8月31日、厚生労働省が新たに立ち上げた「医薬品の迅速かつ安定的な供給のための流通・薬価制度に関する有識者検討会」の初会合が開かれました。ドラッグ・ラグへの懸念や医薬品の品質問題・供給問題などを受け、流通や薬価制度のあり方について検討することを目的に設置された会議で、初会合では3時間にわたって有識者8人がそれぞれの問題意識を披露しました。
業界注目の検討会の初会合で、有識者らは何を語ったのか。▽日本の医薬品市場▽薬価制度全般▽イノベーション評価▽日本企業の競争力強化▽後発医薬品▽医薬品流通――の6つのテーマに分け、発言をまとめました。
日本の医薬品市場について
小黒一正・法政大経済学部教授:日本の市場の魅力を高めることがドラッグ・ラグの回避につながる。欧米先進国と比べると、日本市場だけがマイナスもしくは横ばいの成長となっており、相対的に地盤沈下している。革新的新薬の開発に対する投資を促すためにも、薬剤費の総額は少なくとも経済成長率を上回る伸びを確保すべきだ。
香取照幸・上智大総合人間学部社会福祉学科教授: 日本の市場環境が悪いと、国内で研究開発投資を行おうという意欲は当然低下する。値決めが厳しければ、メーカー側からすれば最初に日本で上市することに何のメリットもないし、十分な市場環境が整っていないのであれば日本では上市しないということになる。21世紀の新しいドラッグ・ラグが無視できない形で起こっており、皆保険制度があるにもかかわらず革新的新薬・革新的医療が日本国内で受けられないという事態が生じることになる。ルール変更に透明性がないことも問題だ。それによって予見可能性が阻害されている。
菅原琢磨・法政大経済学部教授:私自身、ここのところ多くの日本の製薬企業の方々にヒアリングしているが、残念ながら国内メーカーのトップが「日本で出しても薬価がつかないので、日本では最初に出さない」と断言するくらい深刻な状況だ。世界売上高上位300品目のうち17.7%が日本で使えないという状況は深刻に受け止めなければならない。保険財政は国内問題だが、薬は基本的にグローバルマーケット。いい薬を日本に持ってくるためには日本の市場を魅力的にしなければならない。先進国に肩を並べるような薬価算定の方法を考えるべきだ。
成川衛・北里大薬学部教授:承認された新薬が公的医療保険で使えるというアクセス環境の面では、日本はOECD(経済開発協力機構)加盟国の中でも抜群の位置付けにある。一方、日本の薬価制度は特例ルールが増えて相当複雑になっている。海外の新興バイオ企業からすると、そうした複雑なルールをレクチャーしてくれる人が身近にいないので、日本への投資を検討するときの材料がない。市場がシュリンクしているというネガティブな印象ばかり持たれてしまっている可能性がある。
遠藤久夫・学習院大経済学部教授:薬価制度の改革が頻回でありかつ複雑化していることが、日本のマーケットの将来性を不確実にしている。全体として(薬価制度の)方向性がどうなっているのか、ブレーキとアクセルのどちらを踏んでいるのか、そのあたりが見えなくなってきている。
薬価制度全般について
小黒氏:インフレ圧力が高まる中、その影響に薬価制度はどう対応していくのか。消費税引き上げが行われれば薬価改定で調整するが、インフレのときには何も改定がなされない。物価が上昇する中、製薬以外の産業もどこかで相当コストを負担する形になっているが、似たような状況がいずれ製薬企業でももっと深刻な形で現れる可能性もある。
香取氏:医療用医薬品の市場構造、流通や価格形成の基本的な枠組みを決めているのは薬価制度そのもの。市場に歪みがあるとすれば、それは薬価改定方式に問題があるということだ。OECDの3年前のレポートでは、すべてのOECD諸国で今後15年間、医療費の伸びがGDPの成長を上回ると書かれている。医療費の伸びを予算統制下に置いてGDPの伸びの範囲内に収めようとすることは、人口構造の変化や技術革新といった医療費が伸びる理由を否定するに等しいので、現実的には成功しないし、やろうとすれば相当無理なことをすることになる。薬価の世界で起こっていることは、そういうことなのではないか。
