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遺伝子のスイッチ制御で「アプローチ可能なすべての希少疾患に治療薬を」モダリス・森田晴彦CEO|ベンチャー巡訪記

更新日

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

森田晴彦(もりた・はるひこ)東京大工学部卒。同大大学院修了。1994年にキリンビール(現協和キリン)に入社し、スロンボポイエチンの研究開発などに従事した後、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PwC Strategy &)のコンサルタントなどを経て、2006年に免疫制御技術を使って移植片対宿主病治療薬を開発するREGiMMUNEを設立。2016年にモダリス(旧エディジーン)を設立し、20年8月に東証マザーズに上場した。

 

治療応用を可能にする2つのブレークスルー

――ゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」をベースに、遺伝子のスイッチをコントロールする「CRISPR-GNDM」技術を開発し、遺伝子治療の新たなプラットフォームを構築しています。切断酵素Cas9を不活性化した「切らないCRISPR」のコンセプトと、技術化にあたってのポイントについて教えてください。

コンセプトそのものは、われわれのオリジナルではありません。CRISPRi(「i」は「interference」)やCRISPRa(「a」は「activation」)など、CRISPRを使って遺伝子のスイッチングを行うという考え方自体は以前からありました。第一世代のゲノム編集技術「ZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)」でも、米サンガモ・バイオサイエンスが遺伝子のスイッチング技術の実用化を目指しています。

 

われわれの技術のどこが新しいかというと、このコンセプトを治療に応用するために、2つのブレークスルーを実現したことです。

 

1つ目は技術面です。遺伝子のスイッチをコントロールするためのモジュールを人体に入れるには、AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを使うのが一般的。ただ、AAVでパッキングできるサイズに対して、CRISPR-Cas9は大きすぎることが課題でした。われわれはそれを解決するため、オールインワンでAAVベクターに載るよう、モジュールを小さくしました。

 

もう1つは特許です。今の医薬品は、昔のように化合物が1つあれば商売ができるわけではなく、いろんな知財をパッケージにしければビジネスができません。モダリスは東京大発のベンチャーで、CRISPR-Cas9に関する知財の一部も東大にありますが、それだけだと商売にならないんです。そこで、基本特許を持つ米エディタス・メディシンと交渉し、知財のパッケージを作ることができた。これが2つ目のブレークスルーです。

 

――CRISPR-GNDMはCRISPR-Cas9よりも安全性が高いといいますが、オフターゲット効果が起こりにくいということなのでしょうか。

CRISPR-GNDMでもオフターゲットは起こります。オフターゲットとは、特定の遺伝子にくっつくように設計したガイドRNAが、狙っている遺伝子に似た別の遺伝子にくっついてしまうこと。それ自体はわれわれの技術でも起こります。

 

一般的なゲノム編集と遺伝子のスイッチを制御するわれわれの手法で異なるのは、「起こす変化が不可逆的かどうか」ということ。切断したDNA配列を元に戻すことはできませんが、われわれの手法はスイッチをくっつけるだけ。不可逆的な変化は細胞分裂によって受け継がれていくのでクリティカルな問題になりますが、GNDMならそれは起こりません。「オフターゲット効果は起こるけど、それが重要な問題にならない」というのが正しく、それが安全性の高さにつながっています。

 

 

早期の導出を視野に

――中枢神経系疾患や筋疾患を対象に治療薬の開発を進めています。

対象疾患は、技術との親和性が高いものを選択しています。現在、自社のパイプラインにあるのは、先天性筋ジストロフィータイプ1Aを予定適応とする「MDL-101」など。MDL-101は、サルでの試験を進めているところです。

 

アステラス製薬やエーザイとの協業では、パートナーの得意とする領域と、われわれの技術の重なるところで研究開発を進めています。詳しくはお話しできませんが、順調に進捗していると認識しています。

 

――前臨床段階にある自社のパイプラインについても、臨床試験に入る前に導出することを視野に入れています。

医薬品はヒトでの効果が見えてからライセンスとなるのが一般的ですが、どの段階まで開発が進めば失敗のリスクが下がったと言えるかは、モダリティによってまったく違います。

 

たとえば再生医療は、ピボタル試験までいったとしても承認が取れるかどうかわからない。一方、抗生物質はin vitroの段階でかなりリスクが低減でき、その後はヒトに投与して大きな毒性がない限り問題ありません。

 

遺伝子治療はどうかというと、動物に効くことがわかれば、かなりリスクが下がります。ヒトもマウスもサルも、遺伝子を制御する仕組みは同じだから。一般的な低分子医薬品などと比べてかなり早い段階でリスクが低減できるので、成功予見性が高いんです。

 

――対象となる疾患領域は広げていく考えですか。

ベクターは血流に乗せて届けるので、腎臓など血管の発達していない臓器には到達させにくい。膵臓などには直接注射する方法もありますが、限界があり、今は中枢神経系疾患と筋疾患に絞っています。

 

もちろん、ここも日夜研究が進められていますので、いずれターゲットにできる疾患も広がっていくでしょう。業界全体の努力でこうした制約はなくなっていくと思います。

 

参入は「ベストなタイミングだった」

――今年8月、創業から4年あまりで東証マザーズに上場しました。

2年くらい前には、ある程度技術も完成し、パートナーもついてきていたので、そこから上場へとアクセルを踏みました。上場すると、開発の意思決定のスピードなどが犠牲になりますが、パブリシティを獲得することでメリットがあると思ったので。技術には自信がありましたから、上場のハードルそのものは楽々と越えられたと思います。少し横柄な言い方にはなりますが、上場自体は「当然でしょ」というくらいの感じでした。

 

振り返ると、このフィールドに参入したタイミングが肝だったと思っています。今、CRISPR関連の事業を始めるとすると、技術はすでに先に行ってしまっているので手遅れです。かといって、たとえば2010年にできたかというとそれも違う。遺伝子治療の土台となるウイルスベクターなどが本格的に使われるようになったのは2010年以降でしたから。

 

早すぎず、遅すぎず、非常に良いめぐり合わせだったと思います。サイエンティフィック・ファウンダーである濡木理先生(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻教授)との出会いもあり、その時期に参入できたからこそ、研究者のリクルートもできました。

 

 

日本は研究人材をリクルートするのに適切な環境であるとは言えません。よく言われるのは、「人材の流動性が良くない」ということ。プロ野球選手と同じように、研究者にも「旬」があるんですけど、日本の雇用システムでは「旬のときだけ高いお金を出して雇う」ことができない。旬が過ぎても雇用し続けるモデルが前提だから、本当にピカピカのサイエンティストを雇えないんです。だから、はじめから研究機能はアメリカに置くつもりでした。前の会社でもこの形でやっていて、ワークすることはわかっていましたし。

 

――今後の展望について教えて下さい。

まずは、今進めているパイプラインを確実にゴールまで持っていって、患者さんに届けたい。同時に、裾野を広げることも続けて、年間2つずつくらいパイプラインを増やしていくつもりです。希少疾患は7000くらいありますが、われわれの技術がアプローチできるものについては、できればすべての疾患に治療薬を作っていきたい。

 

われわれが順調に治療薬を世に出し続けることができれば、レギュレーションも変わってくるのではないかと期待しています。現在の規制では、パイプラインごとに承認審査のプロセスを経る必要がありますが、われわれが5つ、6つと同じ技術で承認を取得していったら、その次はもう少し簡便な審査で承認となることも考えられないわけではないと思うんです。患者さんに早く薬を届けるため、われわれだけでなく当局にも考えていただけたらと思っています。

 

(聞き手・亀田真由)

 

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