製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
Ryotaro Ako(りょうたろう・あこう)慶応義塾大学大学院理工学研究科修了後、公認会計士試験に合格。EY新日本有限責任監査法人、株式会社レノバを経て、2021年3月にアトピヨ合同会社を設立。自らもアトピー経験者で、患者らへのヒアリングをもとに「アトピー見える化アプリ-アトピヨ」を開発した。 |
「患者の方だけを向いて、患者のために作っている」
――「アトピヨ」は来月、リリースから3年を迎えます。アトピー患者のコミュニティとしては日本最大級だそうですが、短期間でこれだけのユーザーに受け入れられた要因をどう考えていますか。
ユーザーニーズからスタートしたのが大きいと思っています。前々から漠然と「アトピー患者のためのウェブサービスやアプリを作りたいな」と思っていて、その時に100人以上の患者にアンケートをとりました。「どういうことに悩んでいるか」「どんなサービスがあったら使ってみたいか」といったことをヒアリングし、そこから開発をスタートしたんです。
個人で始めたということもあり、患者さんの方だけを向いて、患者さんのために作っています。そこがずれてしまうとアプリ自体が成り立たなくなってしまうので、ユーザーへのヒアリングには特に力を入れています。
――「写真で記録・共有する」というアプローチはこれまでなかったものですよね。
私自身も含め、自分の患部の画像を人目にさらすという発想がなかったんです。でも、アトピーの方と話す中で、ほかの人の治療経過を画像で見たいというニーズがあることがわかりました。アトピーは慢性疾患で、薬を塗ったらすぐ治るということはありません。治るまでに時間がかかる人がほとんどなので、ほかの人の治療経過がわかれば、自分の治療にも参考になります。
実際にサービスを公開して思っているのは、アトピーに特化した匿名の画像SNSだからこそコミュニケーションしやすい面があるということです。これまではクローズドな空間がなく、ツイッターなど既存のSNSを使って情報交換することがほとんどでしたが、文字で「カサカサしてる」「赤みがある」と書かれてもよくわからない。イメージを共有できることで交流しやすくなったのではないかと思っています。
自らプログラミングを学んで開発
――Akoさん自身もアトピー経験者とのことですが、開発の経緯について教えてください。
私はもともとアレルギー体質で、アトピー性皮膚炎と喘息、アレルギー性鼻炎の3つのアレルギー性疾患を経験しています。
こうした活動を始めた大きなきっかけは、5年半前ほどに家族で行った旅行です。古い旅館に泊まったのですが、子どもがはしゃいで絨毯や布団の上で跳ねた時にハウスダストが舞い上がり…。強いアレルギー反応が出てしまって、救急搬送されたんです。それがきっかけで、アレルギー性疾患の患者さんのために何かやりたいと思うようになり、2017年からは患者会でボランティア活動もしていました。
アプリを開発するにあたってアトピー性皮膚炎を選んだのは、患者さんの深刻度などを考えていくとアトピーが最も重要だと思ったからです。当初はアプリケーションを開発してくれるプログラマーを探したんですが見つからず、結局、オンラインスクールに入って自分で開発しました。
――薬剤師のAkiko Akoさんはどのように開発に関わったのでしょうか。
妻のAkikoからは、薬剤師目線もそうですが、女性目線、ユーザー目線でアドバイスをもらっていました。アトピヨのユーザーは6割が女性なので、ユーザーインターフェースについても意見をもらっています。「アトピヨ」という名前も、妻のママ友にアンケートをとり、そこから選んだものです。
妻に意見をもらったのは、たとえば、「投稿時に過去の写真を時系列で参照する」機能です。もともとは直前の写真との比較しかできなかったのですが、アトピーは季節性もあるので、数カ月前、1年前との比較もできたほうが良いということで実装しました。
「アトピヨ」の画面。患者が投稿した患部の写真を部位ごとに検索でき、経過を見ることができる
「新薬開発」などで製薬企業と連携へ
――今年の3月に会社を設立される以前は、公認会計士として働きながらアプリの開発・運営をしていたんですよね。アトピヨ1本で行こうと思った、そしてビジネスになると判断した理由はなんでしょうか。