菅原氏:行き着くところまで行き着いて、もう絞るところがなくなってしまった。制度全体が疲弊を起こしている。
成川氏:市場での価格をベースとする薬価制度には一定の合理性があると理解している。新規有効成分として薬価収載された医薬品について、収載後初の薬価改定で乖離率がどれくらいあったかを分析してみると、類似薬効比較方式で算定された品目は原価計算方式のものより乖離しており、内服薬は注射剤より乖離していた。市場規模が大きいもの、競合品目が多いものも乖離が大きい。相応の市場原理が働いていると解釈することができ、新薬であっても価格でしか競争できないものは下がっても仕方ないのではないか。そうした意味で、類似薬効比較方式は合理的だと思う。原価計算方式の問題点が指摘される中、類似薬効比較方式の適用範囲を拡大することは検討の余地があるのではないか。
今後のことを考えると、条件付き早期承認制度などによって新薬の承認が前倒しされ、承認までにその価値を十分明らかにできないケースが増えてくると考える。市販後のエビデンスに基づき、市場での価値を再確認して薬価を引き上げたり引き下げたりすることを積極的にやる必要性が出てくるのではないか。
イノベーション評価について
小黒氏:最も重要な守るべき特許品の市場が、日本では2015年から20年にかけてシュリンクしている。ここは何か対処が必要ではないか。
菅原氏:大事なのは、新しく生まれてくるものをきちんと評価し、取り込んでいくこと。産業振興の意味合いもあるが、その先にいる国民に有効性の高い医薬品がきちんと届くことが何より大事だ。一方、現行の薬価制度に対する問題意識として、イノベーションの評価が薬価に十分反映されているのか、ということがある。日米欧で新薬の薬価を比較すると、日本の薬価は低い。イノベーティブな薬の値付けについてはきちんと議論すべきだ。日本の薬価制度は、画期性加算や有用性加算など海外から評価されている部分もあるし、新薬創出加算の導入は驚きを持って歓迎されたが、その後、どんどん縮小されて魅力的でないものになってしまった。結果として新薬開発は停滞し、パイプライン数では中国の後塵を拝することとなり、韓国にもキャッチアップされている。危機的な状況だ。
市場拡大再算定についても、イノベーションを評価するという趣旨に照らして正しいのかということは疑念を持たざるをえない。ただし、すべて廃止するのではなく、リースナブルなものはあってもいい。効能変化や用法用量変化は新しいマーケットを生み出して大きくなるので、再算定はあっていいのではないか。
日本企業の競争力強化について
香取氏:長期にわたって抑制政策を続けてきたことで、明らかに日本の医薬品産業の研究開発能力は低下している。日本の産業政策の中でそれなりの位置を占めるはずの高付加価値産業である医薬品産業の成長は損なわれているし、国際競争力も奪われ続けている。現実に新薬は出ていないし、ワクチンも作れていない。基礎的な技術がどんどん変わる中、立ち止まれば確実に遅れるという状況で競争が行われている。それをどれくらい意識して薬価政策が行われてきたか。
遠藤氏:イノベーティブな医薬品を迅速に日本で上市してもらう、いわゆるドラッグ・ラグの文脈で捉えられる話と、日本のメーカーの国際競争力を増強するという話が、どちらもイノベーションという言葉で一括りにされている。そこは分けて議論しないと、薬価制度で対応できることとできないことがある。新薬創出加算などの適用状況を見ると、外資系企業の方がイノベーション評価の恩恵を受けている。そうした薬価制度の下で日本企業の開発力強化を図ることは難しいのではないか。ベンチャー育成や産学共同、税制など、別の政策で対応すべきではないだろうか。
後発医薬品について
香取氏:生命関連物資である医薬品で安定供給に支障が出ているということ自体が、医薬品産業政策が十分機能していないことを意味しているのではないか。
