独自の血液脳関門通過技術「J-Brain Cargo」を適用したライソゾーム病治療薬の開発に取り組むJCRファーマ。同技術を初めて搭載したムコ多糖症II型治療薬「イズカーゴ」を国内で今年5月に発売し、9月には同薬のグローバル展開で武田薬品工業と提携を結びました。足元の業績も好調で、22年3月期は売上高500億円突破を見込んでおり、「グローバルスペシャリティファーマ」の目標に向けて事業展開は新たなフェーズを迎えています。
イズカーゴ、発売4カ月半で約10億円を販売
芦田信会長兼社長が11月2日公開の決算説明動画で「いろいろな疾患領域で画期的な医薬品創出に貢献できる第2の創業期を迎えた」と話したように、2021年はJCRファーマにとって大きな転換点となりました。
今年5月、同社はムコ多糖症II型治療薬「イズカーゴ点滴静注用」(一般名・パビナフスプ アルファ、開発コード・JR-141)を日本で発売。同社独自の血液脳関門通過技術「J-Brain Cargo」を適用した初めての製品で、先駆け審査指定制度の対象品目に指定されている医薬品です。
さらに、9月30日には、同薬の海外展開で武田薬品工業と共同開発・ライセンス契約を締結。シャイアー買収によって希少疾患領域を強化した武田とのパートナーシップで、グローバル展開にはずみをつけました。J-Brain CargoはJCRが2005年から研究開発を進めてきた技術。15年以上にわたる投資が実を結びました。
臨床試験で中枢神経症状を改善
ムコ多糖症型II型は、細胞内のライソゾームでムコ多糖を分解する酵素が欠損し、体内にムコ多糖が過剰蓄積することで起こる先天性代謝異常症。ライソゾーム病の1つで、ハンター症候群とも呼ばれています。男児の約5万人に1人が発症するとされ、推定患者数は国内で約250人、世界で約7800人。関節拘縮や骨変形といった特徴的な症状に加え、知能低下、睡眠障害、けいれん発作など、中枢神経症状が現れることもあります。
ムコ多糖症II型に対しては、2007年から酵素補充療法としてサノフィの「エラプレース点滴静注液」(イデュルスルファーゼ)が使われていますが、高分子のため血液脳関門(BBB)を通過できず、中枢神経系への作用は期待できませんでした。これに対し、イズカーゴはJ-Brain Cargo技術によってBBBを通過して脳内に酵素を到達させることができ、臨床試験では、全身症状だけでなく、中枢神経症状を改善する効果も確認。乳幼児期に治療を開始した患者では正常に近い発達が認められ、8歳以上の患者でも発達年齢の上昇が確認されています。こうした中枢神経への作用が評価され、薬価収載時には40%の有用性加算がつきました。
ムコ多糖症II型の中枢神経症状に対しては、今年4月にクリニジェンも脳室内に直接酵素を投与する「ヒュンタラーゼ」(イデュルスルファーゼ ベータ)を発売しています。点滴静注製剤でありながらイズカーゴの有効成分のBBB通過を可能にしているJ-Brain Cargoは、血漿タンパク質のトランスフェリンが脳内に取り込まれる経路を利用した技術。トランスフェリン受容体抗体と薬剤を融合させることで、本来であればBBBを通過しない、酵素などの高分子を脳内に届けることを可能にします。
イズカーゴは発売以降順調に売り上げを伸ばしており、発売から4カ月半で50人の患者に使用され、9月までに9億8500万円を売り上げました。同社は「想定より速いペースで市場に浸透している印象」としており、新規と切り替えの両方で普及が進んでいるといいます。薬価収載時のピーク時売上高予測は85億円で、最大で年間110人への投与を見込んでいます。
武田との提携「技術が評価された結果」
武田との提携は、承認申請中のブラジルを含め、米国以外の全世界を対象としています(日本とアジアの一部地域を除く)。米国での事業化については別途オプション契約を結んでおり、2022年早期の開始を予定しているグローバル臨床第3相(P3)試験が完了した段階で武田が権利を行使するか決定する予定です。P3試験はJCRが実施。標準治療(イデュルスルファーゼ)との直接比較試験となる見通しで、中間解析の結果での申請も検討しています。
金額など契約の詳細は非開示ですが、JCRの芦田会長兼社長は「経済的な条件も含め、非常に満足している」と強調。武田にとっても、グローバル展開で日本企業とライセンスを結ぶのは初めてで、芦田氏は「J-Brain Cargoが評価された結果」と話しました。
武田はムコ多糖症II型の分野で、シャイアー買収によって欧米などで同社が販売していたエラプレースを製品ラインアップに追加。さらに、エラプレースと併用する髄腔内投与のイデュルスルファーゼ製剤「TAK-609」を開発しています。21年4~9月期の決算説明会で今回の契約が自社製品に及ぼす影響を問われた武田は、詳しい言及は避けたものの、全身症状と中枢神経症状の両方を治療できるJCRの製品に期待感を示しました。
JR-171なども提携目指す
JCRは現在、イズカーゴのほかに、ムコ多糖症I型に対する酵素製剤「JR-171」や、ムコ多糖症IIIA型に対する「JR-441」など、基礎研究段階を含めて16のライソゾーム病治療薬を開発しています。これらについてもグローバルでの導出を検討中。特にJR-171にはすでに複数の企業が関心を示しているといい、来期中の契約を目指しています。
進行中のJR-171のグローバルP1/2試験では、安全性を確認するパート1試験に参加した全ての被験者で脳脊髄液中のヘパラン硫酸濃度の低下が認められており、中枢神経症状への効果が期待されています。パート2試験の終了後、P3試験に移行する計画です。
技術導出にも積極的
20年4月の米ArmaGen買収で同社のBBB通過技術に関する知的財産権を取得し、今回の好条件でのグローバル導出につなげたJCR。パイプラインだけでなく、J-Brain Cargo技術そのものの導出も積極的に進めていく方針です。
JCRはライソゾーム病にスポットを当てて開発を進めてきましたが、J-Brain Cargo技術はアルツハイマー病やパーキンソン病、神経腫瘍など、他の中枢神経系疾患にも発展する可能性を持っています。研究が進んだことで技術にバリエーションが生まれ、適用する薬剤に応じて技術の使い分けができるようになってきたといい、技術導出を進める点でも、今回の提携で武田が技術を評価したことは大きな意味を持ちます。
足元の21年4~9月期は、英アストラゼネカが開発した新型コロナウイルスワクチン原液の受託製造で80億4600万円を売り上げたのに加え、武田との提携で契約金も拡大し、売上高が前年同期の2.6倍、営業利益が同10倍という大幅な増収増益となりました。22年3月期は520億円の売り上げを見込んでいます。
長年の研究成果を世に送り出し、2025年の創業50周年を前に「第2の創業期」を迎えた同社。2030年の目標とする「希少疾患領域のグローバルスペシャリティファーマ」へ、次の一手が注目されます。