mRNA医薬品として初の実用化例となったファイザーの新型コロナウイルスワクチン(同社提供)
新型コロナウイルスワクチンとして初めて実用化され、注目を集めている「mRNA医薬品」。感染症予防以外にも、がん治療や再生医療などへの応用が期待されています。研究開発をリードしているのは独ビオンテックや米モデルナといった欧米のバイオテックで、英アストラゼネカや米メルク、同ジェネンテックなどの大手も参入しています。
設計図を投与しタンパク質を作らせる
今月17日、国内でも接種が始まった新型コロナウイルスワクチン「コミナティ」。米ファイザーと独ビオンテックが開発した同ワクチンは、mRNA医薬品の実用化第一号となりました。海外では米モデルナのmRNAワクチンも承認されており、WHOのまとめによると、ほかにも5つのmRNAワクチンが新型コロナウイルスを対象に臨床試験を行っています。
mRNA(メッセンジャーRNA)は、体内でDNAから遺伝情報の一部を転写して作られるもので、これをもとにアミノ酸が連結されてタンパク質が合成されます。mRNA医薬品は、人工的に作成したmRNAを投与し、特定のタンパク質を体内で作らせる医薬品です。
コミナティは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質類縁体をコードするmRNAを有効成分としており、接種後、体内で細胞に取り込まれると、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が一時的に発現。これに対する中和抗体が産生されるとともに、T細胞などの細胞性免疫応答が誘導され、予防効果を発揮します。一定の時間が経過すると、mRNAは分解され、体内から消失します。
mRNA医薬品のコンセプトは1990年代にはすでにありましたが、生体内ですぐに分解されてしまう性質や、自然免疫を誘導してしまう性質(免疫原性)が実用化の大きな壁となっていました。しかし近年、ドラッグデリバリーシステム(DDS)や修飾核酸などの技術が発展したことで、研究開発が進展。ビオンテックやモデルナは、2010年前後からmRNA医薬品の臨床応用に向けた研究を牽引してきました。
たとえばコミナティは、コード領域に「K986P」「V987P」の変異を挿入して中和抗体を産生しやすくし、DDSにはLNP(脂質ナノ粒子)を使っています。これにより、すぐに分解されることなく細胞に送達され、高い効果を発揮できるようになっています。
短期間で設計が可能
mRNA医薬品がモダリティとして期待されるポイントの1つが、短期間で比較的簡単に設計することが可能である点です。新型コロナウイルスワクチンの開発ではこのメリットが生き、モデルナはウイルスのゲノム配列が公開されてからわずか1カ月半で治験用のワクチンを出荷。1年以内という前例のないスピードで実用化にこぎつけました。
mRNA医薬品は、DNAを使った遺伝子治療と異なり、核内に送達する必要がないのでゲノムを変異させるリスクがなく、安全性に優れるとされています。理論上はどんなタンパク質でも治療のターゲットとすることが可能で、感染症ワクチンだけでなく、がん治療用ワクチン、再生医療などで開発が進められています。
新型コロナウイルスワクチンとしては、実用化済みのコミナティ、mRNA-1273のほかに、臨床第2/3相(P2/3)試験を実施中の独キュアバックが欧州で「ローリングレビュー」に向けたデータ提出を始めています。さらに、米トランスレート・バイオと仏サノフィが「MRT5500」のP1/2試験を、第一三共が「DS-5670」のP1試験を、それぞれ今年3月までに開始する予定です。
がん領域 ジェネンテックやメルクなど
感染症ワクチンとともにmRNA医薬品のターゲットとしてコロナ禍以前から高い期待が寄せられてきたのが、がん領域です。ビオンテックやモデルナなどバイオテック企業が主なプレイヤーですが、グローバル大手も共同開発に乗り出しています。
