臨床試験登録の窓口一本化など、臨床試験に関する規制の変更を控える欧州で、人口あたりの試験数が最も多い国の1つであるデンマーク。その治験環境とは。
国民1人あたりの臨床試験数で欧州トップクラス
来年、欧州の臨床試験をめぐる規制が大きく変わります。欧州医薬品庁(EMA)は来年1月末までに「クリニカル・トライアル・インフォメーション・システム(CTIS)」と呼ばれるシステムを本格稼働させる予定です。CTISが本格稼働すれば、その主要機能である「EUポータル・データベース」を介し、これまで各国で行う必要があった臨床試験の登録申請を、1つの窓口で行えるようになります。
欧州ではすでに、医薬品の承認審査で中央審査システムが広く活用されています。臨床試験の登録申請窓口がEMAに一本化されることで、手続きの効率化や一般市民に対する透明性の向上が期待されるといいます。
こうした中、EU加盟国の1つであるデンマークの大使館とライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)が先月、「ブレグジット後のEUにおける臨床試験の実施方法」と題したイベントを共催しました。
両者は昨年11月、ライフサイエンス領域でのイノベーション創出を目的に提携。3年間にわたって相互協力を模索することで合意しており、今回のイベントもその取り組みの一環です。日本とデンマークの医療分野での協力は数年前から活発化しており、行政レベルでもデンマーク保健省と厚生労働省が2017年に保健分野で協力覚書を交換。薬事規制の分野でも当局同士で連携を進めています。
デジタル環境が治験呼び込む
デンマークは臨床試験大国。国民1人当たりの臨床試験数は欧州トップクラスです。同国には、ノボノルディスク、ルンドベック、レオファーマといった世界的な製薬企業があり、医薬品は同国にとって最大の輸出品目。現在、全輸出品の約20%を占めるといいます。
デンマークは電子政府の先進国で、全国民に割り当てられている個人識別番号(CPR:セントラル・パーソンズ・レジストレーション)は、1970年代から医療・保健サービスとも紐付けられています。電子カルテの普及率はほぼ100%に達していて、長期にわたる患者の追跡も可能。デジタル化によってこうした環境が整備されていることが、臨床試験の多さにもつながっています。
同国はさらに、ゲノム解析などを通じた個別化医療も進めており、バイオバンクにはCPRに紐付けられた約2500万件の生体試料を蓄積。1982年以降に生まれた人は全員、乳幼児期から試料が保管されています。サンプルは研究機関だけでなく、企業も利用することが可能です。
国を挙げて取り組み強化
デンマーク大使館とLINK-Jの共催イベントでは、第一三共のデンマーク子会社「第一三共ノルディックス」のメディカルディレクター、マーティン・アールグレン氏が、抗HER2抗体薬物複合体(ADC)「エンハーツ」(欧州では今年1月に承認)の北欧での開発について話しました。
がん領域では新参者である第一三共が数多くの臨床試験を実施できた背景には英アストラゼネカとの戦略提携があり、北欧では現在、ほとんどの臨床試験をアストラゼネカが主導しているといいます。北欧では23の施設で試験を行っており、デンマークではこのうち8つの施設で乳がんに関する4つの試験が進行中。今後、胃がんや大腸がんなどでも臨床第2相(P2)試験が開始される予定だといいます。
その上で同氏は、デンマークでは今後、後期臨床試験に注力することはもちろん、P1試験など早期の試験を積極的に進めていきたいと話しました。第一三共ノルディックには社内の臨床開発チームがまだなく、アウトソースを含むコラボレーションによってこれを実現したいといいます。
世界的なライフサイエンスクラスター
ブレグジット後のEUでも存在感を発揮すべく、デンマークは国を挙げて臨床研究開発への取り組みを強化しています。
2018年には、国内の医療機関と連携し、臨床試験の実施を支援するトライアル・ネーションが設立されました。公的機関も巻き込んだ同組織の取り組みにより、国外からの開発投資は加速しているといい、たとえば、米アムジェンは今年1月に同組織に参画しています。このほかにも、患者自身が将来的な臨床試験への関心を登録するプラットフォームの構築や、治験の分散化、医師が臨床試験に取り組みやすい勤務体制の整備などを進めています。
デンマーク東部からスウェーデン南部にかけては、ライフサイエンスクラスター「メディコンバレー」があり、大手製薬からバイオテック、メドテックのスタートアップも含めて350以上のライフサイエンス関連企業が集積。がんや糖尿病、中枢神経系疾患、幹細胞研究、マイクロバイオームといった分野では、世界トップクラスの研究拠点となっています。中でもがん領域では、国立病院内にP1/P2試験ユニットがあり、メディコンバレー中から被験者を集められる体制を構築しています。