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「製薬企業と患者をつなぐプラットフォーマーに」Buzzreach・猪川崇輝CEO|ベンチャー巡訪記

更新日

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

猪川崇輝(いのかわ・たかてる)学生時代はデザイン・インテリア・建築を学ぶ。治験被験者募集を手掛けるクリニカル・トライアルに2005年の立ち上げから参画。クロエ(現3Hホールディングス)にも創業時から携わり、取締役を務めた。2017年に独立。同年6月、共同創業者の青柳清志氏(COO)とBuzzreachを設立した。

 

既存プレイヤーと「よりパワーのあるリクルートメント」を実現する

――製薬企業や医療機関向けのSaaS(Software as a Service)プラットフォーム「puzz(パズ)」を運営しています。特に、臨床試験の被験者募集などに焦点を当てていますね。

puzzは、製薬業界の全体的な課題を解決するための受け皿となるサービス。ここにたくさんの機能を入れて、プラットフォーム化していきます。数ある業界のペインのうち、まずは治験における患者さんのリクルーティングをターゲットにしようと考え、1つ目の機能として、治験の情報公開や被験者募集を支援する「smt(エス・エム・ティ)」を搭載しました。

 

僕はクロエ(現3Hホールディングス)に創業期から関わっていて、被験者募集に関する経験値がありました。最初に被験者募集を選んだのは、それが1つのきっかけです。

 

――smtではどのように支援を行っていますか。

被験者募集の事業には、ここ10年ほどで僕の古巣も含めて複数の企業が参入してきています。

 

よく知られるように、製薬企業の開発パイプラインは、糖尿病などの患者数の多い領域から、がんや希少疾患にシフトしています。以前はマス広告でも患者にリーチできていましたが、今では複数のリクルートメントベンダーを使わざるを得なくなり、製薬企業にとっては契約と実務の両面でベンダーの管理が課題となっている。その上、リクルートした患者を医療機関に紹介する方法もベンダーごとに異なるため、治験を行う施設にも負担がかかってしまっているのが現状です。

 

僕たちがsmtに託した役割の1つは、puzzという1つのサービスで、製薬企業と医療機関の双方が複数のベンダーを管理できるようにすることでした。

 

――既存のリクルートメントベンダーと競合するのではなく、それらを取りまとめる役割を担おうということですね。

そうです。僕たちは、既存のプレイヤーと一緒になって、よりパワーのあるリクルーティングを実現することを目指しています。コンセプトを理解してもらうのに少し時間はかかりましたが、今はほとんどのリクルートメントベンダーが参画しています。

 

治験情報の公開を推進する「インフラ」に

加えて、smtには「治験の情報を一般の生活者に向けてオープンにする」というインフラの役割もあります。製薬企業が実施医療機関、試験期間、募集状況といった治験情報をsmtに登録すれば、僕たちが運営している患者向けのプラットフォームに情報を掲載できますし、提携している被験者募集企業(PRO)やヘルスケアメディア、患者会・患者支援団体にも情報を共有することが可能です。そうしたところで公開情報を見た人は、実施医療機関に治験への参加を申し込むことができます。

 

日本ではこれまで、治験に関する情報はブラックボックスでした。被験者募集は実施医療機関を通して行うものであり、リクルートメントベンダーを活用するのは製薬企業にとって最後の手段とされてきました。けれど実際は、日本で行われる治験の6~7割が被験者募集で苦戦しています。業界でも昨今、治験の情報を公開する方向へと考えが変わりつつあり、それにあわせて情報を一元管理できるインフラを整備しようと考えました。

 

――こうしたコンセプトは、起業した当時からあったのでしょうか。

起業から1カ月後にはプロダクトの制作に入っていたと思います。もともと同じ業界にいたので、リクルートメントが大きな課題の1つだと感じていましたし、それ以外にも患者に薬が届くまでにさまざまな課題があることも知っていました。

 

