製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
島田幸輝(しまだ・こうき)京都大卒業後、サイバーセキュリティ企業を創業し、最高技術責任者として従事。英ロンドン大で機械学習によるタンパク質の機能予測研究を主導し、その研究結果をベースに2018年、SyntheticGestalt を英国と日本に設立した。 |
標的タンパク質の一次情報から候補化合物を探索
――AI(人工知能)創薬を手掛けています。
SyntheticGestaltは、私にとって2社目の起業で、「人工知能を使って発明を量産する」という、ずっと前からやりたかったことに取り組んでいます。以前は、創業したサイバーセキュリティの会社でCTO(最高技術責任者)を務めていました。
私は、人間の活動の中で最も創造的かつ価値を生み出すものは、新しい発明だと信じています。新薬にコンピューター、スマートフォン…。発明は人類全体のケイパビリティを前進させますし、それ自体が経済価値の源泉になります。
よく、「単純作業は人工知能に取って代わられる」と言われますが、私はむしろクリエイティブな知的労働こそAIで代替できたときの価値が大きいと考えています。発明を量産することで、必ずしも個人に依存しない世の中を作りたい。非常に遠大な目標ですが、その第一歩として新薬の発明にフォーカスを当てています。
――創薬システムの特徴について教えてください。
われわれの創薬システムは、酵素などの標的タンパク質の一次情報からターゲット阻害薬を探索するシステムです。薬物特性を予測する機械学習モデルと、標的タンパク質に対する化合物のIC50などの活性を予測する機械学習モデルを搭載しています。
このシステムを使うことで、40億個程度の特許化可能な化合物ライブラリーから、最短1〜2日ほどで20~50個くらいの候補化合物を出すことができます。そこから、実験を通じて本当に活性がある候補化合物を2~3個に絞り込んでいく仕組みです。
従来、前臨床候補化合物を作るには4年半の時間と16億円の費用がかかっていました。われわれの開発するシステムは、費用を50~100分の1に削減し、研究期間を数カ月に短縮することを目指しています。人間の場合は数百万の化合物ライブラリーから探索を行うのが限界でしたが、われわれのシステムなら数十億個の化合物から探索できます。ライブラリーは今後40億個から拡大する予定です。
ウェット実験を通して、化合物特性、阻害活性とも予測が機能していることがわかってきています。最近では、新型コロナウイルス治療薬候補の探索で成果が出てきました。
――実験はどのように実施していますか。
基本的には、パートナーの企業や大学にやってもらっています。ターゲットによっては、自分たちでラボを借りて行っています。
――SyntheticGestaltのシステムには「探索に構造情報が不要」という特徴があるそうですね。
われわれのシステムはタンパク質のアミノ酸配列のみを情報として使っています。構造情報を使わないので、構造情報を取りにくいターゲットも創薬の対象にできるのが強みです。機械学習で狙いやすく、人間が狙いにくいターゲットを中心にやっています。
――他社との違いは。
ひとくちにAI創薬といっても、さまざまです。グローバルで見ても、リポジショニングや論文解析など、技術そのものはグーグルやフェイスブックが開発したソースや論文を応用しているケースが多い。われわれは、低分子化合物やタンパク質のデータ構造にあわせて、自然言語処理でも画像解析でもない、全く新しい機械学習モデルを一から設計しています。
そのためには数学や物理学、機械学習の知識はもちろん、ライフサイエンスや化学の知識も必要になる。これらに精通した高い専門性を持った人材がいることも強みですし、そうした人を積極的に採用しています。
22年に自社パイプラインの導出を目指す
――自社創薬と共同研究の2軸で事業を進めています。
われわれのケイパビリティは、人工知能と創薬の世界の両方に詳しいメンバーがいること。さまざまなライフサイエンス系企業や研究機関と共同研究を行っており、共同研究で得られた財政基盤の下、自社で発見した化合物の導出によってアップサイドを狙っています。
――共同研究は、ターゲットに関する情報をもらったSyntheticGestalt側で探索を進める形ですか。
そうした形が多いですが、もう少し包括的にやることも多いです。最初の化合物ライブラリーも、いただく予算に応じて使わけています。
