(写真:ロイター)
スイス・ロシュグループが、日米のバイオベンチャーと相次いで提携し、CAR-T細胞療法の開発に参入しました。CAR-Tの世界市場は2028年に約167億ドル(約2兆3380億円)に達すると予測されており、競争に拍車がかかりそうです。
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2つの候補品を獲得
細胞治療や遺伝子治療の研究開発を手掛ける米国のバイオベンチャー、ポセイダ・セラピューティクスは8月3日、スイス・ロシュと同種異系(他家)CAR-T細胞療法の開発・商業化で戦略的提携を結んだと発表しました。契約に基づき、ロシュはポセイダが開発する2つのCAR-T製品候補を導入するとともに、別の2つのCAR-T製品候補について導入のオプション権を獲得。ポセイダの基盤技術を活用し、これらに続く新たな開発品の創出にも協力して取り組みます。
今回の提携でロシュが導入したのは、多発性骨髄腫を対象に開発中の「P-BCMA-ALLO1」と、B細胞性悪性腫瘍を対象に開発中の「P-CD19CD20-ALLO1」。P-BCMA-ALLO1は現在、臨床第1相(P1)試験が進行中で、CD19とCD20を標的とした二重特性CAR-T細胞のP-CD19CD20-ALLO1は2023年に臨床試験を開始する予定です。これらの共同開発では、ポセイダがP1試験を行い、その後の後期臨床試験と商業化をロシュが担います。
自家CAR-Tの課題克服
ロシュは提携の対価として一時金1億1000万ドル(約154億円)を支払うほか、短期のマイルストンとして最大1億1000万ドルを支払う可能性があります。商業化後も含めるとマイルストンの総額は60億ドル(約8400億円)に達する可能性があり、これとは別にロシュは販売額に応じた2桁台前半までの段階的なロイヤリティを支払います。
CAR-T細胞療法はこれまでに世界で6製品が承認されていますが、いずれも患者自身のT細胞を使うもの(自家)で、製造コストが高いことや、投与までにある程度の時間を要することが課題となっています。今回、ロシュが獲得した他家CAR-T細胞は、作り置きができるため必要な時にすぐに使うことができる点や、大量生産が可能でコストを下げられる可能性がある点などがメリット。ポセイダ以外にも、iPS細胞を活用したものも含め、複数の企業が開発に乗り出しています。
市場は7年で11倍に
強みとする抗体医薬を中心に豊富な薬剤を取り揃え、がん領域で世界トップの売り上げを誇るロシュですが、これまでCAR-Tを含む細胞治療にはほとんど手を出してきませんでした。しかし、ここにきて取り組みに本腰を入れており、21年9月にはロシュグループの米ジェネンテックが英国と米国に本社を置くアダプティミューン・セラピューティクスとがん領域を対象とした同種異系細胞治療の開発・商業化で提携を結んでいます。
ポセイダとの提携に続いて、8月22日には、中外製薬が日本のバイオベンチャー、ノイルイミューン・バイオテックと同社のCAR-T技術に関するライセンス契約を締結したと発表。ノイルイミューンは固形がんにも効果を示すCAR-T細胞を作る「PRIME技術」を保有しており、中外は同技術の使用権と、同技術を使って創製したCAR-T細胞を開発・製造・販売する権利を獲得しました。中外は一時金と技術移転費用をノイルイミューンに支払うほか、開発・販売マイルストンとして最大で総額200億円を支払う可能性があります。
「コスト低減」「固形がん」に勝機
CAR-T細胞療法は、固形がんではまだ実用例がありません。局所に送り届けるのが難しいことなどがハードルとなっていますが、解決に向けた技術開発も進んでおり、日本企業ではノイルイミューンと組む武田薬品工業や、米バイオベンチャーと提携する小野薬品工業も開発に参入しています。
CAR-T細胞療法の市場は急速に拡大すると予測されています。英エバリュエートによると、21年に15億ドル(約2100億円)だったCAR-T細胞療法の世界市場は、28年に167億ドル(約2兆3380億円)と21年比で11倍になる見通し。コスト低減や固形がんへの展開によって市場は大きく拡大しますが、ロシュグループをはじめここに勝機を見出そうとする企業は多く、競争も激しさを増しそうです。