製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
福田恵一(ふくだ・けいいち)1998年慶応義塾大大学院医学研究科(循環器内科学)修了。国立がんセンター研究所への国内留学と、米ハーバード大ベスイスラエル病院分子医学教室、米ミシガン大心血管研究センターへの留学を経て、1995年から慶応大医学部循環器内科助手。2005年に同大医学部再生医学教授に就任し、10年から同大医学部循環器内科教授。15年にHeartseedを設立した。 |
純度100%の心室筋を心臓に直接移植
――Heartseedが開発する心臓再生医療について、ほかとの違いも含めて教えて下さい。
われわれが目指すのは心筋の再生です。3つある心臓の筋肉のうち、心室筋だけを選択的に作って心臓に直接移植する方法を開発しています。
心筋の再生を目指す企業はいくつかありますが、彼らは心室筋とそれ以外の心房筋やペースメーカーとなる筋肉を分けて作る技術を持っていません。だから、心臓に直接移植するのではなく、心臓の外側に心筋細胞をシート状にして貼るといった方法をとることになるんですが、その場合、筋肉の外側にある脂肪の層のせいで生着が悪く、1カ月くらいで細胞が居なくなってしまうという課題があります。その点、われわれは純度100%の心室筋細胞を移植していますから、極めて安全で、かつ長期的な生着が期待できます。
――リードパイプラインの「HS-001」は、近く臨床第1/2相(P1/2)試験に入ります。どういった試験になる予定ですか。
心不全にはさまざまな要因がありますが、多くは心筋細胞の一部が何らかの原因で壊死してしまい、心筋細胞が不足することで起こります。心筋梗塞や心筋炎、拡張型心筋症では、心臓の筋肉が失われていることが多く、それを補うのがわれわれの治療法です。
今回、実用化にあたってPMDAと相談した結果、まずは心筋梗塞などの虚血性心疾患で安全性と有効性を検討するP1/2試験を行うことになりました。今の段階ではまだラジカルな試験はできませんので、冠動脈バイパス手術を行う心不全患者に対し、バイパス手術が終わったあとに心筋細胞を移植することを考えています。
ただ、この条件に当てはまれば誰でもいいわけではありません。われわれの治療では、拒絶反応を抑えるために特別なHLA(ヒト白血球型抗原)型を持つiPS細胞を使っています。父親と母親から同じ型を受け継いだHLA型で、日本人の17~18%が持つ、最も頻度の高い型です。われわれの治療では、患者さんのHLAを測定し、この型と一致した人に対してのみ移植を行います。
――投与方法は。
バイパス手術で開胸したあと、心臓の収縮が落ちている部分に心筋細胞を投与します。このとき、特別に開発した注射針を使います。
普通の注射針は先端がメスの働きをするので、どうしても出血が多くなり、移植した細胞が一緒に流れ出てしまう。これを防ぐため、われわれは鍼治療の針を参考に専用の注射器を開発しました。わずか0.51mmという細さで、刃がついていないので、代わりに細胞を移植するための微小な穴を開けています。微細加工が得意な企業を探し出し、一緒に作ったものです。
投与する心筋細胞は、「心筋球」と呼ぶ1000個ほどの心筋細胞の塊です。心筋球はそのまま心臓の微小組織となり、しかも細胞外マトリックスや増殖因子と一緒に移植できるので、同じ数の細胞をばらばらの状態で投与したときと比べて生着率が格段に上がります。
われわれも最初は、ばらばらの細胞で移植を試みたんです。そのときは「移植できる」とわかって喜んでいたのですが、よくよく観察してみると生着率はわずか3%程度でした。この結果を検証していく中で、ばらばらにして移植すると、培養皿から単離するときにタンパク質の表面を傷つけてしまうことなどがわかりました。そこで、球状の塊を作製する方法を開発したんです。
世界初の発表から20年で実用化への技術を開発
――心臓再生医療の研究を始めたのは1995年のことだそうですね。
1995年は、ハーバード大とミシガン大での武者修行を終え、ちょうどアメリカから日本に戻ってきた年でした。帰国後、最初に私のチームに入ってきたメンバーは4、5人。大学は成果がでないと追い出されてしまいますから、メンバーの半分は必ず成果が出る仕事をしてもらい、残りのメンバーにはホームランを狙った仕事をしてもらいました。その一つが、骨髄の細胞を使って心臓の筋肉を作る研究。当時はまだ、再生医療という言葉もありませんでした。
1999年に発表した世界初の研究成果には大きな反響があったんですが、骨髄から心筋細胞を作るのはとても大変で、できる量が少なかった。そこで、骨髄細胞で研究を続けるのはやめて、前年に開発されたヒトES細胞を使うことにしました。ES細胞で成果が出てきたときには、「これは臨床応用できるな」と思いましたね。そこから数年たち、2006年に発表されたのがiPS細胞です。この論文を読んだときはびっくりして、すぐに開発者である京都大の山中伸弥教授に慶応大まで講演に来てもらいました。それから一緒に研究を行っています。
