がん遺伝子パネル検査の保険適用や、全ゲノム解析計画の策定などで、2019年ごろから本格化したゲノム医療。その基盤となるデータベースの利用促進に向けた動きが活発化しています。日本医療研究開発機構(AMED)は国内の3大バイオバンクを含むさまざまなデータベースを連携させ、ワンストップで横断的にデータを利用できるシステムを構築。民間でも取り組みが加速しており、新たな治療薬・治療法の開発への活用が期待されています。
バイオバンクを連携
日本医療研究開発機構(AMED)が、ゲノムデータの研究利用を促進するため、国内に存在するバイオバンクの連携を進めています。2019年、国内の3大バイオバンクを含む7つのバイオバンクが保有する試料や情報を横断的に検索できるシステムの運用を開始。さらに現在、これらを含むさまざまなリソースから生成されたゲノム・臨床データを横断して利用できるワンストップのシステムとして「CANNDs(Controlled shAring of geNome and cliNical Datasets)」の構築を進めています。来年から同システムを通じたデータシェアリングを本格的に始める予定で、病態に関する知見の取得や新たな治療法の開発に向け、アカデミアや産業界で幅広く活用してもらう考えです。
日本の3大バイオバンクは、「バイオバンク・ジャパン」(BBJ、東京大医科学研究所)、「ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク」(NCBN、国立高度専門医療研究センター)、「東北メディカル・メガバンク」(TMM、東北大/岩手医科大)。BBJとNCBNは疾患バイオバンク、TMMは宮城県と岩手県の地域住民を対象としたバイオバンクで、それぞれが10万人を超える規模の試料やデータを持っています。
ゲノム医療の実現に向けては、19年末に厚生労働省が「全ゲノム解析等実行計画」(全エクソーム解析・トランスクリプトーム解析を含む)を策定。先行解析としてがんで1.6万症例、難病で5500症例の解析が開始されました。研究で対照群として必要になる「コントロール群」(健常群)の構築も始まっており、▽TMM▽NCBN▽日本多施設共同コホート研究▽大規模認知症コホート研究――の4つのデータベースに由来する計2.2万症例の解析が進行中。計算上、コントロール群の構築には2.8万症例が必要とされますが、これに対する不足分についてはBBJなどの検体で補填することを検討しています。
CANNDsでは、これらの解析データと付随する臨床情報に加え、AMEDが支援するゲノム研究の成果として得られたデータが対象となる見込みです。
日本人に特化したデータベースの必要性
国内ではこれまで、アカデミアを中心にさまざまなデータベースが構築され、解析を含む研究に活用されてきました。
中でも、TMMを運営する東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は先駆的に全ゲノム解析を行い、これまでにゲノム解析のひな型となる「日本人基準ゲノム配列」や、8300人の解析データをもとにした「全ゲノムリファレンスパネル」などを公開。同パネルは、「未診断疾患イニシアチブ」(IRUD)の取り組みでコントロール群として活用されています。このほか、BBJとの連携では、7609人分の全ゲノム配列情報からバリアント頻度パネルを作成しました。
さらにToMMoは、公的資金や民間資金を活用し、10万人規模の一般住民の全ゲノム解析の実現に取り組んでいます。昨年4月には、武田薬品工業との共同研究による1万人分の先行解析を開始。全ゲノムリファレンスパネルの充実と日本人集団に特徴的な遺伝子型の発見を目標の1つに据えており、新薬や治療法の研究開発につなげる考えです。ToMMoと武田は、他企業を巻き込んでゲノム解析の拡大と利活用を行うコンソーシアムの形成を目指しています。
欧米と東アジアで異なる変異が検出
近年、欧米人を中心に大規模なゲノム解析が多く行われていますが、遺伝子変異などのバリアント頻度には人種差があり、日本人に応用できる部分は限定的。日本でゲノム医療を進めるには、日本人のデータベースが必要です。中国でも数年以内をめどに10万人規模のデータ基盤の構築が進む中、東アジアへの展開も含め、日本人を対象とする大規模ゲノム解析の早期実現が求められています。
昨年には、理化学研究所などがBBJのデータを使い行った日本人約21万人のゲノムワイド関連解析で、虚血性心疾患や2型糖尿病など27の疾患に関する320の遺伝子変異が同定されました。このうち25の変異は、欧米の研究では検出されなかったものといいます。
IQVIAがプラットフォームサービス
民間でも、ゲノムデータベースを集約しようとする動きが出てきました。
IQVIAジャパンは今年2月、日本人の匿名化されたゲノム解析データを実装したプラットフォーム「IQVIA Genome Wide Study Platform(GWSP)」をリリース。リアルワールドのSNPs(数十万カ所の一塩基多型)情報と健康関連情報を活用し、基礎研究・開発やファーマコゲノミクス(治療薬の副作用発症リスクの検証)を支援するサービスを開始しました。
開始時点では、一般向け遺伝子検査サービスを手掛ける2社(ジーンクエストとDeNAライフサイエンス)が持つ計10万人超のゲノムワイド関連解析結果を搭載。IQVIAは「今後は民間だけでなくアカデミアにも拡張していきたい」としており、遺伝子情報を集約するプラットフォーマーを目指す考えです。
民間の取り組みでは、企業コホートの活用にも注目が集まっています。
NTT(日本電信電話)は昨年10月から、従業員のゲノム解析データと健康診断履歴などを解析し、疾病リスク因子と発症抑制の解明を目指す共同研究を東大医科研と開始しました。研究に使用するのは、NTT子会社のNTTライフサイエンスが行う遺伝子検査データ。2020年度中をめどにNTTグループ内で計1万5000人以上の検査を行う予定で、今後グループ外にも拡大していきたいとしています。
東芝も今年2月、東大医科研と共同研究契約を結び、東芝が国内グループで構築するデータベースを使い、QOLや労働生産性に大きく影響する生活習慣病に関する研究を行うと発表しました。東芝は、ToMMoの全ゲノムリファレンスパネルを元にしたSNPアレイ「ジャポニカアレイ」を使って19年から数万人規模を目標にゲノムデータの収集を行っており、これと健康診断データ、レセプトデータなどを活用します。
日本のゲノム研究では、官民で複数のデータベースが散在していることがネックの1つとなっていましたが、ここにきてようやく統合的な活用に向けた動きが本格化してきました。創薬など産業利用への期待も高まる中、「宝の持ち腐れ」とならないよう、さらなる取り組みが求められます。
(亀田真由)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】
・武田薬品工業