「フロンティア事業」として医薬品以外のソリューションを積極的に開発している大日本住友製薬。2018年ごろから取り組みを行ってきましたが、社交不安障害用VRコンテンツや認知症ケア製品などが来年から本格的な販売に移ります。これらは非医療機器ですが、医療機器やデジタルセラピューティクスにも取り組んでおり、2033年をめどに医薬品事業に次ぐ成長エンジンにしたいとしています。
社交不安障害向けDTx、承認目標は26年度
大日本住友製薬は10月18日、社交不安障害、全般不安障害、大うつ病性障害に対するVR(バーチャルリアリティ)コンテンツについて、米BehaVRと全世界での共同開発・販売提携契約を結んだと発表しました。
両社は契約に基づいて、疾患のリスク・影響の軽減や健康維持の補助を目的とし、当局による承認がいらない「ジェネラルウェルネス製品」に加え、承認を必要とする「デジタルセラピューティクス(DTx)」の開発に共同で取り組み、3つの疾患でDTxとしての承認取得を目指します。
大日本住友の米子会社サノビオン・ファーマシューティカルズとBehaVRは昨年から、社会不安障害に対するVRコンテンツ開発プロジェクト「SAV-985」を共同で進めており、現在はフィージビリティ試験に向けた準備を行っています。米国では2022年10月にジェネラルウェルネス製品の発売を見込んでおり、今回の契約はその先のDTx開発に向けて提携を拡大したものです。DTxとしては、社交不安障害を対象に26年度の承認取得を目標としています。
米国では福利厚生を窓口に展開
社交不安障害は18歳~40歳代前半に多く見られる疾患で、米国での患者数は1700万人とされています。症状に応じて薬物療法と認知行動療法を組み合わせるのが治療の基本ですが、カウンセラーやセラピストの数が限られていることなどから、対人セラピーを受けられない人も少なくありません。疾患の特性上、対人セラピーの受診をためらう患者も多く、患者の約4割は症状が出始めてから10年たってようやく医療にかかるといいます。
SAV-985は、こうした患者に対し、暴露療法に相当するセルフトレーニングや、物事の見方をポジティブに切り替える練習などを提供し、疾患と上手く付き合っていく術を身に付けるのをサポートします。VRを使うと、筋骨格、自律神経、神経内分泌系へのシグナル伝達効果が上がる可能性があるといい、従来の想像的暴露療法より効果が得られることが示唆されています。すでに同疾患を対象としたVRコンテンツは存在していますが、サノビオンとBehaVRは個々のユーザーに合ったVRセッションを提供できることを強みに展開していきたい考え。米国では、企業の福利厚生を大きな窓口とした展開を検討しています。
27年度には200~300億円規模の事業に
大日本住友は、こうした医薬品以外のヘルスケアソリューションを「フロンティア事業」と呼び、2018年ごろから取り組みを進めています。19年4月にはフロンティア事業推進室を設立。精神・神経系疾患、運動機能障害、生活習慣病など、同社の事業領域とその周辺を対象に、予防、ケア、診断、介護など、薬だけでは解決できない課題の解決に取り組んでいます。
大日本住友は、各領域でBehaVRのような独自の技術を持つベンチャー企業と提携。これまで自社で培ってきた医師とのコネクションや領域経験を駆使し、外部の力も活用しながら製品開発を進めています。
たとえば、精神・神経疾患では、バイオレットライトを眼に照射してうつ病や認知症を治療・予防することを目指したメガネ型のウェアラブルデバイスを坪田ラボと開発しています。認知症周辺症状のケアに対するデジタルセラピーの開発では、Aikomi、損保ジャパンと連携。国内では、糖尿病の医薬事業の価値最大化に向け、米Drawbridge Healthと自動採血・保存デバイスを、Save Medicalと管理指導用アプリの提供を計画中です。
各製品は、来年度から26年度にかけて日本と米国で販売開始を予定。22年度には、米国でSAV-985(ジェネラルウェルネス製品)を、日本で認知症周辺症状用機器(Aikomiによる介護用途での販売)や2型糖尿病管理指導用アプリの発売を目指しています。
大日本住友は、次期中期経営計画の最終年度となる27年度にフロンティア事業の規模を200~300億円と見込んでおり、その後も国内製品の米国展開やVRコンテンツのDTx化で32年度までに1000億円規模に拡大させる計画。将来的には、日米中を軸に事業を拡大させていくとしています。
「医薬品事業に次ぐ成長エンジンに」
SAV-985以外で大日本住友が早期の事業化に期待を寄せるのは、Aikomiの認知症周辺症状用機器と、メルティンMMIが手掛ける手指麻痺用ニューロリハビリ機器です。
Aikomiとは19年に提携。同社が開発するデジタルセラピーは、興奮や無関心、不安といった認知症に伴う心理・行動的な症状に対する非薬物療法で、来年の介護用としての本格販売開始に先立って今年から試験販売を行っています。
同機器が提供するのは、家族へのインタビューなどをもとに作成した、患者の人生史に基づく映像プログラム。視聴時の患者本人の反応を踏まえ、AI(人工知能)を使って最適化を繰り返します。映像を見ながら会話を楽しむためのツールでもあり、患者とその家族、介護従事者の結びつきを深め、介護負担を軽減することが期待されています。介護事業を運営する損保ジャパンとも連携し、認知症ケアのゴールドスタンダード確立を目指しています。
プロトタイプ機器を使って日本とオーストラリアで行った予備的なフィージビリティ試験では、8割以上の患者でコミュニケーションやエンゲージメントの改善が確認されました。アメリカでも年末に実証実験を開始する予定です。特定の症状を緩和する医療機器としては、介護用途での本格販売開始後に治験を行うかどうか判断する方針。記憶障害や認知機能障害に対する薬物療法とは競合せず、併用も可能といいます。
ニューロリハビリ機器、25年の承認目標
一方のメルティンMMIの手指麻痺用ニューロリハビリ機器は、運動機能障害の治療・介護に対するソリューション。大日本住友は2018年10月、同社に出資するとともに共同研究契約を結びました。現在、順天堂大で特定臨床研究を実施しており、22年度に医療機器として認証を取得する予定。25年度の承認取得を目指しています。
ニューロリハビリ機器の対象である運動機能障害の原因は、多くが脳血管障害で、日本国内の患者数は約120万人。脳卒中の患者では、入院時点で8割の患者に手指麻痺が生じているとされますが、早期に麻痺手の回復が見込めない場合、利き手交換などの代償的リハビリに移行します。同機器は、脳科学を基盤としたリハビリテーションで、患者の体表面筋電から運動意図を読み取り、手指に装着したロボットで動作を再現。作業療法をアシストし、学習を続けることで、ロボットなしでも使える手指を取り戻すことを目指します。痙縮の患者にも応用可能です。
大日本住友は、フロンティア事業を将来的に、同領域の医薬品の売り上げ増加や研究開発プロセスの効率化など、医薬事業とのシナジーも生み出す事業としたい考え。「医薬品事業に次ぐ成長エンジン」に育つかどうか、まずは来年度に始まる販売の滑り出しが注目されます。