坂巻弘之・神奈川県立保健福祉大大学院教授:特許切れ品市場には、非常に複雑な商取引の仕組みがある。買う側は購買力を増すために共同購入組織(機能)というものをつくっているし、企業側も大量購入先には価格を下げて買ってもらう。そういった行動の結果、後発品市場では薬価の下落が激しくなっているのではないか。現行の仕組みでは、どうしても薬価差が生まれてしまう。特に株式会社の薬局は薬価差益を強く求める行動に出るのではないか。メーカー側も価格を下げてシェア拡大を図ろうという行動をとっているのではないか。そうしたところに問題があると考えている。
オーソライズド・ジェネリック(AG)は、形を変えた先発医薬品メーカーの長期収載品依存体質だ。バイオ医薬品でもAGがいくつか承認されているが、市場形成に歪みをもたらす可能性があり、価格設定について議論する必要がある。
成川氏:供給不安問題は喫緊の課題だ。品質確保や安定供給のための体制・活動を下支えするような薬価上の工夫はできないか。ただ、一律に上乗せするようなことをやっても、それが品質や安定供給に回る保証はない。品質確保・安定供給の活動を誠実に行っている会社をどう評価していくか、考えていく必要がある。
三村優美子・青山学院大名誉教授:長期収載品も含め、供給の安定化・健全化のための総合的な施策が必要だ。特に後発品については、採算割れが放置されているのはあってはならないことで、合理的根拠で最低薬価を見直し、引き上げることが必要だ。膨張する品目数については、負荷軽減のために適正化していくという考え方を入れるべきだろう。
医薬品流通について
三浦俊彦・中央大商学部教授:流通問題の解消には、単品単価契約と年間契約が重要だ。しかし、小規模の医療機関や薬局では単品単価は無理だと感じている。価格交渉代行業者が良い面でも悪い面でもクローズアップされているが、単品単価を行う業者もある。小規模な医療機関・薬局については代行業者を利用することも検討することが必要だし、報酬とサンクション(制裁)の両面を制度として考える必要がある。年間契約については、薬価改定がない限り再交渉を認めないことを制度化するなどの方向性があっていい。
仕切価については、一般の商品のように出荷価格に変更することも可能性としてはあるのではないか。そこに卸が流通コストや利益を上乗せして、それを納入価としていく、他業界と同じような形もあり得ると思っている。仕切価をやめない限り、一次売差マイナスは永遠に変わらない。仕切価をやめるのも1つの考え方としてあり得るし、川下の取引を単品単価にするためには川上の出荷価格を透明化することが必要だ。
三村氏:医薬品の流通と価格交渉は、公的な薬価をキャップとする中で行われている。公的医療保険に市場原理を組み込んだ「ハイブリッド方式」という日本独特の奇妙な方式がこれまではうまく機能してきた。ただ、中間年の薬価改定、あるいは連続的な薬価引き下げのもとで、価格交渉のひずみが堆積し、拡大してきたと感じている。先端的な医薬品、長期収載品、後発品、基礎的医薬品など、それぞれに合理的な取引形態があるものが1つの薬価制度の下で混在していることもひずみを生んできたし、特に後発品の使用推進はそれを拡大させた。全体的な薬価引き下げ圧力の中で、メーカーも卸も体力の限界まできており、それが流通問題にも反映されている。
市場特性や流通特性の違いを前提として、薬価制度上でたとえば後発品、非特許薬、特許薬といった形で取り扱いを分離していくことが必要ではないか。区分する中で価格交渉が透明化していく可能性があるし、何より交渉の負荷を下げていくことが必要だ。価格交渉代行業者の介在についてはあまり適切ではないと思うが、その前提として透明性向上と負荷軽減のための措置が必要だ。
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検討会では今後、業界の意見なども聞きながら課題の洗い出しと改善策の検討を進め、来年3月をめどに提言をまとめる予定です。