従来、「断酒」が唯一の治療目標とされてきたアルコール依存症の治療で、「減酒」のアプローチが広がっています。昨年、大塚製薬が飲酒量低減薬「セリンクロ」を発売し、CureAppは今年から減酒をサポートするアプリの開発を開始。治療のハードルを下げられると期待されています。
「治療ギャップ」解消に期待
これまで「断酒」だけが治療の目標とされてきたアルコール依存症の治療で、「ハームリダクション」という考えが広まりつつあります。これは、ひとまず飲酒量を減らすことで飲酒による害を減らすという「減酒」のアプローチ。飲酒による手ひどい失敗で人生のどん底を味わう「底つき」を治療開始のきっかけとする人がほとんどと言われる中、早期の治療介入につながる考え方として注目されています。
2018年には、アルコール依存症の新しい診断・治療ガイドラインが作成され、飲酒量低減(減酒)が新たな治療目標として追加されました。翌年3月には、大塚製薬が国内初の飲酒量低減薬となる「セリンクロ」(一般名・ナルメフェン)を発売。同薬は大塚とデンマーク・ルンドベックが共同開発したもので、欧州では13年から販売されています。
セリンクロは、中枢神経系に広く分布するオピオイド受容体に作用して飲酒欲求を抑える薬剤。脳内報酬系や情動制御を司るオピオイド受容体の3つのサブタイプのうち、μオピオイド受容体とδオピオイド受容体には拮抗薬として、κオピオイド受容体には部分的作動薬として作用し、飲酒の欲求を抑制することで飲酒量を減らすとされています。対象となるのは、減酒を治療目標とするアルコール依存症患者。心理社会的治療との併用が必須で、飲酒の1~2時間前に服用します。
「減酒状態を安定して保てる人も」
海外では2010年ごろから減酒治療が行われているといい、日本でも依存症治療で知られる国立病院機構久里浜医療センターが17年4月に「減酒外来」を開設。同センターの樋口進院長は、大塚製薬が今年10月に開いたアルコール関連問題啓発のためのプレスセミナーで講演し、治療によって「安定した減酒の状態を保てる人が出てきている」と話しました。
同センターでは、窓口から減酒と断酒を分けて治療を提供していますが、どちらの門を叩くかは患者に委ねられます。実際、減酒を治療の最終目標とするのが難しい重症の患者も減酒外来を訪れることはありますが、そのときもできるだけ減酒治療から始め、その後、断酒治療に移行することで対応しているといいます。断酒、減酒とも、治療の基本は心理社会的治療。治療薬はこれをサポートする目的で用いられ、断酒の場合は抗酒薬などが使用されます。
アルコール依存症の生涯経験者は国内に約107万人いると推計されていますが、専門的な治療を受けているのは約5万人にとどまります。統合失調症や大うつ病といったほかの精神疾患と比べても、アルコール依存症は治療ギャップ(=治療が必要な人のうち治療を受けていない人の割合)のかなり大きな疾患です。
「肝障害など、アルコール問題で入院した患者に依存症や精神科の専門医を紹介しても、本人が了承しないため受診につながらないケースもあり、数カ月後に再び搬送されることも少なくない」。セリンクロの承認を審議した厚生労働省薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会では、アルコール依存症治療の難しさにも議論が及びました。アルコール依存症による社会的損失は約4兆円ともいわれる中、減酒の選択肢によって治療のハードルが下がれば、治療ギャップの解消につながると期待されます。
CureAppが減酒支援アプリ開発
一方、アプリを使った新たなアプローチも開発されています。
CureAppは、危険や問題のある飲酒者に対するスマートフォンアプリを使ったオンライン減酒カウンセリングプログラムを開発。久里浜医療センターと共同で効果検証研究を実施すると今年6月に発表しました。臨床研究では、15人の対象者に8週間アプリを使用してもらい、オンラインカウンセリング(4回)との併用で多量飲酒日を減らすことができるかを検証。8月に禁煙治療用アプリの薬事承認を取得した同社は、研究を通じ、減酒支援アプリを禁煙や生活習慣改善に続くパイプラインに位置付けたい考えです。
減酒プログラムは認知行動療法をベースとしており、1日の平均純アルコール摂取量が男性で60g、女性で40gを超える多量飲酒者に心理的支援を提供します。ユーザーは、アプリを通して自身の飲酒行動を振り返り、多量飲酒に結びつく状況や感情、考えを整理。飲酒欲求への対処スキルを獲得することで、飲酒習慣を修正する効果を期待します。
新型コロナの影響は現時点では不明
海外では、米メディシノバや米オピアント・ファーマシューティカルズなどが、アルコール使用障害を対象に治療薬を開発中。米メディシノバは、ホスホジエステラーゼ阻害薬イブジラストの適応拡大を目指しており、臨床第2相(P2)試験では、プラセボと比べて大量飲酒の日数を削減したことなどが確認されました。オピアントは、米国で承認済みのオピオイド受容体拮抗薬naltrexoneの点鼻薬を開発しています。
新型コロナウイルスの影響が続く中、生活様式の変化や不安・ストレスなどによって飲酒量が増加し、アルコールによる問題を抱える人が増えるのではないかとの懸念が広がっています。
米国では、今年3~4 月に小売店舗やオンラインでのアルコール販売量が大幅に増加したというデータも報告され、WHO(世界保健機関)やアルコール関連問題学会などが節度ある飲酒を求める声明を出しています。ただ、樋口院長は、新型コロナによる飲酒量への影響は国内外で調査が続いているとし、飲酒量が増えたかどうかについて、実態はまだわからないと話しました。
(亀田真由)
AnswersNews編集部が製薬企業をレポート