[ロイター]米FDA(食品医薬品局)は6月7日、バイオジェンのアデュカヌマブをアルツハイマー病の根本原因に対する初の治療薬として承認した。同社の株価は急上昇したが、臨床的なエビデンスをめぐっては論争がある。
バイオジェンによると、「ADUHELM」の製品名で販売される同薬の価格は、年間5万6000ドルになるという。バイオジェンの株価は前日終値から38%高で取引を終え、パートナーであるエーザイのADR(米国預託証券)も56%高と急騰した。
「患者にとって朗報」「驚き、失望している」
アデュカヌマブは、アルツハイマー病患者の脳内に蓄積したアミロイドβ(Aβ)を除去することで、疾患の悪化を抑制するとされる。
アルツハイマー病の専門家であるメイヨー・クリニックのロナルド・ピーターセン博士は「これまで承認された疾患修飾薬はなく、アルツハイマー病患者にとって朗報だ」と喜ぶ。一方で「これはアルツハイマー病を根治する薬ではない。期待されているのは、疾患の進行を遅らせることだ」と注意を促し、「今日は非常に重要な日になったと思うが、過度な期待は禁物だ」と話した。
FDAは、アデュカヌマブの臨床試験データは複雑であるとしつつ、「ADUHELMが脳内のAβプラークを減少させるという実質的なエビデンスがあり、プラークの減少は患者にとって重要なベネフィットを予測する合理的な可能性があると判断した」としている。
アデュカヌマブをめぐっては、患者団体や一部の神経科医から承認を望む声が上がっていた一方、臨床試験の結果には一貫性がなく、さらなるエビデンスが必要だと指摘する医師もいた。
ジョンズ・ホプキンス大の医薬品研究者で、アデュカヌマブの承認に否定的な見解を示したFDA諮問委員会に出席していたケイレブ・アレキサンダー博士は「驚き、失望している」と語った。「メーカーとつながりのある科学者でも、エビデンスが全体として説得力を持つと考える科学者を見つけるのは難しい」とアレキサンダー氏は言う。
新たな臨床試験を要求
アデュカヌマブの実際の価格は、投与量や割引によって変わる。費用の大半を負担するのは、医療保険者と政府のメディケア・プログラムだ。
アデュカヌマブは、脳内のアミロイド斑に含まれる特定の成分に陽性反応を示す初期のアルツハイマー病患者を対象に臨床試験が行われた。しかし、今回のFDAの承認は、特定の患者グループだけを対象としたものにはなっていない。このため、投与対象となる患者は想定よりも多くなる可能性がある。
米民間保険シグナのスティーブ・ミラー氏によると、ほとんどの保険会社は、同薬への保険の適用を臨床試験に参加した患者と同じような患者に限定するだろうと指摘する。ミラー氏によると、米国では同薬の対象となる患者の85~90%がメディケアでカバーされているという。「メディケアを含む保険会社が、臨床試験より広い範囲の患者に同薬を提供するとしたら、私は非常に驚く」とミラー氏は話している。
FDAは、バイオジェンにADUHELMの臨床的有用性を検証する承認後試験の実施を求め、意図した効果が得られないことが明らかになった場合は、市場から撤退する可能性があるとしている。
アルツハイマー治療薬研究基金(ADDF)のチーフ・サイエンス・オフィサーであるハワード・フィリット博士は「FDAは正しい判断をしたと思う。これにより、患者はこの薬を使えるようになり、メーカーはそのベネフィットを証明するために多くの研究を行う。皆にとってWin-Winだ」と話している。
臨床試験では、一部の患者で脳の腫れが発生した。FDAは、この副作用を経験した患者はきちんとモニターすべきだが、必ずしも投与を中止する必要はないと勧告した。
年間売り上げ1兆円
バイオジェンは、米国では約150万人が月1回アデュカヌマブを点滴する治療の対象になると推定している。懸念されるのは、医療システムへのコストだ。
アルツハイマー病協会によると、アルツハイマー病を患う米国人は現在600万人。2050年には1300万人に増加すると予想されている。
グッゲンハイムのアナリストであるヤティン・スネジャ氏は「アデュカヌマブはピーク時に少なくとも年間100億ドルの売り上げを達成する可能性がある。発売が成功すれば、バイオジェンは会社の姿を一変させる可能性がある」と話す。
バイオジェンは、主力の多発性硬化症治療薬「テクフィデラ」や成長ドライバーである脊髄性筋萎縮症治療薬「スピンラザ」が、競合により売り上げを落としている。アデュカヌマブは、同社の収益成長の見通しにとって非常に重要だ。
ウォール街のアナリストは、アデュカヌマブがFDAの承認を取得すれば、多くのメガファーマが失敗続きで見捨ててきたこの分野を、再び活性化させることができるのではないかと予測していた。従来の治療法は、症状を緩和するだけのものだった。
アデュカヌマブの承認を受け、アルツハイマー病治療薬を開発しているほかの製薬企業の株価も急上昇した。ACイミューン(スイス)とアナヴェックス・ライフ・サイエンシズ(米)は14~17%上昇し、イーライリリー(米)とアクサム・セラピューティクス(米)も5%を超える上昇となった。
(Deena Beasley/Julie Steenhuysen、翻訳:AnswersNews)