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T-CiRA、始動5年で新展開…オリヅル・野中CEO「iPS細胞実用化を夢物語にしない」

更新日

亀田真由

AnswersNewsのインタビューに応じた武田薬品工業の梶井靖・T-CiRAディスカバリーヘッド(左)とオリヅル・セラピューティクスの野中健史CEO

 

武田薬品工業と京都大iPS細胞研究所による共同研究プログラム「T-CiRA」。本格始動から5年となる今年、研究成果の実用化を目指す新会社「オリヅルセラピューティクス」が設立され、iPS細胞をもとに作製された心筋細胞と膵島細胞の開発が引き継がれました。湘南ヘルスイノベーションパークのエコシステムを活用しながら、早期の事業化を目指します。

 

 

心筋細胞と膵島細胞のプログラムを移管

武田薬品工業と京都大iPS細胞研究所(CiRA)は8月10日、両者の共同研究プログラムT-CiRAの研究成果を事業化すべく、新会社「オリヅルセラピューティクス」を設立したと発表しました。オリヅルは、T-CiRAから重度心不全治療への応用を目指す心筋細胞と、1型糖尿病治療への応用を目指す膵島細胞の2つのプロジェクトを承継。設立は今年4月9日で、6月1日から湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)で業務を開始しています。

 

武田とCiRAは2015年4月に包括的共同研究契約を結び、iPS細胞の実用化を目指す10年間の産学連携プログラムとして、16年にT-CiRAを本格的にスタート。武田による総額200億円の資金提供の下、東京医科歯科大や理化学研究所とも連携し、アカデミアのシーズを臨床応用の検討が可能な段階にまで育てることをミッションとしています。

 

オリヅルは、T-CiRAが進めてきた研究プロジェクトの一部を引き継ぎ、その後の前臨床研究と初期の臨床開発を行う研究開発型企業です。同社の立ち位置について、オリヅルの野中健史社長CEOは8月10日の記者会見で「”死の谷”を克服するためにデザインされた組織」と強調。「2026年までにヒトでの臨床データを収集し、株式上場を果たすこと」を目標に掲げ、ヒトで得られたデータ次第では、条件付き早期承認制度を活用して自社で申請まで進める可能性もあるといいます。

 

オリヅルセラピューティクスの立ち位置/基礎研究/実用化のための検証研究/前臨床開発および探索的臨床開発/検証的臨床開発、条件付き早期承認、海外展開等/武田薬品/京都大学/2015年より共同開発/T-CiRA/共同研究プログラム/プログラムの移換/①iPS由来心筋細胞・膵島細胞に関連する知財・データ/②T-CiRAで育成中のシーズ・技術/オリヅルセラピューティクス株式会社/♯1細胞移植による再生医療等製品開発/♯2iPS細胞関連研究基盤整備および創薬支援/OZTxは引き続き、後期開発および製造販売へも事業展開を視野に/♯1についてはライセンスアウトや他製薬企業との共同開発/♯2については他事業会社からの業務受託やiPS研究の基盤開発を行う/※出典:野中氏の発表資料をもとに作成

 

T-CiRAはすでに、患者由来のiPS細胞を活用することで見出した筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬候補や、iPS細胞から作製したT細胞を使ったがん免疫細胞治療(iCART)などを武田に移管。これらはいずれも、武田が注力する疾患領域に関するプログラムですが、「この領域以外でも十分に臨床応用が可能なプロジェクトが出てきており、事業戦略を拡充すべきタイミングにきた」と、武田薬品工業の梶井靖T-CiRAディスカバリーヘッドは話します。オリヅルは、T-CiRAのプロジェクトのうち、武田の重点領域から外れるものの受け皿として設立されたというわけです。

 

今回、オリヅルに引き継がれた心筋細胞と膵島細胞のプログラムについては、ほかの製薬企業への導出も検討したといいますが、梶井氏は「iPS細胞技術は未解明な点が多く、導出しても確実に患者に届けられる組織は存在しない」と指摘。「湘南アイパークのエコシステムの中で密に協力し合って進めていくことが重要」だと判断したといいます。

 

オリヅルには、武田のほか、京都大学イノベーションキャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、三菱UFJ銀行、メディパルホールディングス(HD)などが出資。すでに、この分野の日本のスタートアップとしては異例となる60億円の資金を調達しています。

 