僕たちの強みは、僕と共同創業者の青柳がこの業界で約15年活動してきたこと。業界の課題を解像度高く理解できていたし、コネクションもあった。特に僕は前職で営業側の担当役員をしていたので、プロダクトを制作する時に「こういうものが世に出たらどうか」と製薬企業にヒアリングして回れたのは大きかったです。

 

「アナログ」と「医師中心」が課題

――この業界に長く関わってきた中で、猪川さんが大きな課題意識を感じていたのはどんなところですか。

たくさんありすぎて、「ここ」とは言えません。患者調査、フィージビリティ調査、施設選定といった治験の準備段階から、治験中の患者サポート、製造販売後のマーケティングまで、それぞれの段階で「テクノロジー化したらいいのではないか」という課題があり、それがpuzzのカバーする範囲につながっています。決して、リクルーティングが1番大きな課題というわけではありません。

 

【「puzz」のカバー範囲と臨床開発から製販後までの課題】 <治験実施医療機関・患者> →患者課題→フィージビリティ調査・施設選定(フィージビリティ)→治験業務・プロジェクト管理(プロジェクト管理※開発中)→治験情報公開・被験者募集(smt※リリース済)→患者サポートリテンション(スタディ・コンシェルジュ※リリース済)→承認後情報公開・製販後マーケティング(ミライク※テスト版リリース) →「puzz(パズ)」臨床開発から製販後マーケティングまでの課題解決SaaSプラットフォーム →<製薬企業> |※Buzzreachの提供資料(21年4月時点)をもとに作成

 

患者調査の段階では、リアルな患者の声を聞くことが難しいし、医療機関・医師の実績やそこに通う患者の情報が開示されていれば、フィージビリティ調査ももっとスムーズになるはず。試験の運用管理をめぐる課題も、根深いものがあります。

 

これらに共通する課題は2つあって、1つは環境がまだまだアナログだということ、もう1つは患者が医薬品開発の中心ではなかったということ。最近でこそ「患者中心」の考え方が浸透しつつありますが、治験の計画や進め方、施設選定など、これまで医師を中心としてきた部分が残っている。僕らは、こうしたプロセスごとの課題を1つ1つ埋めていくことを考えていますので、企業や医療機関には、必要に応じて使ってもらえたらと思っています。

 

――すべての機能を使う必要はないということでしょうか。

それでも問題ありません。puzzはライフタイムバリューの長いサービス。理想としては、全てのセクションで使ってもらって、治験準備から薬の承認まで10年くらいかかるところを7年に短縮したいと考えています。これまでに関わった治験は200を超えています。

 

「インプットを強制しないPRO」

――smt以外に、被験者用アプリ「スタディ・コンシェルジュ」や患者コミュニティ「ミライク」といった機能を開発しています。

スタディ・コンシェルジュは、被験者に服薬のタイミングを知らせたり、リテンションにつながるリワード(激励など、金銭的ではないもの)を送ったりすることで、CRCの業務を支援するものです。製薬企業と被験者をつなぐ機能もあり、企業が参加者全体にメッセージを送ったり、試験デザインについてアンケートをとったりできるようにしています。

 

一方、ミライクは患者コミュニティのSNS。フロントサービスとしては、治療だけでなく、生活やお金など家族以外には相談しづらい悩みを患者間で共有し、アドバイスし合うQ&Aアプリです。よりアクティブなコミュニティにするため、治療歴や服用薬などを材料にして、なるべく境遇が近い人同士をマッチングする仕組みを考えています。昨年、DeNAと共同開発で提携し、彼らにコンシューマービジネスの経験値を注いでもらっています。

 

――既存のサービスとの違いはどこにありますか。

ミライクでは、SNSでのやり取りなどを匿名のPRO(patient reported outcome)データとして収集し、製薬企業にフィードバックする出口戦略を考えています。これまでのPROは、患者へのインセンティブがなく、なかなか継続しないという課題がありました。

 

