抗真菌薬に睡眠薬が混入し、多くの健康被害を出したとして、過去最長となる116日間の業務停止命令を受けた小林化工。4月16日、社外の有識者で構成する特別調査委員会の報告書が公表されました。「上位者の指示は絶対で、下からの問題提起は許されない」「考えることをやめ、黙って従うしかなかった」。報告書には、違法製造を生んだ異常な企業風土を訴える従業員の声が記録されています。
「経営陣が違法製造を放置」
公表された特別調査委員会の報告書は、概要版で135ページに及びます。今回問題となった「イトラコナゾール錠50『MEEK』」の睡眠薬混入について、報告書は「経営陣が、承認書と異なる製造がなされ、手順が管理されていない状態にあることを認識しながら、解消に向けた抜本的な措置を講じることなく放置していたことが根本的原因」と厳しく指摘。小林化工では、GMPに反する違法な製造が常態化していて、報告書を読んだ業界関係者は「製薬企業の体をなしておらず、絶句した」と話します。
報告書によると、混入を起こした「矢地事業所」では、製造している360製品のうち131製品で承認書と製造実態に齟齬が見つかり、313製品でGMP管理されていない非正規の製造記録が作成されていたほか、別の「清間事業所」でも143製品中52製品で承認書との齟齬が見つかりました。
245人に健康被害
承認書から逸脱した製造手順は「現場フロー」と呼ばれる書類に記載されていて、作業者は正規の書類である製造指図・記録書ではなく、現場フローを参照しながら作業を実施。実際の製造記録も現場フローに記載され、正規の書類には製造実態を反映していない架空の数字を記載していたといいます。
イトラコナゾール錠50「MEEK」に睡眠薬リルマザホン塩酸塩水和物が混入した事案も、こうしたGMP違反がはびこる中で起こりました。調製工程の後混合工程で原薬を追加投入した際、作業者が誤ってリルマザホン塩酸塩水和物を投入。調製工程で原薬を追加投入すること自体、承認書から逸脱した手順で、最終検査で異常を示すデータが出ていたものの、混入は見落とされていました。
同社によると、問題のイトラコナゾール錠50「MEEK」は344人に処方され、うち245人に健康被害が発生。1人が死亡し、38人が車を運転中に意識を失うなどして事故にあいました。
「GMPなき生産拡大」
小林化工は、1946年に一般用医薬品や配置薬を製造販売する小林製薬所として発足。61年に小林化工が設立され、医療用医薬品の製造販売を始めました。2000年代半ば以降は、国の後発医薬品使用促進策を追い風に、業容を急速に拡大。受託製造や共同開発を積極的に行い、19年の売上高は369億8700万円と、00年(16億2000万円)の22.8倍に達しました。
しかし、その裏では不正行為が横行していました。創業家3代目のトップである小林広幸社長は、製造管理者や総括製造販売責任者を歴任しており、承認書と製造実態に齟齬があることを把握していたものの、これを黙認。小林社長ら経営陣は、調査委員会のヒアリングに対し、「『安定供給責任』を負っているがゆえに、承認書と齟齬した製造をただちに止めることができなかった」と是正を先送りした理由を述べていますが、報告書は「安定供給とGMP順守は車の両輪。(安定供給は)違法製造を正当化するものではない」と断じています。
出荷優先、品質軽視
報告書で浮き彫りになったのは、出荷を優先し、品質を軽視してきた小林化工の姿勢です。同社は2000年代半ばから生産量を急拡大させていますが、製造や品質管理・品質保証に携わる人員の拡充が追いつかず、製造現場には大きな負荷がかかっていました。報告書によれば、計画的な人員増強が行われず、教育・訓練が不十分なまま製造現場に配置されることが繰り返されていたといいます。
調査委員会が従業員を対象に行った調査では、「ダブルチェックを行うことが困難な人員体制だった」「製造スケジュールが人員体制のキャパシティを超えている」との指摘が多く寄せられたといいます。現場は、生産余力が考慮されない出荷スケジュールに追われていました。同社では、睡眠薬混入が発覚する1年ほど前にも、機械の洗浄不足が原因と考えられる異物混入が起こっていますが、その際も適切な逸脱報告はなされず、異物を手作業で取り除くことで処理。これも「スケジュールの遅れを回避したい」という心理が働いた結果でした。
報告書は「小林化工は、GMP順守という車輪が欠けた状態になっているにもかかわらず、急激な生産拡大により、安定供給責任を負う製品を自ら増やし、コントロールが不能な状態に陥っている」と指摘。現場のGMPに対する意識は低く、品質保証部門も脆弱で、ガバナンスは機能していませんでした。
「軍隊のような組織」
不正が行われていたのは、製造部門だけではありませんでした。研究開発部門でも、申請用の安定性試験の実施日を改ざんしたり、申請書の記載と異なる方法で製造された製剤で申請用の安定性試験を行ったりといった法令違反が発覚。改ざんの理由は、他社より申請が遅れることを回避するためだったといいます。厚生労働省は、申請にあたって不正のあった12製品の承認を取り消す方針で、小林化工は4月21日、発売前の1製品を除く11製品の自主回収を始めました。
不正の体質は、製造部門以外にも及んでいたことになります。それを許す温床となったのが、小林化工の異常な企業風土です。報告書によると、調査委員会のヒアリングに対し、多くの従業員が「小林化工では、上位者の指示は絶対で、下からの問題提起が許されない風潮があった」と述べ、同社の「風通しの悪さ」を指摘しています。
退職余儀なくされた人も
ある中途入社の従業員は、調査に対して「軍隊のような組織」と話し、別の中途入社の従業員は「小林化工では、従業員は管理の対象であり、育成の対象ではなかった」と述べました。総括製造販売責任者に業務改善の提案を行ったところ、露骨な拒否反応を示された中途入社の従業員や、問題を上長に相談すると「でしゃばるな」と叱責されたベテラン従業員もいて、このベテラン従業員は「考えることをやめ、上司の指示に黙って従うことしかできなかった」と話しました。
従業員の中には、不正に対して強い罪悪感を覚える人もおり、実際に問題提起がなされることもあったようですが、改善されることはありませんでした。かつての品質管理責任者は、調査委員会のヒアリングに対し「『回収すべきだ』と言われ、『上に伝える』と言ったが、特段の対応はとらなかった。回収を避けるのは当時の会社の方針だった」と話し、そうした状況に耐えられず、退職したり部署異動を余儀なくされたりした従業員者もいたと振り返っています。
×××
小林化工に必要なのは、再発防止策ではなく、製薬企業として新たに生まれ変わることだ――。調査委員会は報告書でこう指摘します。同社は、福井県に提出した業務改善計画で、小林社長と妻の小林順子副社長が引責辞任し、後任は社外から招く方針を表明。総括製造販売責任者も社外から招き、取締役に就任するとしています。経営陣を刷新して再起を図りますが、清間工場は4月10日に業務停止が明けても製造を始めることができておらず、業務再開はまだ見通せません。失った信頼を取り戻すのは容易ではなく、再生には険しい道が待っています。
(前田雄樹)