狭心症や弁膜症が治るようになった一方で、心不全はまだ治らない病気です。でも、心筋細胞を作って適切な移植方法を考えることができれば、医療になると考え、研究をはじめました。それから26年、ぶれずにここまでやってきました。
――注射針や心筋球のほかにも、産業化の基盤となる技術を複数持っています。
産業化の上流で言えば、iPS細胞の作製に関する技術があります。山中先生は当初、皮膚の細胞を使っていましたが、われわれは末梢血中のリンパ球からiPS細胞をつくる方法を考えました。この技術は現在、世界中で広く使用されています。それから、iPS細胞から心室筋をつくる技術も重要な特許の1つです。心房筋が混ざっていると不整脈の原因になりますから。
一番大切なのは、純化精製に関する技術です。実は、iPS細胞から心筋細胞を作ると、良くて90%、悪いと50%くらいしか作製できないんですね。もし未分化のiPS細胞や心筋細胞以外に分化した細胞が残っていると、移植後に腫瘍化してしまう。そこで、心筋細胞以外の細胞は生きられない特別な培養液を開発し、心筋細胞だけを取り出せるようにしたんです。
この方法は開発におよそ10年かかりました。細胞のエネルギー源を調べ、胎児の心筋細胞をヒントに、心筋細胞だけが乳酸の中で生存できることを突き止め、それをデータを取って確かめて…。アイデアは最初からありましたが、言うのは簡単でもやるのは難しい。地道な努力で開発にこぎつけました。
Heartseedを設立した2015年は、基盤技術が全部そろい、前臨床試験が半分ほど終わったタイミングでした。
ノボと提携し「できるだけ早く世界に普及させたい」
――今年6月には、デンマークのノボノルディスクとHS-001に関するグローバルライセンス契約を結びました。最大で5億9800万ドル(約656億円)を受け取るという、国内ベンチャーでも最大規模の契約となりました。
できるだけ早くわれわれの治療法を世界に普及させたいと考えていました。ただ、自社でやっていると何年もかかりますし、その間に特許も切れてしまう。であれば、世界中にネットワークを持つグローバル企業と組むのが良いだろうと考えて、一昨年くらいに大手10社ほどに声をかけた。昨年にはCOOの安井季久央とJ.P.モルガン ヘルスケア カンファレンスに参加し、プレゼンで興味を持ってくれた5、6社と交渉を重ねてきました。
ノボノルディスクは、その中でも最も再生医療分野に興味を持ち、人材とお金を割いていた会社でした。安井に前面に立ってもらい、毎週のようにデューデリジェンスを行う中で相互理解を深め、今回の合意に至りました。
――実用化の目標は。
国内の治験はこの秋に始まる予定です。少し延びるかもしれませんが、おおむね2年くらいで終了する見込みです。その後は、条件付き承認制度を活用して承認を取得し、症例数を重ねて本承認につなげていきたい。具体的にいつというのは言いづらいですが、それくらいのスケジュールで見ています。海外ではノボが開発を行いますが、治験が始まるのは2026年以降になるのではないかと思っています。
――次世代品の開発を含め、今後の展望について教えてください。
いろんな方向で考えています。一つが、HLAノックアウト。今のiPS細胞は、日本人では6人に1人はHLAの型が一致しますし、完全一致しなくても良ければ3割くらいの人が治療を受けられると考えています。ただ、海外にもこの治療法を広げていくなら、HLAをノックアウトした細胞が良いので、今から検討しています。
投与方法も重要です。今は開胸が必要ですが、実臨床では心臓外科の施設がある病院ばかりではありませんし、バイパス手術が必要でない患者もいる。なので、カテーテルでの投与についても研究を進めています。
ゆくゆくは、患者本人の細胞に由来する「my iPS細胞」を使って再生医療ができるのが理想的です。そこも今後手掛けていきたいと思っています。やらなきゃいけないことは山ほどありますね。
――大学病院での診療を続けながら、再生医療の開発に長年取り組んで来ました。何が原動力になっているのでしょうか。
根本にあるのは、患者さんを治したいという想いです。
心臓の領域では、心臓移植だったり、カテーテル治療だったり、そういう前人未到のことをやり遂げた先生の名前がずっと残っている。新しい技術につながる道を開拓することこそがわれわれに与えられた使命で、そのための努力は惜しまないというのが私の考え方です。
大学の若い先生には、よくスキーに例えてこんな話をしています。「ゲレンデを滑る普通のスキーは楽だけれど、そのシュプールはだれも認識してくれない。でも、新雪を滑った時のシュプールは後の人が認識してくれる」と。前人未到のところを突き進んだほうがずっとおもしろい。
若手に言うなら自分もやらなきゃいけないでしょう。だから、何としてでも心臓再生医療は実現します。
(聞き手・亀田真由、写真はHeartseed提供)