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AI創薬について現場の研究者が思うこと|コラム:現場的にどうでしょう

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バズワードとなって久しい「AI創薬」ですが、ここ数年で大きな変化が起こってきているように感じます。アカデミアやベンチャーによる技術開発が進み、国内外の複数の製薬企業とアカデミアが連携して大規模なコンソーシアムも立ち上がりました。論文や学会での発表を通じて多くの情報が共有され、AIでできること・できないことが明確になってきました。そうした中で、創薬の現場で働く研究者の意識も大きく変化してきたように思います。

 

AIは魔法の杖?

5年ほど前、少なくとも私の周りでは、AI創薬は「魔法の杖」のように捉えられていました。彼ら・彼女ら曰く、
「薬として最適な化合物を自動で設計して選び出してくれるらしい」
「人間は何も考えず、合成を外注するだけでよくなるらしい」
「システムを導入するだけで創薬にかかる時間が数分の一に短縮されるらしい」
「研究者の仕事がAIに奪われてしまうらしい」
などなど、今では笑えるような話ですが、当時は本当に信じている人が少なからずいたのです。そんな状況でしたから、AIというバズワードに踊らされ、謎の会社と何度も接触して(させられて)時間やお金をムダにした人(企業)もいるかもしれません。

 

AI創薬の成果の1つとして、2020年に英エクセンティアと住友ファーマがAIを使って創製した化合物が臨床試験に進んだことが話題となりました。当時、私もその圧倒的なスピード感に驚いたのを記憶しています。

 

リンク先の記事からも読み取れますが、AI創薬とは「人間が設定した目標を達成するために、人間が方向性を定め、蓄積した膨大なデータをコンピューターで解析し、その結果をいち早く次の打ち手に反映し、創薬研究全体の工程を効率化する」ことにほかなりません。すべてを自動で行ってくれるわけではなく、人間の意思決定を補助するための(使い方によっては効果的な)ツールという認識が正しいのではないでしょうか。

 

つまるところAI創薬とは、データを積み重ねて目的に合った化合物を見つけてくるという従来の創薬研究を理論的に効率化したものであり、ゼロからいきなり答えを出してくれる「打ち出の小槌」のような技術ではなかったということです。

 

このあたりから、創薬の現場では大きな決断を求められる時期に入りました(あるいは、今まさに決断を迫られているという現場もあるかもしれません)。

 

その決断とは大きく分けて2つ。1つは、膨大なデータ収集を可能にするデータ管理手法の整備とハードウェアの導入、もう1つは、データを収集するための業務体系や評価体系の整備です。

 

現場は苦しい

1つ目については、社内に散在するデータを集約する一元的なデータベースの構築や、使えるデータを増やすためのインフラがある程度整備されてきたように感じます。一方、2つ目については、私個人の感覚としてはまだ道半ばです。

 

AI創薬を可能にする社内体制の構築には相当な検討が必要です。データの管理手法やハードウェアは年々進化していますし、複数の機器を組み合わせて自動化を加速したり、この分野に明るくないメンバーにとってもわかりやすいシステムを構築したりするには、かなりの労力を要します。AIを専門とする外部の会社と協業するにしても、実際の環境構築に携わるのは現場を知る研究者であるべきですし、とはいえ片手間でやるには重すぎる仕事です。手法や文化、メンバーの理解度は会社によって違うので、他社のやり方をコピーしてもうまくいくとは限りません。

 

加えて、多くの部署との連携が必要な仕事ですし、すぐに結果が出るようなものでもありません。それぞれの言い分が交錯する部署間の壁を乗り越え、何十、何百というトライ&エラーを経て、ようやく自社にとって意味のあるものが出来上がるのです。

 

その間、目に見えるような効果(構造の最適化にかかる時間を○%減らすことができました!など)はほとんど出ないでしょう。本業との兼任で満足な時間も取れない中で結果が出ず、結果が出ないために使える時間や予算が削られ、挙げ句に評価まで下がる。そんな負のスパイラルに苦しんでいる研究者もいるのではないでしょうか。私も苦しい経験をしたことがあります。

 

