2019年に本格運用が始まった医薬品の費用対効果評価制度。その第1号として、CAR-T細胞療法「キムリア」などの評価結果が公表され、薬価が引き下げられることになりました。ICER(増分費用効果比)をベースとする同制度には疑問の声もあり、時代や社会情勢によっても変わり得る「医薬品の価値」をどう判断していくのか、透明性と納得性の高い仕組みが求められます。
「キムリア」一部患者集団で「費用対効果悪い」
3月24日に行われた中央社会保険医療協議会(中医協)総会で、CAR-T細胞療法「キムリア」(ノバルティスファーマ)と喘息・慢性閉塞性肺疾患(COPD)治療薬「テリルジー」(グラクソ・スミスクライン)の費用対効果評価結果が了承されました。2019年4月に本格的な運用が始まって以降、この4月までに16品目が評価対象に選定されていますが、個別製品の具体的な評価結果が決まったのは今回が初めて。これに基づき、キムリアの薬価は7月1日付で4.3%引き下げられ、3264万7761円となります(現行薬価は3411万3655円)。
キムリアとテリルジーは、いずれも2019年5月に薬価収載されました。収載時の薬価が1患者あたり3349万3407円となったキムリアは、「著しく単価が高い」として「H3」の区分で選定。テリルジーは、ピーク時売上高予測が236億円と基準の100億円を超えており、「H1」の区分に該当するとして評価対象に選ばれました。
キムリアの場合、収載時の薬価は原価計算方式で算定され、有用性加算Ⅰ(加算率35%)と市場性加算Ⅰ(10%)がつきました。収載時に原価の開示度が50%を下回っていたため、費用対効果による価格調整は、営業利益と有用性加算の部分を対象に行われます。
ICER「750万円」の基準上回る
費用対効果評価制度では、企業と厚生労働省/国立保健医療科学院協議が協議して決めた枠組みに従って、まずは企業が分析を実施。その結果を、大学や研究機関に所属する専門家らで構成する「公的分析班」が検証・再解析した後、中医協での議論を経て総合的評価が決まります。キムリアは、▽再発または難治性のCD19陽性のB細胞性急性リンパ性白血病▽再発または難治性のCD19陽性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫――の2つの適応について、患者の年齢や比較対照薬によって複数のグループに分けて分析が行われました。
評価の結果、急性リンパ芽球性白血病の適応では、3つの分析対象集団すべてでICER(増分費用効果比、質調整生存年=QALYを1獲得するのにかかる費用)が「200万円/QALY以上750万円/QALY未満」となり、価格は妥当であると判断されました。一方、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の適応では、ICERは70歳未満の患者で「750万円/QALY以上1125万円/QALY未満」、70歳以上の患者で「1125万円/QALY以上1500万円/QALY未満」となり、基準となる750万円を上回りました。
評価を反映させた新薬価は、価格調整率を分析対象集団の割合に基づいて加重平均して決められました。キムリアの場合、集団ごとの患者割合は「企業秘密にあたる」として公表されていません。
一方のテリルジーは、薬価収載時の適応であるCOPDについて評価が行われました。同薬は気管支喘息に適応拡大していますが、COPDを対象とする企業分析が終了したあとに承認されたため、今回の評価では対象外となりました。薬価は、類似薬の「ビレーズトリ」「エナジア」とともに0.5%程度引き下げられます。
ICERの限界…製薬協は「透明性」「納得性」を主張
費用対効果評価制度は、高額な医薬品・医療機器が増える中、医療保険財政への影響を懸念して作られた制度。ICERをベースに価格調整を行う制度は、日本が初めてといいます。
費用対効果評価は現在、保険適用された医薬品の価格調整だけに使われています。ただ、財務省などは保険適用の可否の判断にも用いるよう求めており、中医協で検討が続けられている中、ICERでは多岐にわたる医薬品の価値を捉えられないとの声も上がっています。
東京大公共政策大学院の鎌江伊三夫特任教授は、「日本の制度は、ICERと価格を便宜的に関係づけているに過ぎず、論理的な正当性が不十分」と指摘。横浜市立大学学術院の五十嵐中准教授は、ICERだけではない医薬品の価値の考え方を議論する必要があるとし、「なぜ他国が(ICERベースの制度を)選択してこなかったのかというところから考える必要がある」と話します。
現行の制度では、公的介護費や生産性損失を含めた分析結果については、国内の知見に基づき行われたものを提出することが可能とされていますが、あくまで今後の参考としてであり、実際の価格調整には用いられません。こうした価値には数字で評価することが難しいものもありますが、アンケート調査などで価値の存在を認識し、できるだけ数値で示すことができれば、議論を深めることが可能になると考えられています。
製薬協 22年度改革に向け提言
日本製薬工業協会(製薬協)は今年2月、新型コロナウイルス感染症の拡大やDXの加速、財政悪化を受け、約2年ぶりに政策提言を策定。2022年度の薬価制度改革に向けた検討課題として、「新薬の評価体系の再編」「評価プロセスの改善」の2点を挙げました。
原価の開示度向上には一定の限度があるとして、類似薬選定の基準を見直すことで原価計算方式による算定を減らして透明性を向上することや、適応拡大の時に収載時薬価の妥当性を再評価する仕組みの必要性などを盛り込んでいます。
製薬協は特に、適応拡大が薬価引き下げにつながりやすい仕組みになっていることを問題視し、企業の開発意欲を削いでいると主張。特許期間中の薬価引き下げは、日本市場の魅力を損なわせ、ドラッグ・ラグの再燃につながると訴えています。一方で、国民の納得性を高めるためには、企業自身が医薬品の価値を主体的に説明できることと、価値の妥当性を評価する第三者機関の存在が必要になると指摘しています。
医薬品の価値は不変ではなく、時代や社会情勢等によっても変わり得るものです。その中で考慮すべき社会・経済・倫理的な側面も変化していきます。製薬協のシンクタンクである医薬産業政策研究所の調査によると、一般の国民にとっては、「医療資源の逼迫の解消」「不確実性の低下(治療効果・副作用が事前にわかること)」「介護負担の軽減」などが医薬品の価値の重要なファクターであることが明らかになりました。
医薬品が持つ多面的な価値をどう捉え、価格に反映させていくのか。薬価制度全体を俯瞰し、透明性と納得性の高い仕組みを構築することが求められています。
(亀田真由)