ビオンテックは、米ジェネンテックとともに「個別化ネオアンチゲン特異的免疫療法(iNeST)」と呼ばれる個別化がんワクチン「RO7198457/BNT122」の開発を進めています。ネオアンチゲンとは、がん細胞に生じた遺伝子変異によって生成されるがん特異的な抗原です。iNeSTでは、患者の血液・細胞検体を解析し、最大20の患者固有ネオアンチゲンをコードするmRNAをテーラーメイド。DDSには、脂質二重層が利用されます。
RO7198457では、悪性黒色腫に対する抗PD-1抗体ペムブロリズマブ(製品名・キイトルーダ)との併用療法を評価するP2試験と、さまざまな固形がんに対する単剤療法、抗PD-L1抗体アテゾリズマブ(テセントリク)との併用療法を検証するP1試験が行われています。
ビオンテックはまた、特定のがん種に共通する複数の抗原をコードする「FixVac」を前立腺がんや頭頸部がん、トリプルネガティブ乳がんなどを対象に開発中。進行悪性黒色腫の適応では、「BNT111」と米リジェネロンの抗PD-1抗体セミプリマブ(Libtayo)の併用療法でP2試験を計画しています。免疫チェックポイント阻害薬は、遺伝子変異の数が多いほど効果が高まるといわれており、がんワクチンとの併用療法の開発が盛んです。ビオンテックは、mRNA医薬で効果を増幅させたCAR-T細胞療法の開発も行っています。
一方、モデルナは米メルクとともに、最大34のネオアンチゲンをコードする個別化がんワクチン「mRNA-4157」と、KRASワクチン「mRNA-5671」を開発しています。KRASは膵がん、肺がん、大腸がんなどでよく見られる遺伝子変異です。
このほか、腫瘍内細胞に特定の分子を発現させるmRNA医薬品も開発。免疫チェックポイント分子OX40のリガンドを発現させる「mRNA-2416」は、卵巣がんでP2試験を、固形がん/リンパ腫でP1試験を行っています。英アストラゼネカとも免疫系を活性化させるIL-12を発現させる「MEDI1191」を開発中です。
アストラゼネカ、モデルナ技術を再生医療へ応用
コロナ以外の感染症に対する予防ワクチンの開発も行われており、中でも最も進んでいるのがモデルナのサイトメガロウイルスワクチン「mRNA-1647」。同社はコロナワクチン以外に9つの感染症ワクチンを開発していますが、治療用mRNA医薬品としてチクングニア熱治療薬「mRNA-1944」のP1試験も行っています。
キュアバックは、狂犬病ワクチン「CV7202」のP1試験を実施中。GSKとはインフルエンザワクチンの前臨床研究を進めています。
遺伝性疾患では、米トランスレート・バイオが嚢胞性線維症治療薬「MRT5005」を開発中。同薬は嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)をコードするmRNA医薬品で、肺には噴霧で送達します。米アークトゥルスも嚢胞性線維症治療薬を開発しており、同社はまた、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症治療薬「ARCT-810」のP1/b試験を進行中です。
再生医療への応用も進んでいます。アストラゼネカはモデルナの技術をもとに、血管内皮増殖因子-A(VEGF-A)をコードするmRNA医薬「AZD8601」を開発中。現在は心不全の適応でP2試験を行っていますが、糖尿病関連疾患やほかの虚血性心疾患への応用も目指しています。
日本企業でも、ナノキャリアとアクセリードが昨年末、変形性関節症の機能維持治療法に対する軟⾻の分化・増殖転写因⼦RUNX1のmRNA医薬の開発で、日本医療研究開発機構(AMED)の医療研究開発⾰新基盤創成事業(CiCLE)に採択。両社は開発にあたって合弁会社を設立する予定で、国内のmRNA医薬研究の第一人者である東京医科歯科大・位髙啓史教授と共同で開発を進めるとしています。
パンデミックという非常事態で、スケールアップなどの技術も大きく進展したmRNA医薬品。新たなモダリティとして、研究開発にはずみがつきそうです。
(亀田真由)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】
・第一三共