――今年4月には、デ・ウエスタン・セラピテクス研究所と炎症・中枢神経疾患に対するキナーゼ阻害薬の共同研究契約を結びました。昨年にも塩野義製薬と新型コロナ治療薬の創出で提携しています。
新型コロナ治療薬に関しては、海外大手企業とも連携し、彼らの指定する特性を満たす化合物を探索しています。結果次第では、われわれが発見した抗ウイルス薬のライセンスアウトも可能だと考えています。
共同研究プロジェクトは、半分くらい海外の企業や研究機関と進めています。ファーストインクラスを目指すとなると、どうしても海外の方が多くなってきますので、今後はさらに海外企業との提携が増えていくのではないかと思っています。
創薬ではターゲットタンパク質に対する阻害薬の探索を行っていますが、反対に、酵素反応からタンパク質を探索することもできます。つまり、意図した機能を持った酵素の発見が可能となる。実際、創薬以外にも、たとえば東京大や東京工業大とCO2固定化酵素を探索する長期プロジェクトを進めています。ビジネスの軸は創薬ですが、将来的にIPOを果たした後は、こうしたSDGs系の取り組みも加速したいと思っています。
――自社パイプラインとしては、キナーゼ阻害薬とプロテアーゼ阻害薬で計4つをウェブサイトで公表しています。
われわれのシステムの強みは酵素と化合物のインタラクションの予測ですので、酵素系ターゲットに対する低分子化合物の創出を狙っています。2022年中には自社で発見した化合物を国内外の企業に導出することを目指しています。
先ほどお話ししたように、われわれは何十億というライブラリーから探索を行いますので、これまで見つけられなかった化合物を発見できる可能性がある。低分子でできるならそのほうが良いので、バイオ医薬品ではなく低分子で取ろうとしています。
――自社創薬ではどういった領域を狙っていますか。
がんや神経疾患など、導出しやすいターゲットで開発をしている面はありますが、われわれの機械学習モデルはケイパビリティが広いので、疾患領域を狭める必要はありません。限定はせずに取り組んでいます。
――導出のタイミングの考え方を教えてください。
候補化合物の良さ、実験結果、それから売却先があるかなどをベースに、ターゲットごとに決めていくことになると思います。まだそこまではいっていませんが、コストに見合うなら前臨床を自社で進めることも考えています。
「オントラックで来ている」
――サイバーセキュリティ企業を立ち上げた島田さんがAI創薬に取り組んでいるのはなぜでしょうか。
当社は、私が英ロンドン大にいたころの研究成果をもとに2018年に立ち上げた企業です。ロンドンと東京にオフィスがあり、資金調達も英国政府系と日本のベンチャーキャピタルから実施しています。
もともと、ロンドンに向かったのは、同大にDeepMindの創業者が在籍していたことがあり、同社との学術交流の機会があったから。当時は、DeepMindの開発した強化学習プログラム「AlphaGo」がプロ棋士を破ったと話題になっていたころで、彼らと一緒にできるのは面白そうだなと。アメリカに行く可能性もありましたが、ロンドンに決めました。
当時取り組んだのが、機械学習とライフサイエンスの壁をいかに解決するか、ライフサイエンスの知識をいかに機械学習のアルゴリズムに応用するか、また逆に、機械学習をいかにライフサイエンスの課題解決に応用するか――という学際的な分野でした。生物学的複雑系を機械学習で解析し、再現することをテーマにしていました。タンパク質の立体構造や機能の発現は、外部環境との相互作用やアミノ酸同士の相互作用が複雑に連携し合ってある程度決まった構造を取りますよね。これを従来的なシミュレーションによって解釈しようとすると非常に高度な計算が必要ですが、そこを統計学的解析によって予測しようとしました。その中で、タンパク質の機能を予測できないかと研究を行ってきて、成果が得られたので起業に踏み切りました。
――創業から3年ですが、当初描いていたものと比べて現在の状況はどうですか。
ウェット実験でも予測した通りの結果が出てきていますので、もちろん、もっとスピード感をもって成果を出していきたいと思いますが、オントラックで来ていると思います。
――中長期の展望について教えてください。
IPOの具体的な時期はまだお話しできませんが、まずは創薬をしっかりとやっていきます。低分子化合物を狙うことに変わりはありませんが、モダリティ自体の拡張を考えています。
IPOで資金調達ができれば、酵素のプロジェクトもより大規模に進められるようになります。創薬からライフサイエンス、化学と領域を広げていき、最終的には新しい領域での発明を生んでいきたいと考えています。
(聞き手・亀田真由)