転職などで会社を去った「人財」とつながりを持ち続け、機会があれば再び仲間として採用する、「アルムナイ制度」(アルムナイは「卒業生」「同窓生」の意味)への注目が高まっています。
製薬業界では、中外製薬が2020年5月に制度を導入。従来はライフイベントなどやむを得ない理由で退職した人を対象とした退職者再雇用登録制度を運用していましたが、これを刷新する形で運用を始めたといいます。導入から2年、見えてきたアルムナイ制度の効果と課題とは。同社人事部エンプロイーサポートグループで制度の運営を担当する山本秀一さん、黒丸修さん、山本由佳さんに話を聞きました。
「つながり」と「再雇用」に期待するアルムナイ
――アルムナイ制度には現在どれくらいの元社員が登録していますか。
山本(由):制度開始から2年たった現在、約150人がアルムナイネットワークに登録しています。ライフイベントを理由に退職した人だけではなく、キャリアアップを目指して転職していった人、留学のために退職した人など、20代から50代までさまざまな人が登録しています。退職時に会社から制度を案内したり、社員から個人的につながりのある元社員に連絡してもらったりした結果、ここまで広がってきました。
――登録する元社員は何を期待しているのでしょうか。
黒丸:アルムナイネットワークができたことにより、最近の退職者は「つながり」を求めて登録することが多いと感じます。ほかのアルムナイがどんなキャリアパスを描いているのか興味があるみたいですね。
山本(由):キャリア採用のページを見て、再雇用を念頭に登録する人もいます。ただ、当社としては「異能人財」を獲得したいという考えがあり、再雇用もあくまで通常のキャリア採用の枠の中で行っています。アルムナイだからといって選考で優遇することはありませんので、思っていたより再雇用のハードルが高いと感じている人もいるようです。
――ハードルが高いというと。
山本(由):たとえば、退職時の職種が現在は募集されていないこともありますし、募集職種で当社が求めるレベル感とのギャップを感じている人もいます。登録しているアルムナイの中には、「場違いに感じてしまう」と話す人も。もともとあった退職者再雇用登録制度では、ライフイベントを理由にやむなく退職した人に契約社員としての再雇用を優先的に案内していた部分がありました。アルムナイ制度にもアルムナイのためだけの求人があるのではないかと思われ、そこにギャップを感じてしまうのだろうと思います。
山本(秀):だからといって、退職時の職種が募集されていないから再雇用のチャンスがゼロだということではありません。退職後、さらに専門性を高めたり、違う世界でスキルや知識を磨いたりして、当社が求める人財にマッチしていれば、当然チャンスはあります。ただし、そうした場合でも優先的に採用するわけではありません。キャリア採用に応募してきたほかの人と同じ土俵で勝負してもらいます。
受け入れ態勢に課題も
――これまでに4人の元社員をアルムナイ制度で再雇用したそうですね。
山本(由):はい。ライフイベントを理由に辞めた人や、キャリア形成のために転職した人などで、3人は退職前に所属していた部署、1人は退職後に経験してきた仕事に関連する部署に配属となりました。ただ、再雇用者の受け入れについては課題もあると感じています。
再雇用したアルムナイの中には、「部署が期待している即戦力」としてすぐに馴染んだ人がいた一方、本人の「外の世界で培った力を発揮したい」という気持ちと周囲のすり合わせを要したケースもあります。
キャリア採用で低くないハードルを越えて再び入社してくれる人というのは、ただ元の職場に戻ってきたいだけではないと思うんです。にもかかわらず、周りは「戻ってきたんだね」という感覚になってしまい、本人と温度差が生まれやすくなってしまいます。
山本(秀):もちろん、私たちも無策だったわけではなく、本人の意思を配属先の部署に伝えたり、フォローについて話し合ったりしました。ですが、退職前に出来上がっていた本人と職場の関係性を変えるのはなかなか難しい部分もあります。再雇用後も過去の延長線上にとどまらない工夫が必要です。
山本(由):外の世界で得た経験を生かして働くとはどういうことなのか。本人だけではなく、周りも意識的に考える必要があるのだと思います。何を期待して、どう活躍してほしいのか、受け入れ側も本気で考えなければなりません。
黒丸:ボタンの掛け違いが生まれないよう、私たちも入社前から受け入れ側に働きかける必要があるのではと感じています。多様な経験を積んだ人財を受け入れる環境をどう作っていくか。これはわれわれの大きな課題です。
