医療機関・薬局の経営の原資となっており、交渉で価格を下げて利益を確保しようとする姿勢は経営努力として全否定することはできません。
薬価差は納入先の種類や規模によって違いがあります。医療用医薬品の納入先は、医薬品分業の進展に伴ってその中心が病院・診療所から保険薬局へとシフトしています。30年前の1992年は病院・診療所が全体の94.8%を占めていたのに対し、直近(2018年)では48.3%に低下。この間、薬局は5.2%から51.8%に拡大しました。
両者の薬価差には大きな隔たりがあります。200床未満の病院・診療所の乖離率を100とした場合、200床以上の病院は122。一方、薬局は小規模チェーンや個店でも137となり、20店舗以上の大型チェーンでは187に達します。仮に200床未満の病院・診療所の薬価差を6%とした場合、大型チェーン薬局では11%を超えるレベルです。
医薬品のカテゴリ別にみると、薬価差の違いはより顕著です。製薬各社が戦略品と位置付けることも多い新薬創出加算品の乖離率を100とすると、21年度は特許品・その他が146、長期収載品が232で、後発品は308に及びました。医薬品卸と医療機関・薬局との価格交渉には、単品ごとに価格を決めない「総価取引」がいまだに残っています。総価取引では、「ひと山いくら」で決まった値引き率を単価に落とし込む際、新薬創出加算品の価格を維持するかわりに後発品の値引きを大きくして調整するケースが散見されます。後発品は調整弁のような役割を担わされていて、結果として乖離がほかのカテゴリより大きくなっている面があります。
冒頭で紹介した「1兆3000億円の薬価差」をめぐるシンポジウムは翌1991年にも開催され、2回にわたる議論では、流通慣行の是正などを通じて過度な差益と価格のばらつきを改善することや、薬価差に頼らなくても経営が成り立つ適正な診療報酬評価の必要性が指摘されました。当時ほど薬価差がなくなる中、有識者検討会は「薬価差益がどのように配分されているのか」「どの程度が医療機関や薬局の経営原資となっているのか」を明らかにした上で、薬価差やそれを前提とした薬価改定のあり方について議論を進めていく方針です。
薬価差の配分や使われ方をつまびらかにするのは難しそうですが、公定価格と自由経済市場の間で必然的に発生する薬価差について関係者が共通の認識を持つことは、薬価制度のあり方を考える上で重要なポイントになってきそうです。