昨年、アルツハイマー病に対する世界初の疾患修飾薬として米国で承認を取得した抗アミロイドβ抗体「アデュヘルム」(一般名・アデュカヌマブ)。有効性への疑義から販売に苦戦し、日本や欧州では承認が見送られる中、米バイオジェンと同薬を共同開発したエーザイは、次なる新薬候補レカネマブに軸足を移しています。
INDEX
販売拡大 見通し立たず
エーザイとバイオジェンは3月15日、アルツハイマー病治療薬に関する提携を見直すと発表しました。アデュヘルムについては従来、共同で開発・販売を行い、かかる費用と得られる利益を両社で分配する契約でしたが、2023年1月以降は売り上げに応じたロイヤリティをエーザイが受け取る方式に変更。これに伴い、エーザイはアデュヘルムの開発や販売から手を引くことになります。
アデュヘルムは、アルツハイマー病の原因と考えられているタンパク質「アミロイドβ(Aβ)」を標的とする抗体医薬で、Aβを脳内から除去することによって認知機能の低下を抑えるとされます。昨年6月、アルツハイマー病に対する世界初の疾患修飾薬として米国で迅速承認を取得しましたが、2つの臨床第3相(P3)試験で異なる結果となった有効性には疑義があり、米FDA(食品医薬品局)の判断に先立って行われた諮問委員会では承認に否定的な見解が示されていました。バイオジェンは欧州と日本でも申請を行いましたが、いずれも昨年12月に承認が見送られています。
「これほど物議を醸すとは想像していなかった」
こうした経緯から同薬の販売は低調で、昨年12月までの売上高は300万ドル(約3.5億円)にとどまりました。バイオジェンは価格を半額に引き下げるなどして市場浸透を図っていますが、米国の公的医療保険はアデュヘルムの保険適用を臨床試験に参加した患者に限定する案を公表しており、販売拡大への見通しは立っていません。
「諮問委の反対の中で承認されたとしても、その後のアクセスに大きな影響が出るとは思っていなかったし、FDAが承認した薬剤を公的医療保険が厳しく使用を制限するということも想像していなかった。承認当時は、多くの患者や医療従事者の支持を得て市場浸透が図られていくと思っていて、これほど物議を醸す展開になるとは想像できなかった」
エーザイの内藤晴夫CEO(最高経営責任者)は3月16日の事業説明会でこう語りました。かつてピーク時売上高1兆円との呼び声もあったアデュヘルムですが、収益化への期待は急速にしぼんでいます。エーザイがバイオジェンから受け取るロイヤリティ率を決める年間売上高の基準が最高で「10億ドル」に設定されたことも期待の小ささを物語っています。
「レカネマブに集中」
こうした状況で、いやがおうにも期待が高まるのが、エーザイがバイオジェンと共同開発しているもう1つのアルツハイマー病治療薬レカネマブ(抗Aβプロトフィブリル抗体)です。提携見直しでアデュヘルムへの関与を弱めたのもレカネマブに注力するのが狙いで、内藤CEOは「エーザイはレカネマブに集中し、その価値最大化を図る」と強調しました。
レカネマブは現在、早期アルツハイマー病(軽度認知障害と軽度アルツハイマー病)を対象としたP3試験「Clarity AD」が進行中。昨年9月には米国の迅速承認制度に基づいてFDAへの段階的申請を開始し、日本でも今年3月、医薬品事前評価相談制度を活用した申請データの提出を開始しました。米国では2022年度初めの申請完了を予定しており、22年度中の迅速承認を期待。日本では今年秋に予定するClarity AD試験の主要評価データの取得を経て22年度中の申請を目指しています。
競合も開発進展
エーザイはレカネマブの開発を急ぐとともに、普及に向けた環境整備にも取り組む方針。内藤CEOは「(アデュヘルムから得られた)大きな教訓はデータの透明性とパブリケーション。データの透明性とそれがきちんと査読付きジャーナルでパブリッシュされていることは、医療機関が採用を決めたり価格の提案を行ったりする上で非常に重要なポイントだ」と話しました。
一方、競合の開発も進んでおり、米イーライリリーの抗Aβ抗体ドナネマブは昨年10月に米国で段階的申請を開始。スイス・ロシュの同ガンテネルマブも年内の申請を予定しています。
米公的医療保険の適用制限案は、アデュヘルムだけでなくAβを標的とした開発中のほかの薬剤も対象としており、これが正式に決定されればレカネマブの普及にも足かせとなる可能性があります。米公的医療保険の保険適用範囲は来月、最終決定が行われる予定です。
「1996年にアリセプトが米国で承認されて以来、エーザイは認知症薬物治療のパイオニアとして活動してきた自負がある。アデュヘルムの迅速承認によって、そこに新たな1ページが加わったことは間違いない。アリセプトからアデュヘルムに至る経験と知の全てをレカネマブに注ぎ込み、結集させていく」。内藤CEOは説明会でこう話しました。レカネマブで認知症治療の新たなページを開くことができるか。まずは今秋予定するP3試験データの発表が注目されます。