まず、「1本で行こう」と思った理由は2つあります。アトピヨの現在のダウンロード数は1万8000。十分良い数字ではありますが、伸びが線形的なんです。日本アトピー協会によれば、日本にはアトピー性皮膚炎の患者が約600万人います。でも、今のペースでは私が生きている間にそこまで到達しない。もっと多くの人にアトピヨを知ってもらい、ダウンロード数を加速していく必要があると考えました。もう1つは、製薬企業や医療機関との連携を見据えたのが理由です。
ビジネスになると判断したのは、アトピー治療を取り巻く環境が劇的に変わっていると感じているからです。数年前から効果的な新薬が出てきて、アトピー患者の日常生活も大きく変わりました。加えて、「ペイシェント・セントリシティ」や「デジタル化」に注目が集まっています。アトピヨがやっていることは、こうした環境で新薬の開発に役立つんじゃないかと思い、ビジネスになると考えました。
――どのような連携を考えていますか。
製薬企業とは、「疾患の啓発」「患者調査」「新薬の開発」で連携できるのではないかと考えています。
疾患啓発では、企業のサイトとの連携を考えています。アトピヨ内でユーザーが企業の疾患啓発サイトを見られるようにすることで、適切な治療につなげていきたい。患者調査では、新たにクエスチョンを投げることももちろんですが、過去にアトピヨに投稿されたデータから患者さんの悩みを探っていくこともできると考えています。
新薬開発は、治験に参加したい人と実施医療機関を結び付けることなどを考えています。効果的な新薬が早く世に出ることにつながれば、それが患者さんのためになりますから。
――医療機関との連携ではどんなことを考えているのでしょうか。
オンライン診療との連携を考えています。アトピヨには患者さんの撮った画像が蓄積されるので、医師側もこれまでの経緯がわかる。画像を使うことで、診療の質が上がるのではないかと思っています。
交流が治療のモチベーションに
――皮膚科の医師を対象に2019年に行ったアンケートで、アトピー性皮膚炎では治療継続や適正使用が課題になると考察していました。コミュニティでの交流はこういった課題にどんな影響を与えていますか。
アトピヨでは部位ごとに治療経過を見ることができるので、良くなっていればそれがそのままモチベーションになります。一方で、改善が見られない時には、ほかのユーザーがフォローしてくれる。応援のコメントや反応が来ることで、ひとりじゃないと思えますから、そういった効果はあるのかなと思っています。
「アトピヨ」の画面。ユーザー間で交流ができる。顔写真は非公開にすることも可能
適正使用については、私に医療系のバックグラウンドがないので、運営として積極的な関与はしていません。これから、製薬企業や医療機関と連携する中で進めていきたいと考えています。
――最近はペイシェント・セントリシティの取り組みとして「患者のことを知ろう」という動きもありますが、適正使用が課題となる背景には、医療者や製薬企業が患者さんの悩みを把握しきれていないという面もあるのでしょうか。
QOLや日常の悩みについては、製薬企業や医師は理解されているかなと思います。どちらかというと、アトピーでない方に伝えていくことが大切だと思っています。
アトピーは見た目にダイレクトに出るので、小さい頃からいじめにあったり、社会人になっても傷ついたりすることがあります。日常生活での辛さをもっと社会に発信していくことが必要で、そのためにもアトピヨのデータをうまく活用できたらと思っています。
――今後の展望を教えてください。
ダウンロード数としては、まずは現在の約4倍にあたる6万ダウンロードを目指しています。これは国内の患者数600万人の1%。その先は60万を目指そうと考えています。
長期的には海外でも展開していきたいです。世界中のアトピー患者にアトピヨを使ってもらってデータを蓄積し、それを新薬開発や診療に活用してもらう。将来的にはAI(人工知能)を使った画像診断にも取り組みたいと思っています。そうやって巡り巡って患者さんに還元されていくサイクルを作りたいと考えています。まずは日本で普及させて、次は2700万人の患者がいるアメリカを目指したいです。
(聞き手・亀田真由、写真はAko氏提供)