AI創薬の環境を構築したり、研究現場でDXを進めたりする活動は、思った以上に大変です。マネジメント層の方々には、片手間でやらせないようお願いしたいですし、担当者がやる気を失う前に業務の割り振りや評価のあり方を再考されることをお勧めします。可能であれば、創薬プロジェクトと連携しつつ独立したチームをつくり、メンバーは専任、評価は一定以上が保証されるような体制が望ましいと感じています。独立したAI創薬の検討チームをつくった具体例としては、第一三共の報告なども参考になると思います。アクセスできる方は読んでみてください。

 

もしも、業務の割り振りや評価をうまくマネージできず、担当者に苦しい環境を強いるなら、きっと良いAI創薬環境はつくれません。お金と時間だけでなく、メンバーのやる気まで失って、使い道のよくわからない微妙なツールが誕生して終わります(しかもそのツールは使われない)。

 

環境が構築できたとしても

こうした課題を乗り越えて素晴らしいシステムを構築できたとしても、現場の研究者に使ってもらえなければ意味がありません。ポイントはいくつかありますが、AI創薬やDXを仕掛ける側が気を付けないといけないポイントは、

・特別な勉強をしなくても最低限の機能を使えるハードルの低さ

・研究者の業務にとって具体的なメリットがあること

の2点だと思っています。

 

ただでさえ人は、自分の慣れ親しんだ環境が変化することを嫌います。新しい環境に順応するために何か特別なことをしなければならないとすると、その心理的なハードルは高くなります。「このシステムを使うからPythonを勉強してください」なんて言われたら、一部の興味がある人以外は誰も見向きはしないでしょう。「使いたい項目を選んでOKボタンをクリックするだけ!」くらい簡単なシステムでないと、浸透させるのはなかなか難しいのです。

 

そして、どんなに高性能・高機能なシステムでも、自社のユーザーにとって意味がないシステムはムダです。昨今、ベンチャー企業を中心にいろんな企業がいろんなシステムを開発しており、そうしたものを導入する製薬企業も多いと思いますが、その際、現場の実情をよく理解した人が自社に合ったものを作り上げることが重要です。

 

そして、何より大切なのが、目に見える効果です。たとえば「今まで2時間かかっていた業務が3回のクリックで終わった」となれば、多くの人が使いたがるでしょう。私の経験上、使っている人が全体の3~4割を超えてくると「使った方が便利なのになぜ使わないんですか?」という雰囲気が作りやすくなり、あっという間にユーザーが増えます。

 

マインドを変えられるか

AI創薬やDXが目指すのは、簡単に言うと「効率的に回るよう個人の業務スタイルを変えること」です。AIの予測を受け入れて優先順位が低いと判断されたものを却下できるか、今までやっていなかったデータの収集ができるか、AIが提示してきたことの意味を理解して次に何をすべきか考えることができるか…など、業務を行う上でのマインドセットを変える必要があります。

 

やり方を変えるとなると、現場からは不満が出ます。新しい方法に慣れるまでは効率が落ちることがあるかもしれませんが、そこはぐっとこらえてしかるべき立場の人がフォローする必要があります。

 

AI創薬や研究のDXには、研究現場での知識・経験が欠かせません。なので、現場の研究者におっては、現場での経験を生かした新しい働き方が可能になるチャンスと捉えることもできます。ドライとウェットの架け橋になれるような人材はまだまだ希少です。新しいキャリアのモデルケースをつくる意味でも、こうした人材は積極的に育成していったほうがいいんじゃないかと思っています。

 

 

いろいろと書いてきましたが、AI創薬がようやく地に足の着いたものとして認知され、国内の製薬企業からも具体的な活動内容が報告されるようになってきました。新しいチームや組織を立ち上げ、現場の研究者と二人三脚で取り組みを進めているという話を耳にすることも、ここ数年で増えています。

 

こうした動きは素晴らしいことだと思いますし、創薬研究の可能性が広がっている証拠だと感じています。創薬の質やスピードを上げるための取り組みがどんどん進んでいくといいですね。

 

AI創薬は何でもできる魔法の杖ではありません。しかし、従来型の創薬研究をブラッシュアップできる非常に有用なツールです。バズワードに踊らされず、各社にとって意味のある活動が展開されることを願っていますし、私もその一員でありたいと思っています。

 

ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Twitterやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。
Twitter:@chemordie
ブログ:http://chemdie.net/

 

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