不妊治療を受けていることを職場で言いづらい・聞きづらい――。そんな状況を打破しようと、中外製薬の女性MR5人が、「チーム内に不妊治療を受けているメンバーがいると仮定して業務を分担できるか」検証する実験に取り組みました。
彼女たちが「生命関連企業だからこそ絶対に変えていきたい」との意気込みで行った取り組みは、営業女性(エイジョ)にとって働きやすい社会の実現を目指して2014年に発足した業種横断のプロジェクト「新世代エイジョカレッジ(エイカレ)」で2021年度の大賞に選ばれました。
2021年度は「サステナビリティ時代の営業モデル創出」をテーマに、製薬、食品、電気といった業界から13社12チームが参加。2月に行われた「エイカレサミット2021」では、事前選考を勝ち抜いた4チームが現場発の働き方改革案をプレゼンテーションしました。
不妊治療だけでない「悩みを言いやすい環境づくり」
「不妊治療の経験がある88人のうち、半数が会社で話していなかった」。エイカレサミットでプレゼンテーションした中外製薬のチームは、不妊治療をめぐる社内の環境についてこう切り込みました。同社は育児や介護など制度を充実させているものの、それでも不妊治療への理解は不十分だと感じていたといいます。
エイカレサミット2021でプレゼンテーションを行った中外製薬のチーム
彼女たちがチャレンジしたのは、不妊治療に限らず、さまざまな悩みを言いやすい職場環境づくり。結婚後にライフプランとキャリアについて上司と話す機会を設ける「ライフサポート検証」や、チーム内に不妊治療を受けるメンバーがいると仮定して業務を行う「不妊治療シミュレーション」、社内イントラでの疾患啓発などを通じて「属人化しない営業のあり方」を模索しました。
ライフサポート面談には5人の社員とその上司が、不妊治療シミュレーションには営業10チーム(あわせて女性20人、男性60人)が参加。シミュレーションでは、不妊治療経験者が感じた「治療スケジュールの変動が気になり、顧客へのアポイント打診を躊躇してしまう」という課題を、チームのサポートで解消できるか検証しました。「治療が重なったと仮定して前日に業務の代行を依頼する」というやり方で行われたシミュレーションは、2週間の期間中に生じた代行依頼をすべて、それぞれのチームでカバー。本来なら断念せざるを得なかった25件の営業活動を行うことができました。さらに、シミュレーションの前後で参加者の不妊治療に対する関心は52%上昇したといいます。
取り組みは、育児や介護、がん治療、子どもの不登校など、さまざまな場面に応用できる汎用性の高さが評価されました。ライフサポート面談に対しては「個人のキャリアに対する面談はどの企業も行っているが、上司が踏み込みにくいところを破壊した」との評価も。面談では、マニュアルを用意したことで不妊治療を打ち明けられたケースもあったといいます。彼女たちは、今回の取り組みを顧客にも発信し、女性医師のキャリア形成にも役立ててもらいたいと話しました。
顧客に選ばれるための「主体的な学び」へ…「同行」を変える
今年のエイカレサミットでは、最終選考に進んだ4チームのうち3チームが製薬企業。訪問規制や加速するDXで変革を求められたこの業界から、新しい営業のあり方に高い関心が寄せられました。大賞を受賞した中外のほかに、日本イーライリリーのチームが審査員特別賞に選ばれました。
「自律的・主体的な学び」を課題として設定し、部下は上司から教わるものという常識を壊そうと彼女たちが考案したのは、一般的に上司が行うとされる「営業同行」で、同行してほしい憧れの人(=チューター)を自分で選ぶシステムです。「顧客に選ばれるためには、上司に教わる受け身の学びだけではなく、自律的・主体的な学びが必要だ」との思いで生まれた提案は、「営業マネジメントのあり方を変えるかもしれない」との評価を受けました。
このシステムでは、自分(=チューティー)が伸ばしたいスキルに合わせて、担当エリア、年次などの垣根を超えてチューターを選ぶことができます。チューティー51人、チューター41人が集まった1カ月の実証実験では、「新人×ベテラン」「中堅×中堅」など、これまでになかった多様な組み合わせが実現しました。
チューターに求められるのは、面談前の打ち合わせと面談への同席、面談後のフィードバック。実際に面談を進めるのはチューティー自身ですが、チューターから適切なアドバイスが行われたことで顧客の満足度も高まり、実験前後で顧客に行動変容を起こした割合の上昇が確認できました。加えて、実験後のアンケートではチューターの多くが「他者の成長に興味が持てた」と回答。メンバーの育成はもちろん、将来のセールスリーダーの育成にもつながるとして、同社はすでに全社的な運用も視野に検討を始めています。
今後の運用に向けて課題となるのは、チューターとして指名をもらえなかったMRに対する指導など。エイカレサミットでは審査員からこの点を指摘する声もありましたが、「選ばれなかったことも1つの学びであり、考えるきっかけになる」のは確か。受賞時には「みんながフラットに学び合うことによって強いチームができてくる」と、チームメイクにつながる可能性が評価されました。
審査員特別賞を受賞したイーライリリーのチーム
顧客ニーズに合わせた「働く曜日を選べる仕組み」
最終選考に進んだもう1つの製薬会社、日本ベーリンガーインゲルハイム(NBI)のチームが目指したのは、顧客と従業員、双方のライフスタイルに寄り添う働き方。土曜日を含めて従業員自身が働く曜日を決める「セレクトワーキング」の実験を行いました。
「コロナ禍で医師の働き方も変わっていく中、(診療日でもある)土曜の面談や説明会を求める声が大きくなっている」。1カ月の実験に関わった医師206人のうち、子育て中の医師をはじめとして約3割から土曜の面談を希望する声がありました。土曜は競合他社の活動が少ないこともあり、新たな面談機会の創出にもつながったといいます。
実験では、「水曜日は子どもの学校行事があるので休日とし、土曜日に顧客と面談を行う」など、従業員自身が予定に応じて週ごとに5日の勤務日を設定。週休2日制を担保するためにあらかじめ1カ月の働き方を決めておいたことで、業務の効率化も進みました。通院や介護、キャリアアップに向けた資格取得など、個々の従業員の状況に合わせた活用も期待できる新しい働き方に、実験に参加した全国のMR132人の半数が「より長く働き続けられそうだ」と希望を持ったそう。
NBIのチームは、セレクトワーキングについて「労働日を減らさずに柔軟性を高められるのがメリット」と強調します。検討の過程では、塩野義製薬などが導入を決めた週休3日制も案に上がったといいますが、顧客にも寄り添うことを重視してセレクトワーキングというスタイルを提案した彼女たち。労務管理や社内コミュニケーションの維持など、一定のルール整備は必要となるものの、業界全体に広がればさらなる顧客満足度の向上につながると期待しました。
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