今年2月、2030年に向けた新たな成長戦略を発表した中外製薬。3月にCEO(最高経営者)に就任した奥田修社長に話を聞きました。
奥田修(おくだ・おさむ)中外製薬社長CEO。1987年に同社に入社し、ロシュ・アイルランド社長、営業本部オンコロジーユニット長、経営企画部長、プロジェクト・ライフサイクルマネジメント共同ユニット長などを経て、2020年3月に社長COO(最高執行責任者)に就任。21年3月から現職。 |
世界のトップイノベーターになりたい
――CEO就任の抱負をお聞かせください。
中外製薬は、イノベーションを創出し、それを糧にグローバルで医薬品を開発し、販売できる、日本を代表する製薬会社になりました。そうした企業のCEO職を引き継ぎ、光栄であるとともに身の引き締まる思いです。
中外はこれからも、イノベーションの創出に注力していきます。今回、新たな成長戦略を策定しましたので、それを実行していくことが私の大きな使命です。2030年には、世界のヘルスケア産業のトップイノベーターになりたい。新しい経営体制の下、一丸となってそれに邁進していきます。
――事業環境に対する現状認識と将来展望は。
世界的に薬剤費に対する抑制圧力が高まっており、それはこれからも変わらないと見ています。新型コロナウイルスの感染拡大によって、各国ともかなりの財政出動を行っている。そのツケが回ってくる形で、医療費、中でも薬価への引き下げ圧力は強くなると考えています。
非常に厳しい状況ではありますが、チャンスもあると思っています。医療費が抑制される状況の中では、価値の高いソリューションや医薬品が自ずと選ばれるようになり、そうでないものは淘汰されていく。そうした傾向は今後、どんどん強まっていくでしょう。価値が高いものをつくり、それをしっかりとデータで証明することができる、そんな企業が自然と選ばれ、残っていく。中外はこれまでも、価値の高い革新的な医薬品の創出に取り組んできました。それを継続し、さらに強化していけば、勝っていけるのではないかと思っています。
もう1つ大切なのは、企業経営においてESG(環境・社会・ガバナンス)という考え方が強くなってきていることです。単に事業をしていればいいということではなく、社会や環境への影響を考えながら事業を行っていくことが重要になってきています。中外も環境に対する取り組みを強めていますし、社会への取り組みはビジネスの中核そのもの。経営ガバナンスにもかなり力を入れています。今後の事業環境という点では、そうした社会的な要請への対応も考えていかないといけません。
「RED」が価値創造のエンジン
――2月に発表した成長戦略では、5つの改革として▽創薬▽開発▽製薬▽バリュー・デリバリー▽成長基盤――を掲げています。トップイノベーターを目指す上で、最も重要になるのはどれでしょうか。
成長戦略は、「世界最高水準の創薬の実現」と「先進的事業モデルの構築」という2つの柱を、5つの改革が支える構造になっています。改革はどれも重要なので、1つ選べと言われると非常に困ってしまうのですが、あえて言うなら「RED(Research and Early Development)」です。ここの価値創造エンジンを大きくしていくことが最も重要だと考えています。
ただ、そのためには、ほかのすべてのバリューチェーンについて、生産性の向上や効率化を進めていかなければならない。そうしてひねり出したものをREDに集中させ、生み出した価値によってさらなる投資を行うという好循環サイクルを作り出したいと考えています。
――成長戦略では「R&Dアウトプットの倍増」「自社グローバル品の毎年上市」という目標を掲げています。R&Dアウトプットの倍増は、どういった指標で見ていくのでしょうか。
究極的には、年に1つのグローバル製品を上市する。これらR&Dアウトプットの最終形ですが、その前にはいくつかマイルストンがあります。例えば、前臨床試験に入るものの数や、POC(プルーフ・オブ・コンセプト)を取得してロシュや第三の企業に導出したものの数など。そういったところでのアウトプットを倍にするということです。
中外ユニークな新モダリティを作り上げる
――5つの改革の「創薬」の部分では、「マルチモダリティ創薬」をうたっています。中外はこれまで、「抗体」「低分子」「中分子」の3つのモダリティに研究開発のリソースを集中させてきましたが、今後は細胞治療や遺伝子治療などにも手を広げていくということですか。
ちょっと違います。抗体、低分子、中分子に資源を集中させていく方針を大きく変えるつもりはありません。中外の研究開発費は年間1000億円程度で、メガファーマの10分の1ほど。何もかもできるわけではありませんので、強いところをさらに強くしていくのが基本です。中外は低分子と抗体に強く、これはさらに進化させていく。中分子はまだ開発途中ですが、今後これも確立していきます。
抗体、低分子、中分子の技術を進化させつつ、われわれの持つ基幹技術をもとに、中外ユニークな技術としてもう1つ新しいモダリティを作り上げる。それでも不十分な場合はロシュのモダリティも候補に入れていく。こういう考え方で、マルチモダリティ創薬ということを掲げています。
オープンイノベーションを拡大
――成長戦略では、キードライバーの1つに「オープンイノベーション」を挙げています。中外はこれまでアカデミアとの提携を重視してきたように見えますが、ベンチャー企業などとの提携についてはどのように考えていますか。
おっしゃる通り、中外はこれまでアカデミアとの共同研究はかなり真剣にやってきましたし、そこから画期的新薬を生み出してきた実績もあります。今後も、アカデミアとの連携を通じた創薬アイデア・創薬シーズの獲得には力を入れていきますし、海外の大学・研究機関とも積極的にコラボレーションしていきたいと思っています。
創薬技術の部分では、アカデミアはもちろん、ベンチャー企業も候補に入ってきます。技術導入してすべて外部から持ってくるというよりは、何かわれわれが持っているものと融合させて新しいものを作り上げていきたい。そうした提携は拡大していきたいと考えています。