26年にPOM取得が目標

オリヅルに移管された心筋細胞(iCM)と膵島細胞(iPIC)の2つのパイプラインは、それぞれCiRAの?田善紀准教授と豊田太郎講師がリード。いずれも京大iPS細胞研究財団で作製された他家iPS細胞を用いています。バイオリアクターによる培養・増殖が可能で、品質を保ったまま低予算でスケールアップできることが特長です。オリヅルは、臨床試験の目標時期を明らかにしていませんが、26年にはクリニカルPOM(プルーフ・オブ・メカニズム)を確立させるとしています。

 

心筋細胞はすでに先行している企業がありますが、オリヅルのiCMはシングルセル化培養に成功しており、細胞凝塊による移植が不要で、負荷の少ないカテーテルでの移植が可能になるといいます。一方のiPICでは、インスリンを分泌するβ細胞と、グルカゴンを分泌するα細胞について、生着時に適切な組成となるよう調整した膵島細胞を高純度に精製できるため、治療の副作用である重篤な低血糖を回避できると考えられています。

 

オリヅルの開発パイプライン/心筋細胞(iCM)/膵島細胞(iPIC)/適応/重度心不全/1型糖尿病/作用/再心筋化を誘導する/生理的なインスリン分泌を誘導する/特徴/・重篤な不整脈を起こさない/・シングルセル化により、カテーテル治療法などに適している/・重篤な低血糖症を起こさない/・がん化のリスクが極めて低い/バイオリアクターによる培養・増殖(低予算によるスケールアップが可能)/2026年にクリニカルPOM(プルーフ・オブ・メカニズム)が目標/※野中氏の発表資料をもとに作成/

 

オリヅルは、これら2つのパイプラインの開発に加え、「プラットフォームイノベーション」と称してiPS細胞関連の研究基盤整備やiPS細胞を活用した創薬支援に関する事業も展開。T-CiRAから継承した技術を使い、研究機関や企業向けに機能性分化細胞や組織オルガノイドの作製、薬剤スクリーニング・評価といったサービスを提供するほか、品質管理技術や原料の代替スキームの確立、製造プロセスの省力化など、研究基盤の整備を支援します。オリヅルにはT-CiRAと湘南アイパークから50人強の研究者・技術者が参画しており、このうち20人強が同事業に関わる予定です。

 

夢物語にしないために工業力を生かす

武田の梶井T-CiRAディスカバリーヘッドとオリヅルの野中CEOは9月9日、AnswersNewsの取材に応じ、オリヅル設立の経緯やiPS細胞実用化への展望などについて話しました。主なやりとりを紹介します。

 

――野中氏がオリヅルのCEOに就任した経緯は。

梶井:オリヅルに移管したプロジェクトは、T-CiRAがスタートした当初から研究を進めてきたものです。その後、(武田で研究開発の)方針転換があり、循環器と代謝領域が事業領域から外れた。研究が進展する中で、「患者さんに確実に届けるためには、新しい会社を作る必要がある」となったのが、3年前に私がT-CiRAに着任した頃でした。

 

オリヅルの設立に向けては、さまざまな観点で検討を行いました。その中で、CEOに必要な要素としてまず挙がったのは人間性。加えて、臨床試験を遂行し、かつ承認に向けた当局との交渉を引っ張っていける人が最適だということになりました。野中さんを選んだのは、客観的にも十分なトラックレコードを持っていたことももちろん、約10年前、私がアッヴィにいた頃に一緒に仕事をした経験があったからです。

 

野中:前々職時代ですね。私が開発側、梶井さんがMA側で。

 

梶井:その時も前例のないチャレンジングな製品の日本での承認を目指していて、臨床現場とのコミュニケーション、当局との交渉に苦労しましたね。

 

――iPS細胞由来の細胞治療を実用化する上での課題は。

野中:一般的な細胞治療の課題ですが、まずは製剤化。非臨床試験の段階から臨床試験で使用するものと同等の製剤が必要ですので、現在その最終化を進めています。それから、安全性試験で重篤な副作用が起きないか確認を行っていく予定です。

 

梶井:会見では「湘南アイパークのエコシステムを活用する」と話しました。T-CiRAはあくまでリサーチ組織。製剤化のノウハウを持っているのは武田の湘南チームです。今後も、オリヅルは製剤化や製造を、武田との業務提携の形で進めていきます。

 

