米国のバイオ医薬品企業インスメッドが、難治性の呼吸器疾患である「マイコバクテリウム・アビウムコンプレックスによる肺非結核性抗酸菌症」の治療薬「アリケイス」を発売し、日本市場に進出します。ほかにも、気管支拡張症や肺動脈性肺高血圧症に対する治療薬の開発を進めており、これらを「3本柱」として日本での事業拡大を狙います。
肺MAC症 日本は世界最大の市場
インスメッドは、米ニュージャージー州ブリッジウォーターに本社を置くバイオ医薬品企業。米国のほか、欧州と日本に拠点を置き、希少疾患、特に希少な肺疾患に焦点を当てた研究開発活動を展開しています。日本法人の設立は2017年12月。ギリアド・サイエンシズ(米)やUCB(ベルギー)などで日本法人の社長を歴任した折原祐治氏が社長を務めています。
米インスメッドにとって初の製品上市となった「アリケイス」は、アミノグリコシド系抗菌薬アミカシンをリポソーム化した吸入液剤。対象疾患は「マイコバクテリウム・アビウムコンプレックス(MAC)による肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)」で、米国では18年10月、欧州でも昨年12月から販売されています。日本では今年3月に承認を取得し、5月の薬価収載を経て、現在、発売準備中です。
患者数は1万5000~1万7000人
肺NTM症は、結核菌とらい菌以外の抗酸菌によって引き起こされる感染症。このうち、MACを原因菌とする肺NTM症=肺MAC症は、国内で報告される肺NTM症の8~9割を占めます。
日本は肺MAC症患者が世界で最も多い国の一つで、インスメッドはアリケイスの対象となる難治性肺MAC症の患者数を、米国1万2000~1万7000人、欧州5カ国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国)1400人、日本1万5000~1万7000人と推定。アリケイスにとって日本は世界でも最大の市場と言え、国際共同臨床第3相(P3)試験では被験者336人のうち約14%(48人)が日本からのエントリーでした。
ピーク時に国内で177億円の販売を予測
肺MAC症は、患者数、死亡者数ともに増加傾向にあります。薬物治療は、リファンピシン、エタンブトール、クラリスロマイシンの3剤併用に、必要に応じてストレプトマイシンまたはカナマイシンを加えるのが基本ですが、難治性の肺MAC症に対する推奨治療レジメンは確立されていませんでした。既存のアミカシン注射薬も保険診療での使用が認められてはいるものの、肺への浸透性が低いことや腎毒性を持つことなどが課題となっていました。
それだけに、日本の専門家もアリケイスに高い期待を寄せています。慶応義塾大病院感染制御部の長谷川直樹教授は、今月上旬にインスメッドが開いたメディア向け説明会で、「最近の報告によると、治療して一旦は菌がいなくなっても、5年で半分の人が再排菌してくると言われている」とし、「吸入剤のアリケイスは、薬剤が直接肺の病巣に到達する。アミカシンは非常に効果のある薬なので、吸入剤にして患者が毎日自宅で使えるようにしたのは非常に大きなメリットだ」と話しました。
薬価収載時の中央社会保険医療協議会(中医協)の資料によると、アリケイスは国内でピーク時に177億円の売り上げを予測。インスメッドの2020年のグローバル売上高が1億6440万ドル(約181億円)だったことを考えると、同社にとっても日本がいかに重要な市場であるかがわかります。薬価算定では、同薬を含む治療レジメンが欧米のガイドラインで最も強く推奨されていることが評価され、10%の有用性加算IIがつきました。
気管支拡張症治療薬がP3
アリケイスに続くポートフォリオとして、インスメッドは希少な肺疾患に対する2つの薬剤を開発しています。アリケイスと開発段階にある2剤を「3本柱」として市場投入し、日本での事業拡大を図る構えです。
1つは、気管支拡張症を対象としたブレンソカチブで、日本を含むグローバルでP3試験が進行中。もう1つは、肺動脈性肺高血圧症治療薬トレプロスチニルパルミチル吸入粉末で、こちらは国内での臨床試験に向けて準備を進めています。
アリケイスともシナジー
DPP1阻害薬のブレンソカチブは、1日1回投与の経口剤として開発中。DPP1を阻害することで、炎症に関与する好中球セリンプロテアーゼの活性を抑え、好中球性の炎症を抑制する薬剤です。国内の患者数は1万6000人程度。気管支拡張症の患者が肺MAC症を合併するケースもあり、インスメッド日本法人の坂本英樹研究開発・メディカルアフェアーズ本部長は「ポートフォリオの観点でも大きなシナジーがある」と言います。
トレプロスチニルパルミチル吸入粉末は、プロスタサイクリン系の血管拡張薬であるトレプロスチニルのプロドラッグで、ドライパウダー化した吸入製剤。最高血中濃度の上昇を抑え、半減期を延長するという特徴を持ち、1日1回投与を目指して開発を進めています。