――課題はありつつも、取り組み自体はさらに進めていく考えでしょうか。
山本(由):アルムナイにも再雇用を意識している人が多くいますし、異能人財を獲得したいという会社の方針は変わりません。受け入れ態勢を整えることはもちろん、もっとアルムナイとキャリア担当者が連絡を取りやすい環境を作っていくことも必要だと考えています。
中外製薬人事部エンプロイーサポートグループの(左から)山本秀一マネージャー、山本由佳さん、黒丸修さん
キャリア支援施策の1つとして活用
――もう1つ、アルムナイが制度に期待する「つながり」についてはどんな取り組みを行っていますか。
山本(秀):当社が導入しているハッカズーク社のアルムナイ向けクラウドサービスには、アルムナイ同士が連絡を取り合える機能があります。会社側からは、会社の今の状況やキャリア採用に関する情報を発信していますが、クラウドサービスの機能を使ってアルムナイ同士で積極的に情報交換しているメンバーもいます。オンラインでの交流イベントも何回か開催しました。ゆくゆくはリアルでできたらと思っています。
山本(由):イベントに参加したアルムナイがたまたま同じ会社に勤めていることを知り、それをきっかけに会社で一緒にサークル活動をしている、とか、ランチに行った、といった話も聞きました。当社とビジネスで関わっているアルムナイもいます。かつては、極端に言えば「会社を辞める=裏切り者」というようなイメージがあったと思いますが、そうした認識も変わってきていますね。
山本(秀):登録しているアルムナイは、再雇用を求めている人ばかりではありません。交流を持ちたい、情報を得たいというアルムナイもいますので、全体がゆるくつながれる温かいネットワークも作っていきたいです。アルムナイ制度には「つながりを広げていく仕組み」と「再雇用につなげる仕組み」の両方が必要になりますので、バランスを取って運用していく必要があると思っています。
――「辞めても仲間」という意識があるのですね。
山本(由):「恩返しがしたい」と言ってくれる人もいます。「退職したからこそ見える会社の良いところ・悪いところをアルムナイから吸い上げることで、いまの会社に役立つこともあるんじゃないか」「こうすれば退職率を下げることにつながるのでは」といった提案をいただくこともあります。ありがたいことですし、制度をつくって良かったと感じるところです。今後は、こういう形でもアルムナイを活用することもできるかもしれないと思っています。
山本(秀):アルムナイ制度を取り入れたのも、実はこうした気づきからなんです。私たちは普段キャリア相談員として働いていて、退職を考えている社員とも面談をするのですが、「自分のキャリアを考えたときに新しい環境に行きたいのであって、決して中外が嫌いで辞めるわけではない」と言う人が何人もいて、それが制度をつくるきっかけになりました。
黒丸:そう言ってもらえるのは、当社に人を育てるカルチャーがあるのが大きいと思います。アルムナイは新卒入社だった人ばかりではありませんが、「育ててもらった」とか「あのときの仲間との経験が生きている」という印象を持っている人が多いのかなと。
――そうしたカルチャーのもとにアルムナイ制度がある、と。
山本(秀):キャリアとは結局、自分自身で見つめ、考え、磨いていくものですよね。会社はそれを支援する立場です。当社では、アルムナイ制度を「リスキルプログラム」というキャリア支援施策の1つとして捉えています。
決して退職を推奨するわけではありませんが、会社ではどうしても得られないものを外で得て、また戻ってきてチャレンジしたいという姿勢は応援したい。そのためにも、外の世界でスキルを身につけた人をしっかりと受け入れられる会社にしていかなければならないと思っています。
黒丸:ネットワークの中で、辞めた会社への愛着、信頼関係、帰属意識を持ちながら、互いに応援し合い、スキルアップし、機会があれば協業する。これからは、そういうアルムナイというキャリアの築き方も大切になってくるのかなと思います。
そうした人財の循環やエコシステムのようなものが、これから日本でも大事になってくると思うんです。人を育てて社会に輩出して、またそれが新しいビジネスや価値を生む機会につながっていく。そうした大きなムーブメントになればいいなと思っています。
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