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「ドラッグロス」が起こらなければいいのだが…|コラム:現場的にどうでしょう

更新日

黒坂宗久

4月に行われる2022年度の薬価改定は、医療費ベースで1.35%の引き下げとなることが決まりました。同時に行われる薬価制度改革では、イノベーションを評価する方向で一部ルールの見直しが行われる一方、製造原価の開示度が低い新薬の加算係数をゼロにする(実質的に加算を適用しない)など厳しい内容も含まれています。

 

今回の薬価制度改革をめぐる議論の過程では、米国研究製薬工業協会(PhRMA)、欧州製薬団体連合会(EFPIA)、日本製薬工業協会(製薬協)が、そろってイノベーション評価の充実を訴えました。各団体の主張を端的にまとめると、日本は医薬品開発へのリスペクトを欠いている、ということになるのではないでしょうか。当然の話ですが、製薬企業は薬の研究開発に膨大なヒト・モノ・カネと時間を投じています。成功確率2~3万分の1という限りなく狭い門をくぐり抜けてようやく世に出る薬に対して、適切な対価がもたらされないならば、それは製薬企業のビジネスにとって大きな脅威となります。

 

日本市場は魅力的ではない

特に、国内外の製薬企業に悪い意味で衝撃を与えてしまったのが、2017年2月に「オプジーボ」の薬価が突如50%引き下げられた緊急改定です。当時、私は前職(Clarivate)にいたのですが、この決定については社内でもかなり議論になり、海外の同僚から「今回の改定はどういうロジックなのか」と詰められたのを記憶しています。海外にいる同僚だけでなく、日本にいる私にとっても「????」となる出来事でしたが、オプジーボはその後も繰り返し薬価の引き下げを受け、今では発売時からおよそ80%低くなっています。

 

こうしたこともあり、特に海外の製薬企業は日本の薬価制度とイノベーション評価の不十分さに強い不信感を持っているであろうことは想像に難くありません。欧米の業界団体は「現在の日本の医薬品市場は魅力的とは言い難い状況」(PhRMA)と言い、度重なる薬価制度の見直しや薬価引き下げが「日本市場への投資判断に影響を及ぼす」とのメッセージを発しています。今後、国際共同治験から日本が外されたり、日本で販売されない薬が出てきたり、日本法人の組織を縮小したりするなど、さまざまなことが起こりかねないと想像させる非常に重要な発言だと思っています。

 

さて、いろいろと煽るようなことを書いてきたものの、実害としてはまだ具体的に目に見える形では出てきていないと思われます。しかし、だからといって楽観視していていいのかというと、そんなはずはありません。何か影響が出ているところがないかと、弊社Evaluateのデータベースを使って国際共同治験の状況を調べてみました。日本で医薬品の承認を得るには基本的に日本国内で治験を行う必要があり、将来の新薬上市を占う先行指標になるのではないかと考えたからです。

 

【日米欧で開始された国際共同治験数の推移】(国際共同治験数/日本を含む治験の割合)2010:20/11:22/12:22/13:22/14:24/15:29/16:35/17:38/18/34/19:38/20:47/21:45/青:日米欧が含まれる国際共同治験数/薄い青:欧米が含まれる国際共同治験数/オレンジ:日本が含まれる国際共同治験の割合|※2010~21年に開始された臨床第3相実験(企業治験)のうち、米国と欧州の両方を含む試験を抽出し、その中で日本が含まれる試験の数と割合を調査。出所:Evaluate

 

上のチャートがその結果ですが、全体的に欧米を含む国際共同治験のうち日本が参加している試験の割合は2010年以降増加傾向にあり、一見すると異常はないように見えます。

 

ただし、ミクロで見てみると少し違った様子が見えてきます。18年は、日本を含む試験の割合が前年から4ポイント低下し、20年までの10年間で唯一の減少となっています。18年といえば、4月の薬価制度改革で新薬創出・適応外薬解消等促進加算の縮小やいわゆる「Z2」(長期収載品の段階的引き下げ)が導入された年であり、医療費ベースで1.65%という大幅なマイナス改定が行われた年でもあります。PhRMAとEFPIAは当時、「イノベーション推進国としての日本の世界的評価が危機に」「大いに失望し、今後を憂慮している」などと薬価制度の見直しを強く非難していました。

 

2021年が「終わりの始まり」にならないように

その上でもう一度チャートを見てみると、21年に日本を含む試験の割合が前年から2ポイント低下しているのを気分良く受け止めることはできません。21年からはいわゆる中間年改定がスタートし、薬価改定が毎年行われるようになっています。この減少が今後もトレンドとして続いていくのか注視していくことは、私たちにとって非常に大切なことだと感じています。

 

治験の減少で危惧されるのは「ドラッグラグ」の再燃ですが、近年、業界が発している強いメッセージを踏まえると、「ドラッグロス」といった事態さえ懸念されます。欧米から4~5年遅れて承認されるならまだマシで、これからは新薬がそもそも日本に入ってこなくなることも十分に考えられるのです。

 

国として日本は医薬品のイノベーションをどう評価していくのか。薬価制度を透明で納得性をもった枠組みに再構築していくことが求められているのではないでしょうか。2021年が「終わりの始まり」にならないことを切に願います。

 

※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。

 

黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。

Twitter:@munehisa_k
note:https://note.com/kurosakalibrary

 

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