製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。今回は番外編として、ライフサイエンスの分野でスタートアップ企業の支援にも注力する一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)を訪ね、イノベーション創出支援の取り組みについて聞きました。
曽山明彦(そやま・あきひこ)東京大理学部物理学科卒業後、1986年に通商産業省(現・経済産業省)入省。人事院長期在外研究員として米国コロンビア大大学院(MBA)を卒業。 ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人のヴァイスプレジデントなど、外資系医療機器企業の日本法人幹部を歴任した。2016年3月からLINK-Jの理事兼事務局長を務め、21年4月から現職。東北大特任教授、厚生労働省医療系ベンチャー振興推進会議構成員なども務める。
三枝寛(さいぐさ・ひろし)東京大経済学部卒。1989年に三井不動産に入社し、国内留学で同大大学院法学政治学研究科を卒業。2016年4月から同社日本橋街づくり推進部事業グループ長兼LINK-J事務局次長を務め、21年4月から現職。三井不動産ライフサイエンス・イノベーション推進部長も務める。 |
「つなぐことに価値」
――この3月で2016年の設立から丸5年になりました。
三枝:LINK-Jは、バブル崩壊後から三井不動産が日本橋(東京都中央区)で進めてきた街づくりの一環として始めた事業です。「薬問屋の街」である日本橋で、地場産業の活性化を目指して開始しました。日本橋は、現在も30社以上が集まる医薬品産業の集積地。関西でも昨年、同じく薬問屋の街である道修町(大阪市中央区)に拠点をオープンしました。
われわれが目指しているのは、ライフサイエンスの分野でイノベーションエコシステムを構築すること。コミュニティづくりを担うLINK-Jと、オフィスやラボといった「場」を整備・提供する三井不動産が、一体となって事業を進めています。
LINK-Jの構想が持ち上がったのは7年ほど前。製薬企業にとって当時は、自社の研究所のようにクローズドな環境で薬を開発していればいいという時代が終わりを告げたころでした。オープンイノベーションが強く求められるようになっていましたので、それなら三井不動産にもできることがあるだろうと考えたんです。とはいえ、三井不動産はあくまで不動産会社ですから、コミュニティにはこの業界をよく知っている人に来てもらいたいと思い、さまざまな人に意見を聞きました。そうした中で、このアイデアを膨らませていた私の上司が曽山さんに声をかけたんです。
多様性からの連帯
曽山:設立の半年ほど前に声をかけてもらったと記憶しています。
当時、創薬の分野を中心に、スタートアップが初期の研究開発を行い、ある程度のところまで進んだら、そこから先は大手企業が開発と商業化を進めるという動きが海外で出てきていました。ひるがえって国内を見てみると、ライフサイエンスの研究分野は最先端であるがゆえに領域が細分化されていて、個々の企業の研究開発には頭打ち感があった。僕も、15年ほど医療機器業界に身を置く中で、それを実感していました。
僕がかつて勤めていたボストン・コンサルティング・グループには、「多様性からの連帯」という価値観があり、僕も含めたみんながそれに共感していた。そうしたこともあり、細分化され、多様性が薄れてしまったものを「つなぐ」ことに価値があると思って参画しました。
LINK-Jのメンバーにも「つなぐことが大事だ」ということを繰り返し伝えています。個々の領域で研究者と対等レベルの知識を持つことなんてできないし、いちいちやっていたらキリがない。僕たちの強みは、いろんな人を知っていること。5年間やってきて、そうした価値をつけられるようになってきたと思います。
三枝: われわれはこの事業で、「イノベーションの舞台をつくる」ことを意識しています。主役はあくまで、スタートアップ企業、アカデミア、製薬企業といったライフサイエンス領域のプレイヤー。私はよく、「劇場を作るのが三井不動産で、チケットをもぎり、スポットライトを当てるのがLINK-J」と表現していますが、主役がプレーするのに最も良い環境を作りたいと思っています。
「非利害関係者」だからこそ
――5年間の活動の手応えは。
曽山:LINK-Jは、ライフサイエンスに興味がある方を集めてつなげる「交流・連携事業」と、イノベーターと呼ぶ個人の方やスタートアップ企業を応援する「育成・支援事業」を手がけています。
LINK-Jのメンバーは、今年3月31日の時点で法人と個人を合わせて約500となりました。そのうち、大企業や中堅企業、スタートアップ企業、大学、公的機関などの法人会員が7割くらいで、残りの3割は個人会員。5年でここまでこれてよかったと感じられる数字です。
エコシステムとしての成功事例も出てきています。その1つが、AI問診のUbie(ユビ―)。今や100人を超える規模の会社になりましたが、実はLINK-Jも支援するアクセラレーションプログラム「ZENTECH DOJO NIHONBASHI」の出身なんです。共同代表の阿部吉倫氏と久保恒太氏は、起業前からプログラムに参加していたと記憶しています。
もう1つは、脳血管血栓除去デバイスを開発したバイオメディカルソリューションズ。同社は、開発者の若い兄弟が創業した企業です。17年に大塚ホールディングス傘下のJIMROに買収され、翌年には製造販売承認を取得しました。
イベントの8割はメンバー主催
三枝:うまくいくかどうかわからずに始めた事業でしたが、今は賛同を得て活動を広げることができています。三井不動産としても、オフィスやシェアラボの提供という形で「場づくり」に尽力してきました。テナントには、いわゆるスタートアップが約70社入居していますし、経済産業省の「InnoHub(Healthcare Innovation Hub)」や厚生労働省の「MEDISO(医療系ベンチャー・トータルサポート事業)」など、公的機関からもベンチャー企業向けの相談窓口の出先として選んでもらっています。