自分たちでやると時間はかかるけど、買ってくれば早くできるということはたくさんあります。「時間を買う」という観点でのコラボレーションも広げていきたいです。
――今後の研究開発費についてはどう考えていますか。
新成長戦略の中では、収益に対するコストの比率を格段に上げようとは思っていません。ただ、コストの中の構造は変えようと思っています。研究開発費、中でもREDにかける部分は増やしていく一方、それ以外の部分は効率化を進めて圧縮し、比率として研究開発費を大きくしていく方針です。
デジタル活用で競争優位性
――もう1つ、成長戦略でキードライバーに挙げているのが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。昨年3月に「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を発表し、DXを推進していますが、中外がここまで強力に取り組みを進められるのはなぜなのでしょうか。
デジタルの活用の仕方で、業界での競争優位性に差が出るのではないかと考えています。デジタルによる効率化ももちろん大切ですが、ビジネスのど真ん中でいかにデジタルを使いこなしていくかということが重要です。製薬会社でいうと創薬力。これを高めていくにはデジタルがキーになると考えていて、だからこそ思い切り注力しています。
人工知能を使って創薬力を高めたり、リアルワールドデータで臨床試験のコントロール群を代替したり。そういったことができる企業とできない企業では、スピードやコストの面でものすごい差が出てきます。ロボティクスやオートメーションによる効率化が進めば、浮いたリソースをREDに集中させることができる。そうした考えで、DXは経営上、非常に重要な課題として力を入れています。
コロナで社会的使命実感
――コロナ禍で医薬品産業に求められることは変わりましたか。また、この産業の課題として感じたことはありますか。
治療薬の開発、ワクチンの技術といったことに対する社会的な関心や期待はすごく上がりましたよね。われわれの役割自体はそれほど変わっていないと思いますが、そこに向けられる期待や関心は大きく変化したと感じています。実際、「アクテムラ」が重症肺炎に有効かもしれないということで昨年の春から需要が急増し、われわれも必死で生産を回して供給を行ってきました。そうしたところで、社会的使命の大きさをあらためて実感しました。
一方で、欧米と日本では、治療薬・ワクチンを開発するスピードや規模感に差があるということも感じました。こういうウイルスが出てくる可能性は以前から指摘されていたわけで、それに備えるための基礎研究に対する投資や支援が欧米ではきちんとできていたということなのだろうと思っています。米国の緊急使用許可(EUA)の仕組みも、いち早く治療薬やワクチンを届けるという点では、社会に対してポジティブなインパクトがありました。感染症に備えるリスク管理が重要だということが、今回あらためて浮き彫りになったのではないでしょうか。
コロナ治療薬 早く届けたい
――アクテムラは、レムデシビルとの併用試験「REMDACTA」で主要評価項目を達成できなかったことが先月発表されました。今後の開発方針は。
ほかにもロシュと中外が主導している臨床試験がいくつか行われていますし、多くの医師主導臨床試験も行われています。対象患者やエンドポイントが違うので、結果がポジティブだったネガティブだったりするわけですが、それらを統合的に見ていく必要があります。どんな患者にどんなタイミングで使うのがいいのか、探索した結果をもとに当局と相談していくことになります。
――新型コロナでは、ロシュから抗体カクテルと経口抗ウイルス薬の国内開発・販売権を取得しています。承認までの道筋はどのように描いていますか。
抗体カクテルについては、当局と開発・供給について相談を続けてきましたが、最近、臨床第1相(P1)試験を始めたところです。抗ウイルス薬「AT527」についても、当局と開発の方針について相談しています。
日本でも感染の第4波が見えてきていますので、なるべく早く届けたい。いち早く開発して届けるということに、経営陣も入って注力しています。
MRの価値は高い
――新型コロナによってMRの働き方も大きく変わりました。
対面とリモート、デジタルコンテンツのミックスを進めています。MRの働き方は大きく変わりましたし、おそらく今後も変わっていくと思います。顧客の求める情報を、求めるタイミング、求めるルートで提供できるようにしなければならない。そのためには、顧客の情報や行動をデータベース化し、適切なタイミングやルートを掴むことが重要になってきます。
――情報提供活動におけるMRの重要性は変わりませんか。
今後も重要だと考えています。対面にしてもリモートにしても、情報を提供するのはMRですから。医師は目の前にいる患者を治療したいわけで、それに必要な情報やデータをウェブでピンポイントに得るのは難しい。生身のMRの価値は高いと考えています。
――中外は抗体を強みとしていますが、同業他社も抗体技術を高めていますし、モダリティも多様化しています。抗体に強いということは、今後も中外の競争力の源泉であり続けられるのでしょうか。
確かに、抗体を薬にすることができる企業は増えてきており、一般化されてきた部分もあると思っています。ただ、中外は「リサイクリング抗体」「スウィーピング抗体」「バイスペシフィック抗体」「スイッチ抗体」と抗体エンジニアリングを進化させてきました。ここまでできる会社はまだほかにありません。従来の抗体では薬にするのは難しいが、われわれの技術なら可能というものを開発しているので、まだまだ競争優位性はあると見ています。
ほかのモダリティも当然影響はありますが、完全に置き換えられてしまうということはないと思っています。一方で、われわれはマルチモダリティ創薬を掲げていますし、他社と比べてもひけをとらないような画期的新薬を作り続けることは可能だと考えています。
(聞き手・前田雄樹)
AnswersNews編集部が製薬企業をレポート
・中外製薬