新型コロナウイルスの拡大で一気に加速すると言われているデジタルトランスフォーメーション(DX)。テレワークが進み、デジタルチャネルを通じた営業活動が広がるなど、デジタル化が遅れていると言われる製薬業界にも変化が見え始めました。製薬業界では今、DXに対してどのような動きがあり、その先にはどんな世界が待っているのか。デロイト トーマツ コンサルティングのコンサルタントと議論します。(連載の全記事はこちら)
コロナワクチンで問われる底力
前田雄樹(AnswersNews編集長):新型コロナウイルスワクチンの接種が日本でもようやく始まりました。モノは何とか入ってきましたが、春以降、医療従事者以外への接種が始まると、物流やそれに付随する情報の管理が大きな課題になりそうですね。
増井慶太(デロイト トーマツ コンサルティング・執行役員):今の医薬品流通が抱える課題が、新型コロナウイルスワクチンによって顕在化すると思っています。ワクチン自体の評価、承認、確保のみならず、そもそも製剤が届かないとか、届いたが管理できないといった論点が浮かび上がり、ITインフラを含めた日本の底力が問われる局面が続くと想像しています。
鈴木麻美(デロイト トーマツ コンサルティング・マネジャー):医薬品流通企業も「ワクチンの物流をお願いします」とは言われているんですが、情報がなかなか共有されていないと感じている印象です。情報の管理については国が一元的にやったほうがいいのではないかと思いますが、国も困っているので、民間側からも積極的に提案していってもいいのではないでしょうか。
国は「V-SYS」というシステムを作ってワクチンの在庫や流通を管理しようとしていますが、これでは誰に、いつ、どこで、何回接種したかを管理することはできません。ここにも何らかのシステムが必要だと思いますが、今から開発していて間に合うのかなというのはありますよね。
増井:これは一大国家プロジェクトなので、産官を挙げた取り組みが必要になりますね。誰にいつどこで接種したか管理できるシステムができれば、ワクチンだけでなくほかの医薬品や医療製品にも横展開できる可能性があります。これで副作用情報もとれるようになれば、臨床上の大きなインパクトも見込めると思いますよ。
「トレーサビリティ」「ラスト・ワン・マイル」「オートメーション」
前田:「新型コロナワクチンで流通の課題が顕在化する」との話もありましたが、医薬品流通の現状についてはどう見ていますか。
鈴木:日本のヘルスケアエコシステムが抱える課題を流通という点で考えてみると、「トレーサビリティ」「ラスト・ワン・マイル」「オートメーション」の3つが大事になってくるのではないかと考えています。
現状では、市中の在庫がどこにどれだけあり、それがどこをたどってきたのかが見えにくく、患者さんがいつ服用したかもわからない。工場から患者さんの口に入るまで追跡できるようにすることが必要とされています。また、移動が難しい患者さんが医薬品を入手しにくく、遠隔診療が増える中で医薬品やその他治療に必要なものを届けるのが大変ということで、薬局・医療機関から患者宅までのデリバリーも重要になります。さらに、卸に対するコストプレシャーは大きくなっていますし、医薬品の種類も増えて業務が複雑化する中、できる限り自動化を進めていくことも大事です。
前田:トレーサビリティについては、高額なバイオ医薬品や再生医療等製品で取り組みが広がっていますね。
鈴木:先進的な取り組み事例の1つとして、スズケンが挙げられると思います。同社は、温度管理が必要な高額薬剤を中心に、RFIDタグと専用冷蔵庫で温度管理や在庫管理をしています。今はスペシャリティ領域の薬剤が中心ですが、将来的には対象薬剤の幅を広げ、患者宅でもタグと専用保管庫によって管理するような世界も見えてくる。そうなると、患者さんのアドヒアランスが上がり治療効果の向上につながるほか、製薬会社にとってはリアルタイムで処方や服薬のデータが手に入れられるようになるというメリットもあると思います。
増井:「APIから患者の口の中まで」一気通貫でつなぐ世界観を想像してみると、最後の流通の部分が大きな律速になります。その穴が埋まり、患者さんのデータにアクセスできるようになれば、コマーシャルだけではなく、研究開発や製造にもフィードバックされる仕組みができるはずです。
前田:個人的には、ラスト・ワン・マイルをどこが取るのかに関心があります。
鈴木:新型コロナウイルスの影響でオンライン診療・服薬指導が増える中、患者宅までの物流網の整備が進んでいくことで、薬だけでなく治療に必要な医療商材や食品、健康器具などが提案され配送される世の中になっていくのではないでしょうか。
増井:今、B2CのECのダンボールが街中を動いていますが、それと同じような感覚で頻度高く患者さんの自宅に医薬品が届けられるようなインフラが太くなっていくのでしょうね。「明日は一日時間があるから、医薬品の配送やろうかな」といった発想をとる人も出てくるかもしれません。患者さんの家に行くというエンゲージメント自体に、価値があるのだと思います。安否確認のようなこともあわせてできるような世界になると、面白いなと思いますね。
医薬品流通のビジネスモデル変革
前田:そこはいろんなビジネスとのコラボレーションが考えられますよね。それこそフードデリバリーが入ってきて、医薬品と一緒に減塩弁当を届けるとか。医薬品卸も街中の薬局を日々回っていますから、薬局に行ったついでに周辺の患者宅に処方薬を届けることをビジネスとしてやることも可能なのではないかと思いますが、いかがでしょうか。ヘルスケア関連の商品も一緒に届けることができれば、薬局は在庫を持たなくてもいいですし。
増井:医薬品卸がやるのか、それとも異業種企業が参入してくるのかはわかりませんが、流通企業は稼働時間あたりの収益を上げられるかもしれないですよね。患者さんに価値を提供することで収益源を増やすというのは面白いと思います。
鈴木:医薬品ではないにせよ、ラスト・ワン・マイルには佐川急便やヤマト運輸、日本郵政など、既存のプレイヤーがある程度そろっています。そこに医薬品卸が新境地を見出すのはハードルが高いと思いますが、興味深いですね。
増井:患者宅ではなく、介護施設ならあるかもしれない。
鈴木:そうですね。そういったところは、医薬品卸が入り込む可能性は高まりますね。
前田:先ほどの「3つのキー・コンセプト」も踏まえ、医薬品流通のビジネスは、これからどう変化していきそうですか。
鈴木:医薬品流通企業はこれまで、より多くの種類のモノを運ぶというところに力を入れてきたわけですが、今後はより高い収益を生み出すため、スペシャリティ領域でモノを運ぶというところでの工夫であったり、さらにはそれを通じて収集した情報の2次利用であったり、といったところに価値提供のフォーカスが移っていくと考えています。モノを運ぶというインフラの部分は維持しながら、未来のヘルスケアエコシステム構築のニーズを先取りしつつ、新しいビジネスを作り出していくのが、医薬品流通企業に求められています。
増井 慶太(ますい・けいた)=写真左。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナー。米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。「イノベーション」をキーワードに、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大教養学部基礎科学科卒業。 鈴木 麻美(すずき・まみ)=写真右。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社マネジャー。国内外の大手製薬企業を中心に、長期戦略の策定、中期経営計画の策定、製品上市の支援、グローバル組織の設計・改革などに従事。大手医薬品卸の中期経営計画立案や新規事業検討にも携わる。 |