今年6月、米バイオジェンとエーザイの「アデュヘルム」が米国で承認され、大きな転機を迎えたアルツハイマー病治療薬の開発。同薬が販売に苦戦する中、米イーライリリーのドナネマブが米国で段階的申請を開始しました。リリーはドナネマブとアデュヘルムの直接比較試験を年内に始める予定で、市場競争を見据えた主導権争いも本格化します。
アデュヘルム 7~9月期の売上高は3400万円
米バイオジェンが10月20日に発表した2021年12月期第3四半期決算によると、同社がエーザイと共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュヘルム」(一般名・アデュカヌマブ)の7~9月期の売上高は、わずか30万ドル(約3400万円)にとどまりました。
アデュヘルムは、アルツハイマー病の原因と考えられているタンパク質「アミロイドβ」を標的とする抗体医薬で、アミロイドβを脳内から除去することによって認知機能の低下を抑えるとされます。今年6月、アルツハイマー病に対する世界初の疾患修飾薬として米国で迅速承認を取得しましたが、2つの臨床第3相(P3)試験で異なる結果となった有効性をめぐっては専門家から疑問の声も上がっており、承認に否定的な見解を出したFDA(食品医薬品局)諮問委員会の複数の委員が承認に抗議して辞任。議会が承認過程の調査に乗り出すなど、波紋が広がりました。
日欧は申請中
こうした経緯もあり、米国の医療機関は同薬の使用に慎重で、一部の大手病院ネットワークは早々に不採用を発表。高齢者向け公的医療保険「メディケア」も、まだ保険適用の可否を決めておらず、メディケアの判断を目安とする多くの民間保険も判断を先送りしています。
バイオジェンのミシェル・ヴォナッソスCEO(最高経営責任者)は「米国での市場浸透は遅れている」としながらも「われわれはアデュヘルムの長期的な可能性を引き続き確信している」とコメントしています。両社は昨年10月に欧州で、12月には日本でも承認申請を行っており、両当局の判断が注目されます。
ドナネマブ 直接比較試験を計画
アルツハイマー病治療薬の開発はこれまで失敗続きで、アデュヘルムは米国にとって18年ぶりの新薬承認となりました。物議を醸す同薬の承認ですが、この分野の研究開発を再び活性化させるきっかけになるとの期待もあり、アデュヘルムが承認された今年6月以降、すでに2つの新薬候補が申請段階に進んでいます。
エーザイは9月、バイオジェンと共同開発した抗アミロイドβプロトフィブリル(凝集体)抗体レカネマブ(開発コード・BAN2401)について、米国で迅速承認に向けた段階的申請を開始したと発表しました。申請の根拠としているのは、早期アルツハイマー病患者856人を対象に行ったP2b試験の結果で、同試験では脳内のアミロイドβの蓄積量を減らし、臨床症状の悪化を抑制することが示されました。段階的申請と並行して、両社は検証用のP3試験を実施中で、今年3月に1795人の被験者登録を完了。これとは別に、プレクリニカル期の患者を対象としたP3試験も行われています。
ガンテネルマブは来年申請へ
10月には米イーライリリーが、N3pGと呼ばれる修飾型アミロイドβを標的とする抗体医薬ドナネマブの段階的申請を米国で開始したと発表。P2試験では、早期症候性アルツハイマー病患者の認知機能と日常生活機能の低下を抑制する結果を得ており、現在は1500人規模のP3試験で安全性と有効性が検証されています。同社は、ドナネマブとアデュヘルムの直接比較試験を計画しており、年内に患者登録を始める予定です。
このほか、スイス・ロシュが抗アミロイドβ抗体ガンテネルマブのP3試験を行っており、来年の申請を予定。中外製薬が開発を担当する日本では23年の申請を見込んでいます。
FDAは「アデュヘルムはすべての試験でアミロイドβプラークを大幅に減少させることが示されている。アミロイドβプラークの減少は、患者に臨床的なベネフィットをもたらす可能性を合理的に予測できる」としてアデュヘルムを承認しましたが、その判断をめぐっては賛否が別れています。後続薬はアミロイドβ仮説に決着を付けることになるのか。P3試験のデータと当局の判断が注目されます。