来年4月に行われる不妊治療の保険適用拡大に向け、現在治療現場で使われている未承認・適応外薬の承認審査が急ピッチで進められています。11月1日現在で承認が検討されているのは計39件。保険適用によって不妊治療関連医薬品の市場は大きく拡大する見込みで、民間調査会社の富士経済は、2024年の市場規模は20年と比べて2.2倍になると予想しています。
経済的負担が課題に
来年4月に向け、不妊治療の保険適用対象拡大の議論が進んでいます。女性の社会進出や晩婚化などを背景に不妊治療を受ける夫婦は増加しており、2019年には全新生児の7%にあたる約6万人が体外受精で誕生しました。国立社会保障・人口問題研究所の「社会保障・人口問題基本調査」(15年)によると、不妊を心配したことがある夫婦は35.0%。実際に不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は18.2%に上ります。
不妊治療は、子どもを望む夫婦らの選択肢として広がっている一方、経済的な負担が課題となっています。
保険適用はごく一部
こうした中、昨年5月に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では、体外受精や顕微授精といった高額な不妊治療の費用を助成し、適応症と効果が明らかな治療の保険適用を検討することが明記され、同年12月には菅義偉前首相の肝いりで22年4月の保険適用開始が決定。今年初めには、保険適用までの時限的措置として、助成制度の所得制限が撤廃されるとともに、助成額が増額されました。
不妊治療の一部は今も保険適用されているものの、ごく一部にとどまります。不妊の原因を調べる一部の検査や、排卵障害(女性不妊)や精管閉塞(男性不妊)といった原因疾患の治療、医師の指導を受けながら排卵日近くに夫婦生活をもつタイミング法などは保険適用されていますが、人工授精や体外受精(顕微授精を含む)などは保険適用の対象外。体外受精には中央値で1回50万円かかり、選ぶ治療法や回数にもよりますが、妊活や不妊治療を続けるには95万円ほどのお金が必要との調査結果もあり、患者らの負担となっています。
関連医薬品 39件が承認検討
不妊治療に使われる医薬品をめぐっては、日本生殖医療学会が今年6月に「生殖医療ガイドライン」をまとめており、厚生労働省は今年7月、同ガイドラインで使用が推奨され、かつ同学会が承認を要望している医薬品については、承認申請に向けた手続きを積極的に行うよう製薬業界に要請。申請された医薬品は迅速に審査を進めるとして、対応を促しました。
厚労省のまとめによると、11月1日現在で承認が検討されている医薬品が39件あり、このうち計11品目14適応が、9月と10月に開かれた同省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で「医療上の必要性あり」と判断されています。
公知申請を活用
医療上の必要性ありと判断されたのは、無排卵症や機能性子宮出血などの治療薬として承認されているヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(あすか製薬など)や、乳がん治療薬として承認済みのアロマターゼ阻害薬レトロゾール(ノバルティスファーマなど)、調節卵巣刺激下における早発排卵の防止を適応とするGnRHアンタゴニストのセトロレリクス酢酸塩(日本化薬)など。今後、公知申請の枠組みで保険適用が可能となる見通しです。
このほかにも、今年8月から10月にかけて25件の申請があり、承認に向けた審査が行われています。不妊治療の全体的な枠組みは中央社会保険医療協議会(中医協)で検討されており、来年の年明けには保険適用の具体的な内容が決まる予定です。あわせて、保険適用の対象外となる治療との併用に関する仕組みづくりも進んでいて、将来的な保険適用に向けたデータを収集する観点から先進医療の活用などが検討されています。
治療薬市場は2.2倍に
保険適用の拡大によって、関連する医薬品の市場は大きく拡大しそうです。
富士経済が10月に発表した市場調査によると、保険適用が予想される不妊治療関連医薬品の市場規模は2024年に210億円に達する見込み。この数字は、性腺刺激ホルモンや黄体ホルモン、排卵誘発剤など、すでに承認に向けた手続きが行われている治療薬に加え、PDE5阻害薬やビタミン剤など男性不妊の治療薬を含んだもので、20年と比較すると2.2倍に拡大する予想です。同社は「保険適用が開始されることで、新たに治療を開始する患者が大幅に増加する」とみています。
フェムテックでアクセス向上
保険適用によって不妊治療へのアクセス向上が期待され、天然型黄体ホルモン製剤「ウトロゲスタン」などを持つ富士製薬工業は、具体的な数字は控えているものの、保険適用が業績にプラスとなると見通しています。
不妊治療へのアクセス向上をめぐっては、近年注目が集まるフェムテック企業の取り組みも進んでいます。vivola(東京都渋谷区)は遠隔で不妊治療を受けられるサービスを開発中。不妊治療では、治療を行う医療機関が限られたエリアに集中しており、遠距離の通院が治療継続のハードルの一つとなっており、同社は、地域の婦人科医と不妊治療の専門医をオンラインでつなぎ、患者が地域で専門的な治療を受けられるサービスを展開します。
ファミワン(東京都渋谷区)は専門家に妊活や不妊治療に関する相談ができるサブスクリプションサービス「famione」を展開。不妊症看護認定看護師や助産師など、専門家にLINEや電話で相談できるサービスで、今年4月にはバイエル薬品がオンラインショップで取り扱いを始めています。
famioneは企業向けのサービスとしても注目されており、不妊治療と仕事の両立に向け、従業員への知識付与や風土醸成などを目指した実証実験が今月から住友生命保険でスタート。仕事との両立は経済的負担と並ぶ不妊治療の障壁で、治療に伴うパフォーマンス低下や退職による経済的損失は約3892億円と推測されています。保険適用とともに、柔軟な働き方に対する職場の支援など、治療を受けやすい環境の整備が求められます。