HIVに対する世界初の長時間作用型治療レジメンが日本でも承認されました。ヴィーブヘルスケアの「ボカブリア」とヤンセンファーマの「リカムビス」を併用する治療で、1カ月に1回または2カ月に1回の注射でウイルスの抑制を維持することができるようになりました。患者の物理的・心理的負担の軽減が見込まれ、専門家も「新しい治療の時代が来る」と期待を寄せています。
1~2カ月ごとの注射で治療が可能に
5月31日、HIVに対する初の長時間作用型の治療レジメンとなるインテグラーゼ阻害薬「ボカブリア水懸筋注」(一般名・カボテグラビル)と非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬「リカムビス水懸筋注」(リルピビリン)が承認されました。
従来の抗HIV薬は毎日服薬する必要がありましたが、ボカブリアとリカムビスの併用レジメンは1カ月に1回または2カ月に1回の投与でウイルスの抑制を維持することが可能になります。対象となるのは、▽ウイルス学的失敗(基準以下までウイルス複製を抑制できない、あるいは基準以下のレベルを維持できない)がない▽切り替えの6カ月以上前からウイルス学的抑制が得られている▽カボテグラビルとリルピビリンに対する耐性関連変異がない――の条件を満たす既治療の患者。切り替え前には、両剤の経口薬(ボカブリア錠とリカムビス錠)を1カ月投与し、薬剤に対する忍容性を確認します。
HIVの治療は、複数の薬剤を組み合わせて使う抗レトロウイルス療法(ART)が基本。1990年代後半から広がったARTは従来、▽ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)2剤+インテグラーゼ阻害薬(INSTI)1剤▽NRTI2剤+プロテアーゼ阻害薬1剤(+リトナビル)▽NRTI2剤+非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)1剤――の組み合わせが基本とされてきました。
その後、副作用の軽減や利便性の向上を目指して2剤のみで治療可能な併用療法が開発され、最新の抗HIV治療ガイドライン(2022年3月)では、INSTIドルテグラビルとNRTIラミブジンの2剤併用療法(ヴィーブヘルスケアの「ドウベイト配合錠」)が初期治療として選択すべき抗HIV薬の組み合わせの1つに位置付けられています。
毎日の服薬、精神的負担に
3剤以上の併用療法も、配合剤の登場によって多くの場合は1日1回1錠の服用で済むようになりました。薬剤の進歩によってHIV感染者の予後は劇的に改善し、服薬の利便性も向上してきましたが、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターの岡慎一センター長は、そうした中で重要性を増しているのが、感染者のメンタルヘルスだと指摘します。
ヴィーブが6月13日に開いたメディア向けのセミナーでの岡氏の講演によると、同センターに登録されたHIV感染者のうち2014~19年に死亡した105人の死亡原因を調べたところ、最も多かったのはメンタルヘルス関連(自死が疑われるものなど)で全体の約3割を占めました。HIV感染者に対する差別や偏見はいまだに残っており、岡氏は「患者に聞くと『毎日の服薬がボディブローのように効いてくるんだ』と言う。予後が改善し、治療が長期化することで、精神的な負荷が大きくなっている」と話します。
長時間レジメン、満足度高く
英ヴィーブが世界のHIV陽性者約2400人を対象に行った調査では、58%が「毎日の服薬によって自分がHIV陽性であることを思い出す」と答え、38%が「毎日の服薬によってHIV陽性者であることを他人に知られてしまうおそれがある」と回答。ウイルス量が抑制されている限り、毎日の服薬を必要としないことを望む陽性者は55%で、ボカブリア+リカムビスの長時間作用型レジメンの臨床試験でも、1日1回の経口薬に比べて長時間作用型レジメンの方が治療満足度は有意に高いとの結果が出ています。
長時間作用型の抗HIV薬としては、ボカブリア+リカムビスのほかに、米ギリアド・サイエンシズがカプシド阻害薬レナカパビルを開発中。ヴィーブは、皮下に多量の薬剤を注入できる技術を持つ米ハロザイムと提携し、投与間隔がさらに長い製剤の開発を目指しています。
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岡氏は「長時間作用型の治療によって、注射をする日以外はHIV感染のことを忘れることができる。長時間作用型はHIV治療のある一定の部分を占めるようになり、メンタルヘルスを重視した新しい治療の時代が来るだろう」と期待を寄せています。