――会見では、オリヅルの強みを「武田から継承した技術力と工業力」と話していました。

野中:企業発としてやる以上、夢物語にしないためには、「どう現場に届けるか」を考えなければならないと思っています。工業力とは、いわゆる製品化、製剤化のこと。われわれの確実な強みは、パイプラインにある細胞2つともバイオリアクターを使って分化・増殖・精製させている点です。この技術なら、リアクターのスケールを大きくしても、相加的に人件費などのコストがかかることはありませんので、結果的に患者さんがアクセスしやすくなると考えています。

 

梶井:わが子を送り出した側からすると、2つの細胞に共通するのは、極めて高純度で「元気な」iPS細胞であること。武田と開発した低分子化合物の力を使った方法で、極めて高純度に分化誘導した目的細胞だけがセレクトされる仕組みになっています。これは、無理して細胞をセレクションしたり、純度を犠牲にして有効性を見たりするような競合とは、かなり違うアプローチです。それが結果的に患者さんのメリットにつながるというデータが出てくれば、明確な差別化につながると期待しています。

 

――今後、T-CiRA以外の研究プロジェクトを導入する可能性はありますか。

野中:iPS細胞技術の実用化に結びつくいいものがあれば導入の可能性はあります。とはいえ、エコシステムの中でT-CiRAと協業していますし、彼らのクオリティが高いことも知っていますので、T-CiRAのプロジェクトから第3、第4のポートフォリオを引き継ぐことができれば、それが一番理想的です。

 

梶井:2つのパイプラインと同様に、オリヅルに任せるのが良いと判断すれば、もちろんそうしたいですね。

 

野中:iPS細胞技術は、日本が科学技術立国を掲げる上で柱になると、業界内外から広く期待されています。投資家(オリヅルの出資者)には、目先のアウトカムというよりは、新しい治療を見出して健康向上に貢献するという、公益的な志を支援したいと思っていただいている。26年の上場という中期的な目標にとどまらず、iPS細胞に基づく産業が国内外に根付いて行くことを目指したいです。

 

遺伝子治療でも期待

――T-CiRAを通じ、iPS細胞の活用のチャンスはどう広がりましたか。

梶井:iPS細胞は発生生物学。最近は老化抑制にも注目が集まっていますし、アカデミアにとって多様な可能性のある魅力的な題材です。一方で、企業サイドとしては、技術を使って何を得たいかというゴールが明確であることが重要。活用が広がったというよりは、T-CiRAを進める中で「どう活用すべきか」が見えてきたのが大きいと思っています。

 

たとえば、19年に武田に移管されたiCARTも、最初からプラットフォームを作ろうと考えていたわけではありません。武田から「こんなものがほしい」とアイデアを共有してプロジェクトが進んでいった結果、がんに対する新しい免疫細胞のプラットフォームができ上がりました。同じゴールを共有してやっていくのは、通常の共同研究で大学にちょっと顔を出すのとは大きく違う点です。

 

T-CiRAの研究プロジェクト(21年5月現在)/ヒトiPS細胞/T細胞ほかの免疫細胞/膵島細胞/心筋細胞/神経細胞/脳オルガノイド/骨格筋/肝臓オルガノイド/腸管オルガノイド/腸管神経/腎線維化モデル/細胞治療/細胞治療/細胞治療/ドラッグディスカバリー/ゲノム編集/疾患モデル/疾患モデル/疾患モデル/ドラッグディスカバリー/ドラッグディスカバリー/ドラッグディスカバリー/細胞治療/ドラッグディスカバリー/→オリヅルに移管/※梶井氏の発表資料をもとに作成/

 

――会見ではT-CiRAの5年間の成果として「T-CiRAの10近くのプロジェクトのうち、半分はどのように臨床応用を行うかが明確になっている」と話していました。これからの5年の展望は。

梶井:iPS細胞の活用は、細胞治療やドラッグスクリーニングだけではありません。現在、ほかでは見ないような遺伝子治療薬のプログラムを進めていて、5年以内には臨床に入ってほしいと思っています。武田を通じ、画期的な遺伝子治療薬として世に出てほしい。

 

細胞治療では、これまでにがん、循環器、代謝でプログラムが出てきていますが、次のプログラムとして消化器領域を精力的に進めています。それ以外でも、iPS細胞由来のオルガノイド技術が進展している。毒性試験やドラッグスクリーニングでは、オルガノイドを均一にすることがキーとなりますが、そういった技術が確立されつつあります。創薬ツールとしてのプラットフォームも出てくると思っています。

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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