一方、ミライクはSNSなので、ユーザーがより自分と近い人とマッチングするためにヒストリーを細かく書くとか、日々の体調をロギングするとか、そういう行動変容にもつながり得る。結果的に業界が求めるPROデータが集まるんじゃないかと仮説を立てて設計しています。企業には、提供したデータをプロモーションや研究開発の活動に役立ててもらい、長期的には患者にとってプラスとなるサイクルを作りたいと考えています。

 

ミライクは、PROとして「ユーザーにインプットを強制しない」を1つのコンセプトにしています。ただし、そうでありながらも、puzzのアカウントを持つ製薬企業が、自社製品を使っている患者を対象にした観察研究を行える、といった余地も作っている。その場合、参加するかどうかはユーザー自身が決め、個別企業が行う調査プログラム内で服薬記録をつけることになります。

 

ミライクとスタディ・コンシェルジュは別のアプリですが、将来的にはつないでいきたいと考えています。「当時の被験者が今どうしているのか」という製薬企業のニーズもありますし、アプリをつなげることで追跡調査もやりやすくなると思っています。

 

 

「コロナワクチンはユーザーからデータを収集するきっかけになる」

――今年1月には、新型コロナワクチンを念頭に、接種者追跡・安全性情報収集アプリ「VOICE」の提供を開始すると発表しました。

もともとVOICEは、ミライクの中の1機能として実装する予定でしたが、急遽、新型コロナワクチンの接種者にフォーカスする形でプロダクト化しました。夏ごろの実装をめどに機能を開発しています。

 

製薬企業が、自社製品を使っているエンドユーザーから、使用感や定量・定性データ、副反応情報を直接収集して、研究やプロモーションに活かすというのは、僕の知る限りではこれまでほぼやられていません。でも、今回は緊急の承認で、企業もそうした情報を積極的に取りに行かざるを得ない背景がありました。

 

発表後はポジティブな反応をもらえていて、共同開発を進めている企業もあります。VOICEでは、ユーザーに体調の記録や副反応の報告をしてもらった時に、「同じような症状が出た人がどれくらいいるのか」を提示する機能をつける予定で、報告はリアルタイムで全ユーザーにシェアされます。こうした対応は、これまでならまず考えられませんでしたが、企業側もやりたいと言ってくれています。

 

――安全性情報の収集は以前からの課題ですね。

いずれはワクチンだけでなく、全ての製品がこうなるのではと考えています。薬は主観情報が絶対ではないので、オープンにしづらいところはありますが、それでも、普通のECサイトのように評価やコメントができないことには疑問も感じていていました。コロナワクチンは、そうした動きのきっかけになると思っています。

 

これまで、患者と製薬企業の間には当たり前のように医師がいて、直接つながることは考えづらかった。将来的にテーラーメイド医療も実現していくと思いますが、その時に「いま私はこういう状況だから、あの製薬企業のあの治療法が良いかも」と患者自身が考える世界になっていくべきだと思うんです。

 

今は、リテラシーが高い人は自分で調べることもありますが、大抵の患者は近くの医療機関を受診するだけですよね。もちろんそれも良い方法なのですが、医師の知識が完璧かというと、そうとも限らない。一般の生活者も、最低限の知識を持って医師とコミュニケーションできるようになっておくべきだと考えていて、ミライクやVOICEでそういったリテラシーの底上げもできたらと思っています。

 

――将来的にどういった存在になりたいと考えていますか。

コロナ禍で、一般の人にも「治験/臨床試験」「新薬」という言葉が浸透してきました。これは、「患者中心」がより浸透するひとつのきっかけになると思っています。その中で、僕たちは製薬企業と患者さんをつなぐプラットフォーマーになりたい。

 

最近、バーチャルスタディやDCT(分散型治験)が注目されています。環境を変えていくには、少しずつでもテクノロジーを入れていかないといけませんが、その決定は製薬企業に託されている。だからこそ僕らは、彼らが納得できるものを作れるよう、レベルアップしていきたいと思っています。

 

(聞き手・亀田真由)

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