曽山:コミュニティとして、ビフォーコロナの2019年には518回のイベントを開催しました。そのうち、LINK-Jが主催・共催もしくは協賛しているのが2割くらいで、残りは特別会員と呼ばれるメンバーが主催したものです。コロナ禍以降はウェビナーに切り替え、去年は4~12月に218回のオンラインイベントを開催しました。
――参加者が主体的に動くようになってきているということですね。
曽山:そうだと思います。5年前と比べると相当変わってきました。「誰か一緒にやりませんか?」というオープンな声がけで生まれるイベントも増えてきているように感じています。欧米に比べれば小さいし、歴史も浅いですが、エコシステムができつつあるということは実感しています。
あるベンチャーキャピタル(VC)に言わせると、「日本は20年遅れだ」と。米国でエコシステム発展のきっかけになった法律があるんですが、日本でそれに相当するものができたのは、それからおよそ20年後でした。ギャップがあるのは仕方ない面もあります。大切なのは、ギャップをいかに縮めていくか、ということと、欧米のエコシステムから目利きや支援のやり方を学び、うまくワークするよう日本に適応させていくことだと思っています。
三枝:資金面も同じです。米国と日本では、スタートアップに流れる資金が2ケタくらい違う。もっとお金の流れを良くしないと、ビジネスモデルの変化にうまく対応できなくなってしまいます。
そうしたことを背景に、三井不動産は昨年からライフサイエンス系VCへのLP出資を始めました。三井不動産は製薬企業でも医療機器企業でもないので、利益相反がありません。中立的な立場をうまく使い、ロングタームで業界に資金を提供する事務局的な役割ができないかと考えています。
海外との連携にも注力
曽山:LINK-Jはもちろん、三井不動産も業界にとって非利害関係者なんですよね。だからこそ、主要な製薬企業やアカデミアもメンバーになってくれているのではないかと感じています。それに、ライフサイエンス領域の素人だからこそ、助けてくれる人がたくさんいる。この立場がプラスになっていると実感しています。
投資の話で言うと、LINK-Jもスタートアップの資金調達先探しをサポートしています。以前は国内が中心でしたが、最近は海外で資金調達先やビジネスパートナーを探したいという企業も増えていて、欧州のビジネスパートナーに向けたピッチを開催したりもしました。(LP出資などで)国内を太くするのも大切ですが、海外からお金を持ってくることも並行してやっていけたらと思っています。
――海外との連携は設立当初から注力している印象です。
曽山:もともと米国のライフサイエンスクラスターであるサンディエゴから始めていて、設立時からLINK-Jのロールモデルでもあるバイオコムやカリフォルニア大学サンディエゴ校と連携しています。欧州は英国を中心に提携を進めていますし、昨年には在京のデンマーク大使館ともMOU(提携に関する覚書)を結びました。
LINK-Jとしては、日本企業へのサポートはもちろん、海外のスタートアップや中堅企業の日本進出を手助けしたいとも考えています。提携先から紹介されれば、喜んで日本のパートナー探しを手伝いますし、イベントできっかけをづくりもする。逆も然りで、国内企業を海外の提携先につなぐこともあります。
「リアルビジネスに貢献」
――新型コロナウイルスは、LINK-Jの活動にどんな影響がありましたか。
曽山:コロナのおかげとも言えるかもしれませんが、ウェビナーによって日本全国や海外から参加者・登壇者が集まるようになり、距離や時間の壁を超えられるようになりました。
僕自身は「ライフサイエンスの領域で日本の存在感がどんどんなくなっている」という危機感を持っています。だからこそ、この機会にウェビナーを活用し、「日本にはこんなに面白いスタートアップがいるよ」「こんなすごい先生がいるよ」と発信したいと考えています。
三枝:参加者も、リアルで開催していたころと比べて2~3倍くらいに増えています。ここからは、時間と距離に加え、言語の壁も超えていきたいですね。
――反対にコロナで難しくなったことはありますか。
曽山:ネットワーキングですね。これまでのリアルイベントでは、登壇者と参加者はもちろん、参加者同士のつながりをつくる場として、イベント終了後にネットワーキングレセプションを設けていました。オンラインでもさまざまなトライアルはしていますが、まだまだ難しい。慣れていくしかないのかなと思っています。将来的には、リアルとオンラインをハイブリッドしていきたいです。
スタートアップであり続ける
――今後のスタートアップ支援のあり方について、どう考えていますか。
曽山:LINK-Jはイノベーションを促進する組織で、われわれ自身もスタートアップです。そうあり続けることが大切だと思っています。これからは、よりリアルビジネスに結びつきやすいイベントやプログラムを仕掛けていきたい。資金調達先はもちろん、CxO人材や研究者とスタートアップを結びつけるお手伝いをしたいと考えています。
三枝:その一環で、昨年秋には、「若手研究者のためのスタートアップによるキャリアフォーラム」と題して、ポスドクや博士課程の学生約130人を対象に、スタートアップで働くというキャリアについて紹介するイベントを行いました。
曽山:これまでの活動で、LINK-Jは今、個人ベースで約1万5000人のライフサイエンス分野の人とつながっています。培ってきた情報発信力を評価してもらい、産官学から「一緒にイベントをやろう」と声をかけてもらう機会も増えました。この力でリアルビジネスに貢献していきたいし、発信力は今後も強化し続けていきたいです。
(聞き手・亀田真由、写真はLINK-J提供)